第28話
店を出てからは、鍛冶屋、装備屋、錬金術師の薬屋、魔法道具屋で、仕事をさせてもらえないか、と交渉して回った。
探検者ギルド受付嬢カノンの馴染みあってのことか、俺は横で聞いているだけだったが、比較的友好的に受け入れてもらえたと思う。まさにカノン様様だと言える活躍振りを見せてくれた。
口の上手さもさることながら、売り込み上手だったのだ。カノンは俺が魔法を使用して見せる隣で、実演販売さながら、いや、まるでマジックショーのアシスタントのように振舞っていた。
興味を引きたてつつ、旨味を伝えて、金の匂いを漂わせる。そして素材を失うリスクも無く、労働対価を与える必要も無い労働力として俺を上手く売り込んでくれた。その甲斐あって、明日から好きな時に来て良いと各店の責任者からの許しを得ることが出来た。
それに、カノンはマネージャーとしても完璧であった。店を回り終えた後、路地のベンチで小休憩を挟んでいる時に、カノンは休むこともせずに忙しなく手帳へと何やら書き込んでいたのだが、筆が止まったと同時に手帳の一枚を破って寄越したのだ。その内容を見てみれば、朝のゴミ回収時間や、どの店舗にどの時間帯に行けば効率的か、復元する素材の優先順位などが記入されていた。
短時間で分かりやすく纏められたメモを見て驚く俺に、さも当然と言うように鼻を高くしたカノンは、報酬は余裕が出来てからで良い、と言って片目を瞑って見せた。俺がこの働きに見合う報酬を必ず、と答えれば、カノンは上級探検者になったら楽させてね、とあざとく媚びを売って来る。つまりは、急がないから二人三脚で頑張りましょう、と言うように俺は軽く捉えることにして、カノンに頷いて返した。
それから一週間、俺はカノンから貰ったメモを基に行動した。
魔力がカラッケツになるまで復元し回った。ダンジョンでは肉体疲労に加え、魔力消費による疲労があるけれど、街では命の危険も無いから温存する必要も無いと、この一週間は搾りかすになるまで魔力を振り絞った。
初日から全て上手くはずもないが、苦戦したお陰あってか【バック】のコツも掴めたように思う。前の状態に戻したとしても使い物にならない物もあるし、戻し過ぎると【ネクスト】を使っても元通りにはならないというようなこともあった。氷を前の状態に戻せば水になるが、その後すぐに【ネクスト】を使ったとしても氷にはならない。水を凍らせる条件が無ければ【ネクスト】を使っても何もならないからだ。
綺麗に戻せば売れそうだと思い、ゴミ漁りで見つけた傷んだ絵画を加減も分からず白紙にしてしまったという失敗もあったりもしたが、今ではどこまで戻すかの見極めも、そこそこに出来るまでにはなった。初日は価値も分からない物含め、片っ端から復元しまくったせいで、魔力の消費量と稼いだ金額が割に合わない結果となってしまったが、その失敗もあって【バック】の理解度も増した。
半分に割った物を別々に復元すれば、同じものが二つ複製できて儲かると考えてやってみたが、そうすれば消費する魔力の量が尋常じゃないと気付いたのだ。魔槍の折れたままだった柄を復元するだけでも、【スロウ】【ファスト】数セット分位の疲労感を覚えるほどに消耗する。
無から有を生み出すに近しいことをしているから、魔力の消費が多くても、それは仕方のないことだろうが、それからは欠損の大きい物の復元は控えるようにした。傷つき、破れ、汚れ、ほんの少し欠けがある程度の物を復元し、それ以外は余程価値の在りそうだと思わなければ、拾うこともしなくなった。そう思った物でも売れる代物かどうか聞いてから復元するようにしていたが、ゴミはゴミであり、価値のあるものなんてほとんどない。
