第23話


 カノンとの話し合いの結果、装備を整えることになった。


 その為に、金策がてら、ダンジョンの21階層から始まる魔窟エリアに挑むことになったまでは良かったのだが、しかし。


「右の角から三体、コボルトね。……30秒後ってところかしら」


 カノンが俺の背後から索敵情報を囁いてくる。


 それまでに聞いていた話だと、カノンの戦闘能力は低く、長時間の探検も体力的に持たないらしいが、そうと言いつつも着いて来ると言ってきかなかった。カノン曰く、どの程度の実力があるか見る為らしい。


 クラン単位でダンジョンに昇る場合、マネージャーも同行することもあるらしいが、今日は俺一人だし、初めての階層で戦った事もないモンスターから無事に守り切れるかどうか不安で仕方ない。


 そう不安に思いつつも、なんだかんだ言って、各種情報と道順案内に関して言えば、カノンは完璧だった。手帳片手に自ら書き込みんだ情報を流し見ながら後をついて来つつ、その場その場で的確な情報を落としてくれる。


「……“来る”わよ」


――【スロウ】【ファスト】


 カノンの声に合わせ魔法を即座に発動させ、坑道の角へと駆ける。曲がった先に、青い体毛と鱗交じりの体表の犬の顔を持つゴブリンの様なモンスターが、カノンの宣言通りに、3体、存在していた。


 突然、飛び出して来た俺の姿を見たコボルトは目を大きく見開き驚いていた。そして遅れて叫び声を上げようとして大口を開いた。だが、今更そうしたところで、もう遅い。半開きの口から洩れ出たのは、濁った音だけだった。


 そのまま流れるようにコボルトの間を縫って一突き、後ろへと飛び跳ねた一体を、空中で魔槍を突き刺し宙吊りに、そうしてコボルトが慌てふためいている間にも戦闘を終えてしまった。


 それから俺はカノンを待つ間、コボルトとの戦闘に打ち勝った余韻を感じることもなく、魔槍に餌を与えることにした。すると、カノンが後ろからゆっくりと様子を伺いに来た。


「やっぱり見てる限りじゃ分かんないわ。……バレないバフ系の魔法は“便利”ね?」

『まぁ、そうだね。でも、有名税を払うようになるまでは出来るだけ隠しておきたいよ?』

「分かってるわよ。それに魔剣を育ててるなんて変わってると思ったけど……その方法は“合理的”ねぇ」


 干からびたコボルトの死体をカノンが見つめながら興味深そうに言う。能力や魔剣の事をカノンに話すべきか迷ったが、隠していても何か隠しているとバレているのだし、探られればバレてしまう。どうせバレてしまうのならばと思い、俺の手の内を掻い摘んで話すことにした。


 俺が有名になれば能力の詳細はいつしか出回ってしまうのだし、リスクはあるのかも知れないが先行投資として割り切ることにしたのだ。信用出来ると思えたのもそうする理由の一つであるが、話してしまった方が何かと都合が良いと思えた。そして、情報を与えた事で、カノンは次の道筋となる情報を与えてくれた。


「次、ハイコボルト2体が前から、奥の右角からスケルトン4体……左に進めばもうすぐよ」

『了解っ、じゃあ先に行ってやってるから後で着いて来てね』


 カノンの索敵情報が外れたことは一度も無かった。この階層、23階層へと到着するまでに何度も戦闘を繰り返して見たが、数、種類そのどれもが正しい情報だ。


 俺の注文、敵が居る方へ行きたいと言えば、そうしてくれるし、数が多い場合は安全を期して迂回したルートを提案してくれる。それに案内する道筋は最短ルートと呼べる物であった。これで物語の定番“裏切り”が無ければ、カノンは最高だと言える。


 21階層からは、整備されていない坑道のような、長い洞窟のような、土や岩で出来た迷路みたいなダンジョンと呼ぶにふさわしい構造になっている。


 この魔窟エリアは、天井から伸びる鉱石や岩壁に生えた苔が光を灯し、暗くも無く、少し肌寒い程度の気温と湿度で狩りをするにも丁度いいと思えた。


 幅も広く、高さもあって窮屈さを感じさせることも無いのだが、如何せん油断できない構造とも言える。このフロアは分岐点を除いて、殆どが一本道なのだ。


 つまり、戦闘を得意としてないカノンを常に背後に置くことになる。逃げ道となるのは前のみで、背後からの奇襲を受ける可能性、モンスターの巣に導かれる可能性などの危険があると言うことだ。


 現実は小説よりも奇なり、と言う言葉がある通り、何が起こるか分からない。カノンを信頼していても、信用に足ると見て見ぬ振りをせず、懸念すべきと考え、警戒を怠らぬようにしている。


