第30話


 ゲートに乗るだけで、すぐそこはダンジョンだ。


 見慣れた街の風景が灰色の岸壁に包まれた薄暗い空間へと移り変わる。21階層からの魔窟エリアは、土を踏む音が耳に残るまでに、しんとした静けさを保っていた。湿気に満ちた空気を肺に取り入れて高ぶった気持ちを落ち着かせながら、僅かな風の揺らぎに導かれるように奥を目指す。


 装備を整えたこともそうだが、久しぶりにダンジョンを昇っているせいだろう。毛が逆立つような感覚、戦闘を求めてしまっていた。数日前にあんな酷い目にあったのに、俺の闘争本能は懲りていないようだった。折りたたまれていた翼を広げ、傷を確かめるように羽き、癒えたことが分かれば、上を目指すのが必然だろう。


 乗りに乗った俺は、加速度的に突き進んだ。グレーターワームのようなレアモンスターが現れなければ、これほどまでに呆気ない物かと多少物足りなさを感じる余裕すらあった。一人きりのダンジョン登頂ということもあり、同行者に歩みを合わせる必要も無い。まさに悠々自適、自分勝手、自己中心であった。


『……雰囲気はー、……同じだな』


 そうして25階層まで迷うことなく辿り着いた。最短ルートを通ってきたこともあり、広いダンジョンも案外狭いのかと錯覚してしまうほどだった。時計を取り出し見てみれば、25階層まで2時間ほどで辿り着けただろうか。これもカノンの地図のお陰である。


 まだ昼前だから順調そのものではある。だがしかし、楽しみにしていた携帯食料を、まだ我慢せねばならないと考えている自分も居た。細いブロック状の乾パンと形は似ている携帯食料とは言っても、今日持参した携帯食料は乾パンのそれとは似て非なる物だ。


 鼻を近づければ、香ばしいナッツやドライフルーツの甘い匂いが鼻腔を擽くすぐり、味を想像すれば唾液が沸き、食べ時を考えれば腹が鳴る。栄養満点、味抜群、おまけに腹持ち優秀で、病み付きになること請け合いの携帯食料、と言うのが売り文句だったか、釣られて買うには十分な理由だった。


『あ、なんだテメー、俺の携帯食料はやらねぇぞ』


 携帯食料を取り出して香しい匂いを嗅いでいれば、鼻息を荒らげたモンスターが通路の奥から顔を覗かせた。急いで携帯食料をポーチにしまって身構えれば、そのモンスターは咆哮を上げ、地団駄を踏んで蹄を打ち鳴らす。


『ミノタウロス……想像していたよりも、強そうだな』


 人間の身体に角の生えた牛頭、血管が浮き出る程に筋肉隆々の逞しい体躯は、2mを優に超えている。真っ赤に血走った瞳が、見開かれて飛び出ている。何処を捉えて見ているのか読みづらい。それに手に持つ大斧が厳つい。気圧されて恐怖心を抱く者も多いと聞くが、目の当たりにして見れば中々の迫力だ。


『……でも、動きの鈍いパワー系は、大得意なんだよなぁ【ファスト】【スロウ】』


 大斧を斜に構えて、頭の角を前に突き出した態勢で、突っ込んで来たミノタウロスの攻撃を待つことはせず、先手を取りに出る。腰に携えた投げナイフを引き抜いて、血走った瞳に向けて投げ放つ。


『くらえッ! もう、いっちょッ!』


 凄まじい速度で飛ぶナイフは、ミノタウロスの頭に一つ、鼻に一つ、突き刺さる。飛沫が上がってから少ししてから、ヤツは苦痛の反応を見せた。狙いが逸れて視界を潰すことは出来なかったが、怯ませることに成功すれば上々だろう。


『もらうぞッ』


 好機と捉えた俺は、勢い緩んだミノタウロスの眼前に飛び、斜め上から角の間を狙った突きを見舞う。丁度、頭に魔槍が突き刺さった瞬間から、後方への衝撃が両腕に伝う。身体が浮き上がる感覚と手応えを感じながら、吹き飛ばされないように踏ん張り、押さえ付けるように魔槍を突き入れると、ミノタウロスは抵抗も見せずに崩れ落ちた。


『……及第点は越えられたかな? 【ネクスト】』


 戦闘間も無く、俺は魔槍に餌をやりつつ、投げナイフが狙いから逸れてしまったことを考えていた。ダンジョンを昇り始めてからというものの、初手のほとんどが投げナイフからの戦闘だった。使える場面があれば牽制や抑圧にも用い、出来るだけ腕を磨くようにしていたのだが、やはり狙い通りの位置に的中させるのは相当に難しい。


