第24話

 魔槍の残したこの結果を見るに、やはりカノンの推測は正しかったようだ。


 これも昼食の席で魔槍と【ネクスト】の関係性を話したお陰であった。カノンの思い付き、面白半分で手元にあったナイフを吸収させてみようという話になり、いざ試してみた結果、魔槍はナイフを綺麗さっぱり吸収してしまった。


 そしてその時、カノンはそれを見て驚きつつも、更に面白がって、モンスターの肉や血を食べれるならと、自分が食べていた料理まで与え始めた。流石にそれは食べないだろう、と半信半疑で【ネクスト】を発動させて見れば、魔槍は肉は勿論、芋や葉野菜、それにスープまで食べてしまったのだ。


 それならば、鉱石でも食べれるだろう、と言うカノンの提案によって、此処まで来たわけだ。


 俺達は協力して辺りに散らばった鉱石を集めては吸収させ、魔石を回収してから鉱床を掘ってみることにした。ここでもカノンの耳が役だった。俺が柔らかい土と堅い土の中に埋もれている鉱石を魔槍の石突部分を使って掘り返していると、この辺りにあると言い当て始めたのだ。


 カノンは音の反響を頼りに鉱石を探し当ててると簡単に言うが、俺はそれを聞いて、開いた口が塞がらなかった。カノンの能力は便利だと思ってはいたが、これ程までとは思いもしていなかったからだ。ただ耳が良いにしても、途轍もない能力だと言えよう。


 それから小一時間ほど採掘を行い、合間合間にやって来るコバルトとの戦闘を息抜きに、両手いっぱいにもなる程の鉱石を集めることが出来た。とは言っても、既に跡形も無く吸収してしまっているから、恐らくそれ位の量だという推測にはなるが、上々の成果を上げられただろう。


 深く掘り進めるにも道具も無く、奥に堅い岩盤があるということで、採掘作業を切り上げ、少しばかりの休憩を挟みつつ、俺は更に進化した魔槍を眺めていた。


 刃が広がり厚みが増し、柄の部分も長くなった。全体的に二回り程大きくなっただろうか。それに鋭さ、切れ味に磨きが掛かったような気がする。血の様な赤色だった穂先が、鉄鉱石の鈍色が混じったような深い色味へと変化し、それらしい雰囲気が備わったようにも思える。


 十分に休憩を取った頃に、カノンへと目配せして見ると、意図が伝わったのか彼女は腰を上げた。それを感心するように見ていると、どうしたの、と言うようにカノンは首を傾げて俺を見る。何も言わずとも、伝わるのであればそれで良いのかも知れないが、敢えて声を掛けてから探検に戻ることにした。


『休憩はもういいの?』

「ん、“大丈夫”よ? エンも行きたそうにしてたじゃない」

『それはそうだけどー……無理してない?』

「探検者じゃなくても、それなりに体力はあるわ。エンの“お陰で”、歩くだけだしっ、ねー?」

『……あざとい。でも、まぁ、しんどくなる前に、ちゃんと言ってよ……って何その顔、……う、ウゼェー……』


 カノンは俺の気遣いが嬉しかったのか、にやけた顔でじっと見て来る。勝ちを誇ったような、あざとく、良い女振った表情をするカノンに苛立ち、不快を表す言葉が自然と俺の口から漏れ出た。それでもカノンは、全くと言っていいほど気にしておらず、けろりとしているのも腹立たしく思えた。


『もういいから、行こう』

「エンッ、……待ってッ、……“騒がし過ぎる”わ。……早くこの階層を抜けた方が良いかも知れない。……多分だけど、……“スタンピードが起こってる”」


 ふざけた雰囲気も無く、切羽詰まった真剣な表情を見せたカノンが言う。彼女が言うスタンピードとは、何かしらの原因でモンスターが押し寄せる現象の事だ。波のように次から次へと現れるモンスターの大群に飲まれてしまえば一溜りもない。


 モンスタートレインと呼ばれる現象のように探検者がモンスターを引き連れながら逃げるか、悪意を持って意図して発生させるなどしなければ、滅多に起こることの無い現象のはずだが、異変を察知したカノンの顔色は、見る見るうちに悪くなっていく。


『近いの? 数は多い?』

「迂回する時間はあるわ。……数は多、いや、減っていってる。……地鳴りに飲まれ、……最悪、……グレーターワームかも知れない」

『……グレーターワーム?』

「“レアモンスター”よ。堅い表皮ですれ違い様に、獲物をすり下ろしながら捕食する変わったヤツ。それに粘液性の、肌に触れると徐々に滲みこんでいく“毒液”を撒き散らすわ。全長は20~30m、ハイコボルトを丸呑み出来る位の大きな口があるって聞くわ」


 聞くだけでも恐ろしい化け物クラスのモンスターだ。そんな化け物に追われりゃ、モンスターが逃げ惑うのも無理はない。だから滅多に起こらないと言われているスタンピードが発生してしまったのか。


「逃げ……ましょう。……“仕方ない”……わ」

『……もし、出会ってしまったら、倒せる?』

「分からない。可能性はあるけど、通路で真正面からやり合ったら一溜りもないわ。擦れ違うだけで“ズタボロ”よ」

『……なるほど。……分かった。カノンに従うから逃げる方向を指示……カノン、……どうしたの?』


 俺は見たことも無く、話に聞いただけのモンスターの外見を視線を下げて想像していた。だが、非戦闘員のカノンが一緒に居る今は、危険を冒すべきではないと思い直し、ふと顔を上げるとカノンの様子がおかしいことに気付いた。


 動揺、焦燥、どうするべきか迷っているのが、一目見るだけで分かる程の有様だ。口元を抑えていても、悲壮に満ちた声が漏れ、状況が分からない俺にさえも、その緊張が伝播する。