 だから、戦闘を行う際は出来るだけ先行し、素早く処理することを心掛けている。カノンに危険が迫る可能性は、彼女自らの能力が優秀が故、無いに等しい。何かあれば合図を送ってくれるから、急いで戻れば良いだけだ。


『……居た』


 つるはしを肩に担いだハイコボルトが、前からやって来るのを視界に捉えた俺は、真正面から腹、胸、首と突きの急襲を見舞う。


 仰向けに倒れているハイコボルトに近寄り、死亡確認がてら、魔槍の餌にする。ハイと言っても、それほど強くも無い。コボルトが俺の腰位の体躯ならば、ハイコボルトは俺と同等程度の体躯で、強さもコブリンやホブと差ほど変わりないように思えた。多少、鼻と耳が聞いて、少し、敏捷性が高い程度の物だ。


 魔槍が吸収し終えたのを確認したら、次はスケルトンだ。奴等は探検者の装備を身に着けている通り、このダンジョンで潰えた探検者の成れの果てとも言われている。白骨化した身体を震わせて揺れ動き、骨と骨が打ち鳴らせ、関節が軋む音を響かせ、この魔窟フロアを彷徨っているのだ。


 目的は生への執着だろうか、あるいは嫉妬か。探検者を見れば恐れる事無く追いかけて来る厄介な性質を持ち、手に持つ武器をやたらめったら振り回す。武器の種類もスケルトンによって違い、自分自身が相対するに得手不得手な武器かどうかは出会うまでは分からない。それ故、駆け出し冒険者が被害を受けることも多いようだ。


 まずは武器種を見て倒す順番を考えるのが定石とされているが、俺は持つ能力と武器の相性が良く、苦戦することは無い。スケルトンは軽く、そして脆い。槍を横薙ぎに振るえば、簡単に吹き飛ばせるし、頭部を粉々にしてしまえば動きが止まる。槍のリーチに、【スロウ】のお陰もあって、頭部を撃ち抜くことも容易だ。


「あら、もう終わったの? “楽勝”じゃない」

『ダンジョンの名物モンスターと言っても雑魚だからだよ』

「そうねー、それにしても“優秀”だこと。……はい、3千ウィルね」


 追い付いたカノンが、掌の上でハイコボルトの魔石をじゃらつかせて見せると、自らのポーチにしまい込む。細々(こまごま)とした物の荷物持ちはマネージャーの役目でもあると買って出てくれたから任せているのだが、流石受付嬢だ。凡おおよその買取金額を教えてくれる。


「ほらほら、ぼーっとしてないで“稼ぐ”なら急ぎましょ」


 足元のスケルトンが魔石へと変わるまで待っていると、カノンが先行く道筋を指さして急かして来る。言われるがまま背中を押され、その方向へ歩き始める。そして少しして振り返ると、忙しなく魔石を拾い集めていたカノンが、駆け足で追いかけて来た。


『……ねぇ? なんか小間使いみたいで嫌なんだけど。……それ位、自分でするよ』

「へぇーっ、優しいのねー。これが私の“仕事”って言っても割り切れない? お姉さんがエンの、お・せ・わ、してあげるわよっ」

『ヤダ。そりゃ手伝ってくれるのは嬉しいし、効率を求めるには最適解かも知れないけど、なんかヤダ』

「ふーん。ちょっぴり頑固さんなのね? 将来は“亭主関白”になっちゃうのかなー?」

『……すぐそうやって、フザける』


 うんざりと言う表情を向けて見ても、カノンは悪びれることも挫けることも無い。安全を確保できている場合は、ダンジョン内であろうとすぐに揶揄って来る。ムードメーカーよろしく、緊張と緩和のバランサー気取りでいるのだろうか。それならば静かにしていてもらいたいのだが、それを言えばまた煩いことになるのは目に見えているから言わずにいる。


「あっほら見てっ、泉が見えて来たわよっ」

『おぉ、ホントだ。……薄っすら光ってて、綺麗……だね』


 青く透き通った水が、水底から淡い光を放ち、仄かに辺りを照らしていた。ドーム状にくり抜かれた空間の一部に湧水の泉があり、その周辺には色取り取りの花や効果の高い薬草が自生していると聞いていたが、目の前に広がる光景はとても神秘的に見えた。


「薬草取ってから、ちょっと“休憩”しましょ、ね?」

『うん、先に座って休憩してて、どれが必要か教えてくれるだけでいいからさ』

「いーやーだっ、……二人の方が早いし“良い”でしょ?」

『……ぁあ、うん。……ありがとう。じゃあ、さっさと集めちゃおう』


 後ろ手に腕を組んだカノンが俺の顔を覗き込むように言って来たのは、さっき俺が言った事を面白がって、敢えてそう言ったのだろうか。俺は目を逸らしながら、極めて控えめに礼を言い、素っ気なく対処することしかできなかった。