 力の入れ具合、手を放つ際のリリースポイント、指の引っかかりと摩擦、【ファスト】による投擲物の速度上昇などを考慮して試行錯誤を重ねてはいるが、まだコツを掴むことも慣れたと感じることも無い。手に投げナイフが馴染んでいないからか、腰から抜き損じることもある。それにナイフを回転させて放つべきか、真っ直ぐに放つべきかの答えも出ていない。


『まぁ、気長にいくしかないな』


 振り返りを終えた俺は投げナイフと魔石を拾い上げて、ジャグリングのように手遊びをして、上へと放り投げる。くるっと身体を横回転させて、空中から落ちて来る魔石をポーチに、投げナイフをホルダーに手を使わずに収める。


 傍から見れば大道芸人さながらの凄い技術に思えるだろうが【スロウ】がある俺にしてみれば何てことは無い。【スロウ】頼りであるし、こんなことをしていても投げナイフの投擲技術が、上達するかは怪しいのだが、物は試しにとやってみている。


『んー、次は投げナイフだけでミノタウロスをやってみるか? いや、魔槍との組合わせを考えるべきか』


 魔槍も鉄製の柄を取り付けたことで、此処一番の時にある程度の信頼を置けるようになった。木の柄であれば先ほどのミノタウロスとの戦闘で行ったような扱い方をしていれば折れてしまうかも知れないけれど、多少、乱暴に扱ったとしても折れることはないだろう。


 それに武器としての重量バランスが良くなったからか取り回しもし易い。重みは増えたが動きが鈍ると言うことも無い。それどころか重みのお陰で遠心力も増し、振り回した時の威力が向上している。


 回転させた魔槍を空中に手放し、バトントワリングのように目の前で回転させている間に、ナイフを打ち放つことや、魔槍の柄を足で蹴って変則的に操ったりと、応用できることが増えたのも、ダンジョン熱が増してしまった原因の一つだ。


『うっし、モンスター溜まりでも何とかなりそうだしー……狩りまくるかっ』


 魔槍を振り回し、風切り音を楽しみながら、俺は進むべき方向へと歩き出した。この階層から出没し始めるモンスターの中では危険度が高めだと言うミノタウロスでも苦労することも無かったこともあり、気分は良い。


 ゲームなら巣だとか部屋だとか言われているモンスターが集まる箇所、その場所に出たとしても問題無いだろう。むしろ場所が分かればこちらから出向いてやりたいと思える。成長する為の、経験値を求める欲が、俺を駆り立てていく。


 前方から現れたモンスターの名前や種族を、亡骸を見てから判別することもあった。身体の小さな成熟途中の俺でも、両手で握りしめた魔槍を振るうだけで、相応の威力を発揮する。力任せに打ち振るい、速度任せに突き破り、一体、また一体と乗り越えていく。


 思い付けば学び、気が付けば学び、と戦闘回数を重ねる度に動きが増していった。それは槍術だけでなく、壁走りや壁蹴りなどの技術も、戦闘中でなくとも、それが必要かどうかなんて関係なしに、戦闘において使えるかどうかも試してから考えていた。


 グレーターワーム戦で、ぶっつけ本番、試した棒高跳びのような技術も、何れ使う時が来るかもしれないと、あの時の光景をフラッシュバックさせながら己の技術を磨くようにしていた。


 それらの技術を片っ端から思いつくままに試したくなるのも、ダンジョンのせいである。常人では考えられないような動きが出来てしまうのも、この世界の理であり、ダンジョンのお陰だ。その為に、ダンジョンに身を投じる度、上へ近づく度に欲が増してしまうのだ。


『この世界は……最高だ』


 頭の中で反復していた言葉が口から零れ出てしまうほどに、俺はこの世界を気に入ってしまっていた。昨日できなかったことも、さっきまで出来なかったことも、モンスターを倒せば不思議と成長の恩恵を受けられて、次には出来てしまえるようになることだってある。


 祝福の音が何処からともなく聞こえてくることは無く、それに羅列した数字が眼前に映し出されることも無い。だが、身体を動かす度にその実感を得られる。姿形を変えずして、ダンジョンは人としての超越を齎す。これを、この感覚がレベルアップと言うのだろう。


 初めてダンジョンに足を踏み入れた時から、自ずと理解していたこの世界の仕組み。これも才能に左右されるとは言うが、もし本当に俺が無能であったとしても、この感覚を味わえるのであれば、俺はダンジョンを決して諦めなかったと思う。


 新しい血液を注ぎ込まれるような温もりも、細胞が、遺伝子が、組み変わっているような疼きも、電気信号が身体中を焦がしながら駆け巡っているような痺れも、その全てが心地良い。