とは言え、ゴミ山からの稼ぎはそれなりになった。出費を差し引いても、この一週間で金貨10枚程度は得られた。それにお金稼ぎの他に稼げたものもある。このゴミ山では金属やモンスターの素材が使われた雑貨が良く見つかるから、金稼ぎの副産物として魔槍の餌が安定的に手に入るのは嬉しい誤算だった。正直、ダンジョンを昇って鉱床を掘るよりも効率的にも思える。
そんな風に一週間を過ごし、日に日に成長する魔槍の変化を確かめてから、眠りにつくのが日課となっていた。一週間も経てば慣れたもので、探検者でなければこうして生活していたかも知れないと、夢うつつに思う毎日だった。
そしてまたダンジョンを昇る為に必要な一日を迎える。
「エンにぃ、おはよーうっ」
「エンお兄ちゃん、おはようー」
『おぅ、ゼル、リナ、二人ともおはようっ、今日も早いな』
今日もゴミ山の上で手を振るゼルとリナに、手を振り返しながらいつものように挨拶した。
八重歯が特徴的で、見るからにやんちゃ坊主のゼルは元気の塊だ。俺を見つけるや否や、ゴミ山から飛び降りて駆け寄ってくる。
「へへっ、エンにぃが来るまでに、けっこー頑張ったゼ! ほらっ、あっちに集めてるから見てくれよ」
気高く仲間意識の強い狼の獣人、その狼族の血が流れていると言ってはいたが、ゼルはとても人懐っこく、頭から生えた灰色の獣の耳や、先だけ黒い尻尾が、忙しなく動く様を見れば、自然と撫でて褒めてやりたくなる。
「リナも頑張った!」
真っ直ぐに切り揃えられた前髪からあどけない笑顔を向けるのは頑張り屋さんのリナだ。ゼルの後に続いてゴミ山を慎重に降りると、小さな腕に抱えた収穫物を俺に見せようと一生懸命になっている。リナは気性の荒い砂猫族の獣人らしいが、砂漠の砂のような毛色を揺らして小さく飛び跳ねる姿がとても可愛らしい。
「キレーなのっ、見つけたよっ、エン兄ちゃんっ、見てっ」
二人とはこのゴミ山で出会った。クープ孤児院で世話になっている10歳のゼルと9歳のリナは幼いながらも、資金難で苦しむ孤児院の助けとなるために、ゴミ山で物を拾って稼ぎを得ているのだ。俺がこのゴミ山漁りをしようとした初日、ゼルが縄張りを主張してきたのが出会いの切っ掛けだった。
『おぉ、リナはセンスがいいなっ、偉いぞー……っとと、ゼル待て待てっ、今っ行くから引っ張んなってっ』
俺も母に拾われなければ孤児院で過ごして、ゼルやリナと同じようにしていたかも知れない。張り合おうとするゼルに協力を持ち掛けたのは正解だった。そう思える成果を今日も上げてくれていた。
『ゼルもスゲーな……何時から此処に居たんだよっ。……でも、あんま無理するなよ?』
「いんや、6時の鐘が鳴ってからだからいつも通りだゼ? 今日は調子が良かったんだー」
『一時間でこんなに集めたのかぁ、ゼル、やるじゃん!』
仕事振りを褒められたゼルは恥ずかしそうに、でも誇らしげに鼻頭を擦っていた。横に居た筈のリナはそれを見て、またゴミ山で目ぼしい物が無いかを探し始める。
『おっし、じゃあ俺も、お宝を探し頑張るかっ!』
「おうっ、負けねーゼ!」
「リナもっ、負けないよ!」
俺が張り切れば、二人も負けじと張り合ってくる。活き活きとした二人の様子を見ているだけで、自然と笑みが零れ、二人に混ざって競い合えば、薄れてしまった子供心を思い出させてくれる。
二人と出会った最初の頃は同情心もあったとは思うが、今では頑張っている二人に胸打たれることの方が多い。二人は時折、鮮烈な輝きを見せてくれるのだ。それ故、殊更に俺の励みとなる。