「……これはねー、下級モンスターの毒に良く効くの。そのまま茎から出る汁を飲むだけでも、効果ありーっ、こっちは痛み止めでー、あれは化膿止めー、んとね、それは、こうやって“根っこ”から引き抜いちゃえばいいわよー」

『なんで真横なの……、教えてくれるのは有難いけど近すぎない? ……非効率じゃん』

「イヤイヤ期の反抗期の思春期-っ、せぇーっかく“親切”に教えてあげてるのになー、あ、この袋に入れてね」


 カノンは、あざとく口を尖がらせて不満を零すが、次の瞬間には機嫌が悪かったのかどうかも分からない程に笑顔で袋を広げていた。


 カノンは良く表情を変える。だけど俺にはまだ、どれが本当のカノンか分からない。大人びて見せたり、子供みたくなったりと忙しないことに変わりはないのだが、時折、そんな彼女の変わり様を見ていると不安に思えてしまう。


「ほいっ、ほいっ、手が止まってるよーっ、“競争”だからねっ、負けたら晩御飯奢りってね」

『おい、勝手に……そういうのは、先に言ってよっ!』


 俺は後を追うように薬草を引き抜いていくと、カノンも負けじと採取方法のレクチャーしながらも、薬草を引き抜き、根についた土を払い、薬草を袋にしまうと兎跳びのようにして前へと進んで行く。


 正直、飯を奢る位、カノンの働きを鑑みれば当然の報酬であると思えるのだが、多分そうじゃないんだろう。ただ彼女は遊びたいだけなのかも知れない。追いつかれていないか、確認のために振り返る表情がそう物語っているように見えた。


 そうして二人で、袋が一杯になるまで薬草を搔き集め、休憩を挟むことにした。燥はしゃぎ過ぎたのか、息を荒くさせていたカノンと寝っ転がって休んでいたのだが、カノンは何を思ったのか急に起き上がり、靴を脱いで泉の浅瀬で遊び始めた。


「冷たくて気持ちーっ、はいっ、“御裾分けーっ”」

『冷たッ、やめっ、やめろって、水飛沫を飛ばしてくんなよっ!』

「あははっ、とと、危ない危ない……“コケちゃう”とこだッ――」

『――手ッ、てっ、おいっ、ちょちょちょっと、引っ張んッ……』


 コケそうになったカノンを助けようとすれば案の定、ずぶ濡れだ。無理矢理引っ張ったようにも思えたカノンに文句を言えば、苔で滑ったの、と舌を出して詰まらない言い訳を言って笑っていた。


 俺が遊びに来ている訳ではない、と不満を零せば、カノンは服から滴る水を絞りながら、それでも稼げたわよ、とウィンクして言う。それに、もっと稼ぐ方法を教えてあげようか、という怪し気な誘いは断ることにした。


 それから二人で服を絞りながら、しばらく他愛の無い会話のやり取りをしていたが、服を乾かす便利な魔道具もなく、着替えも無い俺達は休憩もそこそこに、湿気たままの服で先を進むことにした。当初の目的の一つ、薬草採取は終えたが、この魔窟フロアは鉱石が取れるらしく、それも目当てにしていたからだ。


 金、銀、銅、鉄、白金は勿論、水晶類、宝石類、後は極稀にミスリル鉱石などファンタジー特有の鉱石なども見つかる可能性のあるフロアらしい。とは言え、貴重な鉱石や宝石は、ほぼ見つからないと言っても良いらしい。見つけたとしても極少量の豆粒程度だそうだ。そう言った類の鉱石や宝石が欲しければ、やはりダンジョンを昇る他ないということだ。


 もっとも、俺がそれ等を求める理由だが、それは金策の一つとして考えている訳ではない。小ぶりで価値のある宝石であれば良いが、鉱石類は持ち帰るにも重く、嵩かさ張るから、アイテム収納の魔道具を持っていない俺達が持ち帰れる量は精々知れている。そんな事の為に、鉱石を求めて魔窟フロアの奥を目指すなんてことはしない。


「聞こえるわ……この奥を行けば“鉱床”があるはず」

『やっぱ凄いな。……流石、良い耳を持ってるだけはある』

「ハイコボルトの“群れ”がいるから気を付けてね」


 耳に手を当てて集中しているカノンが、コボルトの振り下ろすツルハシの音を頼りに鉱床を探し当てた。コボルトは言わば炭鉱夫であり、鉱床から鉱石を集めて自らの宝としている。巣穴を見つければ、宝が眠っていると言われるが、その巣が見つかることは殆ど無く、魔法か何かを使って上手く隠しているようだ。そこでは何処でどう覚えたのかは分からないが、鉄製の武器製造もしてしまうらしい。