 この世界の住人は、探検者であろうとなかろうと、皆、海を見てみたいと言う。母も、カノンも、ゼルもリナも、探検者として燻ぶっているログの酒場の客も、海を知らぬ人は皆そう言うのだ。話に聞いたり、小説の挿絵や絵画などでしか目にすることしかできないが、存在を知れば夢に見る物だ。


 ピクニックをログさんと計画しているように、俺が強くなりさえすれば夢を叶えてやれるのだ。同行者が何人いようが、それを補えるだけの力が欲しい。それは誰かの為の力でも、俺だけの為の力でも同じこと。強くなることが、願いを叶えうる力になる。


 だから俺は、狩って狩って狩って、狩り尽くす。


 俺は準備期間の遅れを取り戻すかのように渇望を潤していく。マイナスになった訳でも無く、むしろプラスになったはずなのだが、狩りをしていない期間を停滞と感じてしまうのは、俺の気質がそう思わせるのだろう。


 一層、また一層、駆け上がる度に欲が強くなる。


 28層に辿り着いた時には、タガが外れてしまっていたのか、己の欲を抑え切れなかった。そして、頭から離れなかったある一つの考えを実行することにした。


『おぉぉ、……カノンのマップが、ここまで役立つとは思わなかった』


 感嘆の声が上がると同時、心の中でカノンに感謝していた。マップ片手に進んだ俺の目の前には、十数体のモンスターが群れていた。そう、マップに記された印の通り、ここはモンスターの巣だった。


『ぅおぉぉ……マンラットか、こりゃ経験値が一杯だっ』


 じめじめとした洞窟の片隅、固まるように密集していたのは、ネズミの頭と人間の身体を持つモンスターだった。


 突き出た前歯に、曲がった足腰、細い指に伸びた爪、ねじくれた尻尾、薄汚れた茶色い毛並みは所々、毟られたのか、抜け落ちたのか疎らだ。その汚らわしい見た目の群れを前に、喜びの声を上げる者は余りいないだろう。だが、俺の目には成長の糧に映って見えてしまっていた。


『おっしゃ、じゃんじゃん来いッ!』


 金切り声を上げるにネズミ人間に投げナイフを放ち、我先にと目の前に躍り出て来た一匹を魔槍で薙ぎ払い、飛び掛かって来た一匹に足蹴りを見舞って跳ね返す。


 取り囲まれれば大振りの横薙ぎによる回転攻撃で、寄せ付けないようにしながら陣形を打ち崩し、緩んだ一点を突き破り、徐々に数を減らしていく。


 ヒューマンラットは引っ掻きや噛み付き程度の物理攻撃が主であり、脅威になり得る魔法も無い。とは言え、二足歩行と四足歩行を上手く切り替えて、素早い動きで多方向同時攻撃仕掛けて来る。その程度には、群れらしい動きも見せて来る。


 一回り大きな体躯の、恐らくリーダーらしき個体が、群れの者等に指示を出していたのだろうが、その指示も仲間が俺に追い付けないようでは意味も無い。


 十数体を相手取り、数えられる程度まで減り、そして最後にリーダー個体のみになった。リーダー個体は逃げ出そうとする仕草を見せたが、それも取り逃がすことなく、全てを糧にした。


『ごちそーさんっ、んじゃ次っ』


 これはカノンに対する裏切りだろうか、カノンもマップをこう使われるとは思っていなかっただろう。


 託された手帳に記されているのは安全性を考慮したルートマップのはずだったが、今はそのマップを別の用途で使用してしまっている。態々カノンが危険が無いようにと巣や部屋が危険地帯として印を打ってくれていたのを逆手に取ったのだ。


 当たり前だが、この世界にはインターネットも無いから、知識を漁ることも効率的な狩りの方法を調べることも出来ない。だけれども、カノンの手帳がその代わりを果たしてくれていた。


 ゾンビ多発地帯、マッドマン生息域、粘菌型スライムドールの温床地区を駆け回り、蟻型モンスターの巣、蜘蛛型モンスターの巣、他種族混合モンスタールームをひたすらに駆け回る。楽しみにしていたはずの携帯食料もあまり味わうこと無く、狩りと狩りの合間に詰め込んで、ながら食いをしてしまうほどに没頭していた。


 休憩を取るタイミングも損ない、疲れを感じ始めてはいたが、それでも止まれない感覚が続く。もう少し、まだ、もっと、後ちょっと、次で最後、もう一回、今度こそ、ぐるぐると頭の中を似たような言葉が回り、強迫観念に背を押されているのか、加速感を覚えるほどだった。