『カノン、どうしたの!? 逃げるなら早く逃げよう。……ほらっ、行こうって、……おい、どうしたんだ……カノン、おいっ、カノンってば、しっかりしろ! なぁ、どうし……たんだ?』


 逃げようとしないカノンに、俺は手を差し伸ばした。その手を掴んだカノンだったが、それでも、その場を動こうとはしなかった。両手で抱きしめるようにして、腕を掴み、何もない壁の方をただ見ているだけだった。


『近いのかッ?』

「……ううん、……まだ距離はある、んだけど……」

『どうしたんだよッ! 何かあるなら言えよッ!』


 はっきりとしないカノンの肩を揺さぶりながら言う。だが、カノンは顔を逸らしたまま唇を噛み締めて、目を潤ませているだけだった。


『時間がないッ、言うだけ言えッ! 何でもいいからッ、早くッ!』


 再び、俺はカノンの肩を前後に揺すり、そっぽ向いたままの顔をこちらへと無理に向けると、カノンは首を振りながら口を開いた。


「ごめっ、んなさい。……もう2人、飲み込まれちゃった。……ごめんなさいッ、それに私ッ、他の人も見捨てようとしたのッ」

『それって……俺たち以外の探検者の事か? そう、なのか?』


 言うべきではないと分かっている。そう思っている筈のカノンが縋るように想いを口にした。それはカノンに取ってみれば、罪の告白だった。謝罪の言葉は誰に向けられたものだったのだろうか。


 カノンは、今起こっている事を俺にそのまま言うのを躊躇っていたのだ。言えば俺が助けに行こうとして死なせてしまうかも知れないと思い、黙っていたのだろう。だが、彼女の耳に伝わる断末魔の叫びを聞いて、この場を動けなくなってしまったのだろう。


 非戦闘員である自分が行っても、どうにもならない事を理解し、俺を向かわせれば死なせるかも知れない。それならば、探検者が襲われて死んでしまったとしても力不足による自己責任と考えて、耳を塞いで見過ごそうとしたのだろう。だけれども、カノンは非情になりきれず、良心の呵責に耐えられなかった、と言うところだろう。


 カノンが吐き出した謝罪の言葉には、二つの意味があったのだ。


『カノン、分かった。いいから状況を教えてくれ。やれるだけのことをやろう』

「……はい。グレーターワームが、このフロアで暴れ回って、モンスターごと探検者を襲ってるの。飲み込まれてしまった探検者の他にも、まだ近くに人が居て、今、教えて上げられれば“助かる”……かも知れないの」


 カノンは弱気な声色だが、振り絞るようにして言う。


「そのッ、人たちは、ダンジョンの異変に気付ッいて、私達がさっきまでいた泉に逃げ込んだみたいなんだけど、ぐ、グレーターワームが近づいて来てる。……負傷してる人もいて、逃げて来るモンスターを凌ぎながら、異変が落ち着くまで、そこで“様子見”しようとしてるの。……エンなら、どう、する?」


 絞まった喉を無理にこじ開け、声を裏返らせながらも必死に、握りしめた手が強張って白くなる程に力みながら、必要な情報を落としていく。


『了解っ、逃げるように言えばいいんだな……任せてっ』

「……エンッ、ゴメンナサイッ」

『素直に助けてって言えばいいじゃんか、ヘタクソだな』

「う、ん……助、けて、ください」

『あいよっ、俺の速さだったらそう掛からない。探検者と合流したら案内任せるから追って来てね』


 力強く頷くカノンに笑顔を送り、俺は【スロウ】と【ファスト】の魔法を発動させて駆け出す。


 来た道を辿り泉を目指していると、通路の奥からモンスターの叫び声が響いて聞こえた。


 通路の曲がり角で逃げ惑うモンスターの群れとすれ違うが、奴等は一瞥くれる訳でもなく、飛び掛かって来る訳でもなく、ただ過ぎ去っていく。


 モンスターでさえも、必死にグレーターワームから逃げているようだった。幸い、俺が来た道と違う方向へと進んで行ったから、カノンと鉢合わせることも無さそうだ。


 スタンピードがこちらへと向かって来れば、踵を返して逃げるしかなくなる。カノン一人では対処しきれないし、どれほどの数かにもよるが大波とならば俺でも怪しい。


 つまり、急を要すると言うことだった。このまま上手く逸れて、流れて行ってくれる事を願いながら、安全だと言う報告を独り言のように呟く。すると、カノンからも安全を知らせる笛の音が聞こえて来た。


 それは魔笛と呼ばれる魔法道具の笛で、人間や亜人種にしか聞こえない音を発する代物で、犬笛ならぬ、人間専用の笛だ。モンスターには聞こえない音で、遠間からもやり取りが出来るからこそ、知らせにも、連携にも、救援にも、使える。


 カノンは小刻みに三度吹いては、間を空けて、また三度吹いて、安全について来ていると知らせていた。


 ダンジョンに入る前にこのやり取りを決めて置いて良かったと心から思えた。何かあれば強く吹き鳴らすとカノンが言い出した折に、そのやり取りを決めておいたのだ。


 余りカノンと離れることは無かったから、使用する機会は無かったが、上手く活用できている。応援されているような心強さとカノンが無事だという安心感から足が鈍ることも無い。


『……あそこだッ、……頼むから、間に合ってくれよッ』


 泉の淡い光が漏れ出すうろに、姿勢を低くしたまま飛び入る。


 幻想的な空間には、複数のモンスターの死体、泉の脇に横たわる盗賊風の探検者、隣で膝をついている魔法使い風の探検者、剣を構えた戦士風の探検者がその場に居た。

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