「うぉぉおっ、食器セットだゼっ!」
「リナは、可愛いお人形さん見つけたっ!」
『ふっふっふっ、甘いですね……、俺はっ、ドデカい木彫りの像を見つけたぞぉおお!』
叫びをあげている絵画のような木彫りの像を抱え上げ、大人げなさを見せつける。すると、二人は妙な顔をして俺と像を交互に見ていた。
「……うわぁ、エンにぃ、……なんかそれ、キモいゼ」
「変なのーっ、それ全然可愛くないよー?」
『流石に分からんか……、これはなっ、多分、叫んでいるのではなく、聞こえて来た音に恐れおののいて、耳を塞いでいるのを表している素晴らしい作品っ、の、はずだっ!』
熱弁を振るう俺に、二人は全く興味も示さず、背を向ける。この光景も、最早見慣れたものだ。似た絵画を見たこと無い二人には理解も、興味も得られなかったようだった。
「うぉおお、なんだ、これは? なんか、うぉおおっなヤツだゼ!」
「リナはっ、ウフフ~なやつ見つけたっ! ウフフ~っ」
何だかよく分からなくとも凄そうな物を見つければ皆、掲げて自慢する。誰かが自慢を始めれば取って置いた凄そうな物を掲げて対抗する。とは言え、凄そうな物だと思っても、それは個人がそう思うだけの事の方が多い。
ゴミ山で見つけられる物は高々知れているのだが、掘り起こして目の前に現れた時に運命を感じ、手に取って眺めている内に愛着が沸いてしまうものだ。その都度、売れないと分かっていても、手放すのも惜しくなり、後ろ髪を引かれるような思いになる。二人に不評だった木彫りの像を捨てるにも、躊躇してしまうほどに。
「そんなのオレでも彫れるゼ……」
呆れたゼルの一言で、俺は泣く泣く像を手放すことにした。寂しそうに見つめる木彫りの像に、サヨナラの言葉を掛ける俺を冷たい目で見るゼルと、何だかよく分からないけれど不思議そうに見るリナの視線が突き刺さる。
『……まぁ、別に、欲しくないし、……ぃよーし、気合入れて頑張っぞーっ!』
静けさに包まれるのも何度目か、この一週間でこの空気感にも慣れてしまった。声高らかに気合の声を上げれば、嫌に良く通る。そうして俺はその静けさを掻き消すように、態と物音を立てながら目ぼしい物が無いかを探すのだった。
こうして遊びへとズレることも屡々(しばしば)あるが、ゴミをダンジョンに打ち捨てる為の運搬業者がやってくるまでの間、ゴミ漁りを続ける。ダンジョンに穴を掘って埋めて置けば、翌朝には消えるらしいから、ここにある内に回収する必要があるのだ。
それから俺達三人は、ふざけ合いながらも、小一時間程度ゴミの山を漁っていた。
『ぉ、そろそろだな。じゃあ、今日はここらで切り上げて持って帰るぞー』
「おうっ! 今日の仕事は終わりだな!」
「はーいっ、おしまーい!」
8時の鐘が鳴り、俺の声を合図に、三人が見つけたガラクタの元へと集まる。ガラクタの最終選別をしながら、一つ一つ持って来た袋や拾った木箱に入れていく。ガラクタの周りで寄せ合う顔は今日もまた薄汚れていた。
生ゴミなどの匂いの出るゴミは別の収集所に集められているから、それほど匂いも気にはならないと言っても、汚れはする。汗もかくし、埃も舞うし、小汚くなってしまうのは当たり前だ。
『終わりっ、じゃあウチん家で風呂入ってから飯にすっぞ!』
「よっしゃー! やったゼーっ! 今日もまたカノンちゃんお勧めの店っ?」
「お兄ちゃんっ、甘いのも食べていーい?」
『そうだな、あそこの店にするか。もちろんデザートも食べていいから遠慮するなっ』