『……グゥーッド、……ナァーイス、……グレイート』


 ゲームコンテンツを周回している時のような苦しいけれど止められない状態、強くなりたいという願望が俺の身を動かしていた。


『……エクセレンッ、……ファンタスティックッ、……アメイッジングッ!』


 リズム良くコンボを繋げ、上手く連続キルを重ねられた時には、脳から溢れ出る物質により多幸感に包まれる。遅れてやってくる達成感はそっちのけで、先ほどの映像をリピート再生して幸福感を貪り、そしてまた更なる高みを目指すという中毒状態に陥っていた。


『次はもっと……、いや、厳しいか? ……でも、やってみよう』


 魔槍を軽く回しながらイメージトレーニングをしつつ、戦闘後のアイテム回収などのルーティンを手早く終わらせる。狩りにおいても効率を求めてしまうが、その後の回収においてもそれは同様だ。時間が勿体なく感じてしまう性分なのだ。


『おけ、終わりっ……んじゃ次はー、……えーと、ん? ……あれ?』


 次なる狩場を目指そうと手帳を開いて見れば、進行方向には巣や部屋を示すモンスター溜まりの印が無かった。


 来た道を戻りさえすれば広大なダンジョン内には、まだそういった場所も沢山あるのだろうが、ルートマップだから進行方向周辺しかマッピングされていないのだろう。


『ンー……やっぱ無い、なー……』


 指で辿って確かめても、やはり通った道ばかり。引き返してもモンスターが沸き直している可能性は低い。


 ダンジョンモンスターの生態といえば、交配による出現、ダンジョンの壁や土から生まれて出現が主であるからして、行って帰ってを繰り返したところで意味は無い。モンスター溜まりという場所は、モンスターが好む場所であり、自然と集まるか増えるのを待つしかないのだ。そうと分かっていても口惜しさからか探してしまう。


『……回り道、いや、ルート外れるのは流石にマズイか……でもなぁ……』


 物足りなさと口惜しさを感じて、何か手は無いかと苦い顔をしながら探ってみても、良い案は浮かばない。そうしていれば温まった身体の熱が冷め、徐々に疲労感が重しとなって来るのを犇々と感じ始める。


『仕方ー……ない、か。……途切れちゃったし、セーフティルームで一休み、してからだな……』


 物足りなくて味気ない、何とも言えぬ締りの悪さから、音を態と立てて手帳を閉じる。無理矢理に区切りを付けて逸れた箇所に記された安全区域を目指すことにして、魔槍を杖替わりに散策みたく、とぼとぼ歩き出す。


 セーフティルームが近いからだろうか。こういう時に限って何のモンスターにも出くわさない。セーフティルームは、部屋と言っても洞窟の穴で、モンスターが寄り付かない場所という意味で使われており、探検者が安らぎを求めて集う場所だ。


 ダンジョンの謎の一つとされていて、モンスターに追われていたとしてもその部屋に入れば、難を逃れられるらしい。見えぬ結界が張られているだとか、モンスターにとって嫌な臭いがするだとか、憶測の域を出ない学説を唱える者もいるらしいが、未だ解明に近づく手掛かりさえもない不思議な場所である。


 そう教えてくれたカノンの言葉を映像と共に思い返していると、セーフティルームの入り口から淡い光が漏れ出しているのが見えてきた。入り口の影に身を寄せて、顔だけをそっとセーフティルームの中へと覗かせる。


『……誰も、居ませんかー……? ……おし、だいじょぶそうだな』


 教室位の広さだろうか、街にある物と同じ天井の水晶から淡い光が照らしている。ごつごつとした岩だけの小さな洞窟に探検者が居ない事を確認してから中へと入り、休憩場所を陣取る。


『……ふぃー、……誰も居なくてよかったー……』


 仰向けに寝そべりながら、水を飲み、一息つく。休むと決めれば、とことんまでダラケたいのだ。ダンジョンで無防備になれるのはこの時だけだろう。


 セーフティルームは安全だ。とは言え、モンスターからの危害がないだけである。探検者の中にも悪党はいる。盗賊や暗殺クランがあるのも当然、強盗や強奪も起こりうるのだ。いくら安全地帯と言っても、全てから守られる訳でも無く、そういった悪党には気を付けなければならない。


 目を付けられれば骨の髄までしゃぶり尽くされる、とカノンからよくよく言い聞かされた。安易に警戒を解かない、親切を装って近づいて来る探検者に気を付けろ、子供は恰好の獲物、狙われるのは俺だけじゃないと思え、だとも言っていた。