 巣を見つけられれば、大収穫ではあるが、今回の狙いは違う。漁夫の利を得ると言えばいいか、コボルトから鉱床を横取りするという作戦を立てたのだ。コボルトは鉱床でさえも上手く隠してしまうから、並みの探検者なら見つけることは容易では無いのだが、カノンの耳に掛かれば簡単に見つかるという訳だ。


 歩いて進んでいる内に、俺の耳にもツルハシを振るう音が聞こえて来た。そこでカノンに目配せして、ここで待つように指示してから、ゆっくりと足音をツルハシを振るう音に合わせて進んで行く。そうするのも、鉱床のある場所の近くで物音を立てると、コボルトは鉱床を魔法で隠して逃げてしまうからだ。


 普段は好戦的なコボルトでさえも、宝の在りかは知られたく無いらしく、鉱床から離れてやり過ごすことを選ぶ。鉱床の場所さえ分かれば、逃げ出してしまっても良いのだが、逃がしてしまえば場所の特定が難しくなる。そして鉱床が見つかれば、勿論、奴らは襲ってくる。


――【スロウ】【ファスト】


 曲がり角から覗き見れば、鉱床があるだろう広い空間の前に、辺りを警戒しているコボルトが見えた。その瞬間、魔法発動させて槍を前へ出しながら突っ込み、コボルト身体ごと押し入る。


 突然、現れた俺に驚いたコボルトは手に持っていた鉱石を落としたり、ハイコボルトが鉱床を身体で隠そうと無駄な足掻きを見せたりと、その場にいた群れの混乱の様相が見て取れた。ちらりと見ただけでも、ハイコボルトが鉱床を掘り、コボルトが鉱石運びと周辺警戒をしていたようだった。


『間抜け面っ、晒してるっ、間にっ、全滅っ、……させてッ、やるッ!』


 魔槍を振り回し、遠心力を乗せた攻撃で、コボルトを片っ端から薙ぎ倒していく。戦国武将さながら、群れを真っ只中を割り、飛び掛かるハイコボルトを弾き飛ばし、時には足元を払い石突の一撃で怯ませて、連携を崩し、捌き、そして、


『……終わりッ』


 青い獣の群れが全て地に伏せた。十数体は居ただろうか、だとしても緩慢とした視界の中では、順々に打ち払うだけで、苦戦させられることも無い。緩やかなリズムゲームのようなものだった。


「……どう? 終わったー……見たいね。……ねぇ、エンってさ、“戦闘”を楽しんでるわよね?」


 通路の暗がりから顔を覗かせてカノンが言う。軽く手を上げて迎え入れ、魔槍に餌を与えつつ、首を傾げて見ると、カノンが頬を指さして何かを伝えようとしていた。


「多分、さっきの戦闘中ちょっと笑ってたよね? その癖、脈拍は落ち着いてるって言うか、一定のリズムだし、戦闘狂にしても“変”だよねー」

『楽しめる位、余裕があったって事だよ。……あぁ、なるほど、油断しないように気を付けるね』

「んー、達観というか、なんか違う。……んー、命知らず? いや、なんて言うかー……ね? まぁいいや。無茶しないようにしてよね」


 恐らく、カノンが言わんとしている事に心当たりはあったが、言っても仕方ないだろう。そう思った俺は、頷きを返してその場をやり過ごした。だがしかし、カノンが言わんとしていた事も尤もである。俺がモンスターとの戦闘をゲームに当て嵌めて考える節があるのは、俺の強みでもあり、悪い癖でもあるだろう、と胸に刻むことにした。


「あ“鉄鉱石”。……魔力量はそんなに含まれていないかもだけど、鉱床を見つけられたのは良かったね」

『焦げ茶に、黒っぽいのと、艶のあるのもそうなの? 素人目に見ただけじゃ全然分かんないや』

「そうねー。含まれる成分にもよるらしいけど、鉄鉱石で間違いないはずよ。じゃあ、集めるから“お世話”してあげて、……ほら、行くよっ、ぽーいっ」


 カノン足元に落ちている拳大の岩の塊を屈んで見比べて、鉄鉱石を選別して一つずつ投げて寄越す。足元に落ちた鉄鉱石を取ってみれば、ただの岩にして見れば確かにずっしりとした重みを感じる。


『……【ネクスト】』


 鉄鉱石を魔槍へと触れさせて、魔法を発動させると、掌の上にあった鉄鉱石は形を崩した。


 掌には魔槍が不必要だと判断したのか、吸収できなかったのか、しなかったのか、それは定かでは無いが、土や砂だけが残されていた。


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