食べ盛りの割りに痩せた二人は喜び跳ねまわる。孤児院でも朝と夜にちゃんとした食事は出るそうだが、贅沢は出来ず、それに腹一杯になることの方が少ないらしい。心配して孤児院の話を聞けば、あくどい大人は居らず、院長先生も優しく、多少貧しい位で、それ以外は特に不満も無いそうだ。卒業した孤児の支援、国からの支援もあって、裕福でもない孤児が学園に通わせてもらえているだけ有難いとゼルが言っていた。
「エンにぃ早く行こうゼっ、こっちのは箱はオレが持つからさ!」
『おっ、サンキューっ』
ゼルは自立を目指しているどころか、自分より小さい孤児達の為に頑張っているのだ。こうして協力をかって出てくれるところが、リナに慕われている所以だろう。
「リナも、この袋持つねっ、ふぬっ……ぬぬ」
『あっ、じゃあリナはこれ持ってくれるかな? 壊れやすいからゼルより大変かもしれないけど、ね』
「分かったぁ! 大変なのもつっ!」
「大変なの任されるなんて、羨ましいゼ!」
リナはリナで、ゼルのことを慕いつつも、勝手にライバル視しているようだが、そんな二人の関係性を見ていると何とも微笑ましい。リナは大事そうに両手で抱えて、前を行こうと歩き出す。その小さな背を見守りながら、ゼルと二人で後をついていく。
リナは俺の家までの道を覚えている。角を曲がる手前で立ち止まって振り返り、俺達がついて来ているか確認してからまた歩き出す。時折、急かされることもあるが、そうして、しっかり俺の家まで案内してくれるのだ。
軒先で出迎えた母と挨拶を交わしてから、二人を連れて家の中に招く。戸口の横に荷物を置いてから、母がお茶を出してくれている間に、俺は浴室で風呂の湯を用意をし始める。
石の壁と石の畳で出来た小さな空間に、土器を大きくしたような風呂釜と水桶、手前側には手作りの洗面台と透明度の低い鏡があるだけの浴室だ。ボロ屋と言えど上下水道が通っており、蛇口を捻れば水が出るし、排水があるからたっぷり水を使っても、汚れた水を運び出す手間も無い。この街の文明レベルが、そう低くはないことに気付いた時は驚かされたものだ。
風呂釜に水を張ってから、家の外にある釜へと薪をくべ、火をつけて風呂の水を炊く。【ネクスト】を使えば、あっという間も無く、水が湯に変わる。良い加減が分かるまでは、湯が煮だってしまうなどの失敗もあったが、くべる薪の本数が分かってからは失敗することも無かった。
湯が沸けたことを知らせに戻れば、居間では洋服を抱えた真っ裸のゼルとリナの姿があった。俺が外に湯を炊きに出たのを見越して、洋服を脱いで待っていたのだ。準備できたことを告げると二人は、木桶に石鹸と目の粗い布、それに汚れた洋服を手に持って浴室へと向かった。少しして、すぐに浴室から燥ぐ声が聞こえてきた。どうやら今日も湯加減は問題なかったようだ。
俺は二人を待つ間、家事の手伝いをしつつ、母と何気ない会話を交わしていた。母に家事に必要な物、あれば便利な物、欲しいと思っていた物などが無いかを聞いて見るが、母は首を傾げるばかりだった。
俺が生活費を入れ始めたことで、生活用品の充実、食卓に並ぶ料理の彩も豊かになったのだが、それも多少のことで、母は質素倹約が身に沁みついてしまったのか、あまり欲がないのだ。贅沢とはいかないまでも、もう少し一般家庭に水準を近づけても良いように思う。
年頃の女性だというのに穴の開いた服を着回しているし、持ち前の容姿があるにしても化粧品の一つ位持てばいいのに、母は相変わらずという様子だ。今まではお金が無いから買えなかったのかも知れないが、今はそうでもないはずなのに。