 悪党は腹の奥底まで真っ黒で、獲物の亡骸の一部やアイテムを持ち帰って、家族までも罠にかけることもあるらしい。それにダンジョン内の浅い階層には、指名手配犯が潜伏していることもあるから、ルートから逸れての探索は好ましくない、という理由でモンスター溜まりを探すことを諦めた。


 己の身によっぽどの事が無い限り、人の気配から離れるのが探検者の常識でもある。この魔窟エリアでは悪党を警戒して、助けを求める声を無視する探検者もいるようだ。大人数のパーティーや、それ相応の実力を持つ探検者等は上層を目指すし、このエリアでの救援はあまり期待できないということで、駆け出し探検者の死亡率が高いのだ。


 特にソロであれば尚のこと。まず初めに勧められるのは、パーティーを組むということだが、子供を相手にしてくれる探検者は多くない。募る方法もあるにはあるが、それこそパーティー募集なんかをギルドの掲示板に張り出せば、標的にしてくれと言っているようなものだし、今更学園に通っている生徒に声を掛けて回ることもしたくない。


 危険を伴うのを分かっていても、今はこうしているように休みたい時には休んで、戦いたい時には目一杯戦う自由気ままな状態がいい。気遣いすることも無く、思うが儘に動ける自由さを楽しんでいたい。そうしていつかパーティーを組んでもいいと思えるようになるまで強く、そして組みたいと思える人物との縁を待つことにする。


『パーティなぁ……レベルを上げの他にも上げなきゃならないもんもあるしなーぁ。……いつになるんだろ。……まぁっいいや、よいっしょ』


 全身全霊でダラケていた身体を立て直し、休憩の締めに水を一口飲んで立ち上がる。そして今日何度めか、手帳を慣れた手つきで開いて見る。


『……エリアボス、……と、このマークはー……中ボスってとこか? でも、なんかおかしいな』


 現在のルートから辿っていくとエリアボスを示す二角の悪魔のようなマークの他に、少し離れた位置に一角の悪魔のようなマークが記されているのを見つけた。だが、その二角の悪魔のマークが打たれている場所に違和感を覚える。その位置はエリアボスを迂回して行かねばならぬ場所で、態々遠回りせねば辿り着かない場所だった。


『中ボス……でもないのか? 奥側だしな。……分からんッ、そんな時は行って見るに限る。……流石にボスより強いって訳じゃないだろうし、もし危険そうならすぐに逃げよう。……うん、だいじょうぶ、大丈夫だ』


 それが正しいか正しく無いかの選択を自らと対話して決める。いや、独り言を呟くこの癖は、確認やら冷静になって考える為に自然と身に染み付いてしまったものだろうけれど、結局、抑え切れなくなるという悪い癖を増進させてしまう。


『……パーティメンバーが居たら違ったのかも知れないな』


 自らの悪癖を鼻で笑い、パーティを組んでいない事を思い直して見ても歩みは止まりそうも無かった。独り言を呟くのも、ほとんど俺がやりたいかやりたくないかを決める為だけに、納得する為に自分自身を説得しているのだ。大丈夫と呟くのもそうだし、もし悪いことが起こったらと一応に考えるのも、詰まるところ形だけで合理的に考えてはいないのだ。


 第三者からすれば、欲求に忠実なだけの馬鹿に見えるかも知れない。だが、仕方ない。隠されているような配置のモンスターを見つけて、ゲーマーが昂らない訳が無いのだ。真正面から待ち受けている大ボスよりも、ひっそりと隠れている中ボスの方が楽しみに思えてしまえるのは、ゲーマーの性である。


『これだからダンジョンはいい。……楽しませてくれる』


 高鳴る胸の鼓動に忠実なのは、俺が子供帰りしたからではない。ただ引き寄せられてしまうのだ。武器や魔法、ファンタジー、それに冒険にそそられる。ことさらダンジョンともなれば餌を目の前にした犬と同じく涎が滴る。


 よくよく思えば犬の方が利巧かも知れない。餌を目の前にして俺はじっとしていられない。虫が這うようなあの感覚と、内側から突き上げて来る衝動に居ても立っても居られない。ダンジョンをお預けされてしまえば俺は気が狂ってしまうかも知れない。


 折角、この世界に生を受けたのだ。思う存分、飽くまで、むしゃぶり尽くしたい。もし誰かに何故そうするのだと聞かれれば何と答えるだろう。山を登る人間が存在するように、海に潜る人間が存在するように、空を飛ぶ人間が存在するように、その人間等と同じで俺はダンジョンに引き寄せられてしまっているのだ。敢えて言葉にするのであれば、その先を見たい、からだろうか。


 ならばこそ、一歩ずつ進むしかないだろう。


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