かく言う俺も、まだ穴の開いた服を着ているのだが、それはそれだ。装備を整えるついでに予備の服を含めて、新調する心積もりである。首を傾げて考えたままの母には、俺が服や化粧品をカノンにでも聞いて、買い与えるしか無いのかも知れない。
俺がそう思い、金勘定をし始めたところで、風呂上りの二人が頬を紅くして戻って来た。差し出された桶を受け取り、桶の上に乗った濡れた服に【ネクスト】を掛け、乾かしてからそれぞれに手渡す。【バック】を掛けても破れや汚れが戻るだけの服は俺達と同じだった。この二人にも服の一枚や二枚、それに手袋でも買って渡そう。必要ないと以前は言っていたが、在るに越したことは無いだろう。
そう思いながら、俺は浴室へ向かった。
汚れた服の洗濯を済ませ、風呂には浸からず、汚れを落とすだけ落として浴室から出ると、準備万端の二人が椅子から立ち上がり、すぐに母の手を引いて戸口の方へと向かう。ゼルとリナは朝食が待ちきれない様子だった。
待たせた侘びを入れつつ、続けて家の戸口をくぐり、肩に掛けた乾いた布で髪の水気を取りながら、揃ってカノンお勧めの店に向かうのが、ここ数日の恒例になっていた。
いつものように朝食を取り、ゼルとリナを見送り、母を見送ってから家に戻った俺は、ガラクタが詰まった箱と布袋を引っ提げて魔法道具屋の商店に足を運ぶ。価値の有り無しの見定めを店主にしてもらい、修理依頼を受けた品と共に復元作業に移る。
ひび割れ、破れ、欠け、単純な物から、何処がどう壊れているのかも分からない物まで、手に取って一回し見てから復元していく。複雑な構造だろう物であろうと、故障の原因を調べる必要も無いから、そう時間も掛からない。
一つ復元しては直っているかどうかの確認を店主にしてもらい、問題無ければそれでよし、甘ければもう一つ前の状態に復元する。そうして修理を終えた分とゴミ山で集めた物の買い取り分を合わせた金額を受け取り、ゼルとリナへの分配金を計算してから布の財布とは別に、ポーチへ入れてから店を出る。
それから装備屋、錬金術師の薬屋を回り、最後に鍛冶屋へと顔を出す。
装備屋で修理依頼の確認をして、あれば復元する。こればかりは仕方のないことだが、装備屋は安定的に稼げない。俺の仕事があればそこそこに儲かるのだが、探検者が持ち込むかどうかもあるし、更に欠損具合によっても、仕事の有り無しが決まってしまうのだ。
錬金術師の薬屋では、成分だけを抽出した出涸らしが木桶に一纏めにされているから、一緒くたに復元する。甘くて苦くて香ばしくて、それに目に来る何とも言えない匂いのするヘドロのような出涸らしに【バック】を掛ければ、まるでポップコーンのように薬草や木の根、モンスターの素材が木桶から溢れ出る。横で見ていれば楽しく思えるのかも知れないが、見かけとは裏腹に魔力を大きく消費するから楽ではないのだ。
錬金術の薬屋で稼げる金額は、時給換算すればかなりの金額ではあるが、錬金術の張り切り具合によって、日々、仕事量が変わるのが困りものだ。多過ぎる日もあれば、少な過ぎる日もある。全ては変わり者の錬金術師の気分次第なのだ。少なければ後の鍛冶屋で調整できるが、多すぎる日は俺が出涸らしにされてしまうのではないかと思える量になる。
今日は多くも無く少なくも無い丁度良い量だったから、鍛冶屋に顔を出すだけにはならないだろう。
次に向かった鍛冶屋の店主は職人気質を体現したような人で頑固一徹だ。鍛冶屋に来た依頼は俺に任せてはくれないし、触らせても貰えない。当初、仕事を貰えないかと思っていたが、鍛冶屋には折れてしまった武器など、溶かして素材にする為に使えなくなった武器が集められており、それならば好きにすれば良いと言ってもらえている。
俺は材料となる武器を復元して、材料を卸している業者に売る。そして材料代と僅かばかりの場所代を鍛冶屋の親父に支払い、残った分の差額が儲けとなる訳だ。優しくも頑固な親父は、場所代なんて要らない、と言ってくれてはいたが、俺が支払わせて欲しいと言ったから、渋々受け取ってもらっているのだ。
鍛冶屋の店先でも武器や防具の販売もしているが、そこに復元した物を並べてはくれないし、店の名前も使うなと言われている。つまり店とは別に商売をしろ、と言うことだ。それならば場所代を支払うのが筋だと思い押し通した結果、鍛冶屋の親父も認めてくれた。それに少しだけ気に入ってもらえたように思う。
ダンジョンに昇るようになって、カノンと出会って、それから、なんだかんだあって、この一週間で知り合いも増えた。
明日からまたダンジョンに昇ると世話になった人達に伝えれば、皆、揃って優しい言葉を掛けてくれる。そして最後に、また戻って来い、と同じような言葉で締めくくられるのだ。
目指す先あれば、戻る場所もある。時折、なんと充実した日々を送っているのだろうかと、ふと思うことが増えた。自分の為にもそうだが、その人達の為にも生きて帰らなければならない。その為の準備を整える。
鍛冶屋での仕事終わり、卸業者への販売する分を鍛冶屋の親父に預けがてら、数日前に依頼していた物が出来ているかを聞いて見れば、当たり前だという言葉と共に親父がカウンターテーブルの下から二つの包みを取り出した。
長い方の包み、薄茶色の布を捲れば、鉄で出来た魔槍の柄が現れた。丁度俺の握り部分が少しばかり出っ張り、突き刺した時に滑らないようになっており、全体的に滑り止めの艶消し加工が施されていた。
もう一つの小包には投擲用のナイフが12本、束になって包まれていた。ナイフとは呼んでいるが形はクナイに近い。平たい両刃の掌収まるサイズで、持ち手に掛けて窄まっているような形、刃から持ち手部分まで余計なものは何もない。6本一揃え、予備含めて12本しっかりと仕上げてくれていた。
手に取り、一つ一つ眺めて仕上がりの素晴らしさを堪能していると、親父がカウンターテーブルの下からまた一つ何かを取り出した。それは、3本ずつ段々に6本合わせて持ち歩けるように、革で作られた手製の投擲用ナイフの収納ケースだった。ベルトホルダー付きで腰から素早く取り出せるように考えられている作りになっている。親父と頭を突き合わせて二人で考えた代物だ。
柄とナイフ、収納ケース合わせて、しめて金貨25枚の品物だ。
俺は納得のいく造りに満足の言葉と共に支払いを済ませる。探検者装備は何かと金が掛かるものだが、今の俺の懐事情であれば何とも思わない金額だ。ファンタジー御用達素材のミスリル鉱石などの金属であれば、目が飛び出て口が空きっぱなしになる程の金額を請求されるだろうが、魔力入りの鉄素材の魔鉄であればそれなりの金額で済む。
これは鍛冶屋の親父の受け売りではあるが、鍛冶屋からして見れば扱いやすく、素直であるからして多少の融通を利かせる事も何のことも無いらしい。変わったもんを作りたければ、まずは鍛冶屋に相談してみることだ、と言われたのがナイフ制作の切っ掛けにもなったのだ。
依頼品を受け取ってすぐ、魔槍の柄を取り換えて、一振りして見れば違いが良く分かる。程よい
次に親父の勧めでナイフを試していると、12時を示す鐘がなった。昼からカノンとの約束があるのを思い出し、急いで帰り支度を済ませ、挨拶もそこそこに鍛冶屋を飛び出た。
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