第17話


 魔槍の切れ味を試すべく、身近に手頃な物が無いかを探して辺りを見回す。


 ゴブリン系の住処であるが、塀も囲いも、木造の建築物ですら無い為、試し切りに丁度良さそうな物は見当たらない。そうかと思えば、探すまでも無く周囲には試し切りを飽くまで出来るほどに、森の木が生えているという当たり前のことを思い出した。


『……木で試すぞ。……あー、だけどまずは鉄からッ、フンッ、シッ、ハッ……』


 鉄の槍の切れ味を生木で試して見れば、やはり鈍ら、と言うような結果だった。幹に浅い溝を引く程度の切れ味と穂先の半分以上も突き刺さらない程度の貫通力しかなかった。それでも母から貰ったダガーよりは殺傷能力は高いのだろうが、あまりいい物ではない、と改めて思い至る。


 そして、槍を半回転させて、魔槍側を気に向けて構える。応援したい気持ちは山々だが、忖度も出来ない。鉄製と同じく扱い、力加減も変えない。もし、これで鉄製の槍に劣るようであれば、まだ使い物にはならないという結論になる。


『……じゃあ次はお前の番だ。……行くぞ。……フンッ、……んんッ、マジ?』


 魔槍で突きを放つと、穂先が木の幹にめり込んでしまう程の威力だった。期待半分、疑いつつ、放った突きは期待以上の成果を残していた。木の幹を貫き、穿つほどの突飛な成果ではないが、それでも鉄の槍よりも攻撃力が多少、高いように思えた。


『……シッ、……ハァッ!』


 鉄よりも、と感じていても、高々一撃試しただけでは疑念は払いきれない。同じように左右に魔槍を振るって見れば、その疑いも晴れると試して見れば、魔槍はそこそこに木の幹を切り裂いた。その手応えは良く、途中で刃を取られることも無かった。鉄槍と比べて見ても、切れ味は申し分ないように思えた。


『おぉ、……いいじゃん。頑張ったなお前……ほれ、ご褒美。……魔石がご褒美になるか分からんけど、良かったら食ってくれ』


 魔槍の努力が実を成したことに、嬉しく思い、ポーチから一握りの魔石を取り出して与える。魔石を地面に置いて、覆いかぶせるように魔槍を置いて、いつものように【ネクスト】を掛ける。


『あれ? ……丸ごといったのか? お前、貪欲だな……んなら、全部やる』


 魔槍を見れば、魔石の魔力だけでなく、魔石全てを平らげてしまったようだった。何処に消えたか、どうやって食べたかは【ネクスト】の効果で分からないが、魔槍のその姿勢を、勝手だが好意的に解釈して嬉しく思ってしまった。それならば、俺も気持ちに応えたくなると、ポーチに貯めていた今日の稼ぎ分を全て与えることにした。


 結果的に装備品の更新となり、気分も上がる。これからもその必要はあるが、魔槍が成長すれば、その必要もないし、今、全て与えてしまっても問題ないだろう。稼ぎ分は別に稼ぐことにしようと短絡的に考えることにした。


『あー……両端にある必要は無いから、鉄部分は取り除くか』


 ひと段落してから、両端に槍の穂先が付いているのに違和感を覚えた。恐らく、そういった武器もあるのだろうし、使い様次第によっては効率的な攻撃も出来そうなものだが、このまま扱いたいとは思わなかった。槍を普通に扱うのでさえ、気を使う場面もあるし、両端に刃を残したままなら、猶更だ。気が付けば、腹から血が流れていても可笑しくない。


 そうして俺は、鉄の槍を柄から切り離すべく、ダガー片手に奮闘した。一刀両断出来れば良かったもののそう上手くは行かず、少しずつ筋を引き、削り、を分離するまで続けた。切り離した柄の部分のささくれを削り、整え、しばらくして魔槍が完成した。


 多少、短くなってしまったが、先ほどよりも扱いやすくなったようにも思える。穂先の重みがより伝わって振り回しやすかった。取り回しを確かめてから、今までの後れを取り戻す為に、この階層を後にする決意も整え、俺はゲートへと向かうことにした。


 それからは順調だった。次の階層も川を避け、森の中を進み、モンスターとの戦闘で魔槍の使い心地を試しながらも、歩みを止めることは無かった。立ち止まるのは、戦闘後の餌やりとアイテム回収とアイテム素材収集位なもので、止まったとしても長く留まる様な事は無かった。


 その次の階層からは、川の水位も深くなり、水生生物の多様性を目の当りにすることになったが、イシガメ程に苦戦することも無く、打ち払うことが出来ると確信を得られた。厄介なのは川から顔だけ出して、水鉄砲のように魔法を打ってくるサカナのモンスター位な物だった。それでも、イシガメを避け、出来るだけ森の中を進んで行った。


 14階層に到達してからは、スケイルと呼ばれる魚と人が合わさった様なモンスターが川の中へ引き摺り込もうと水の中で息を潜めて居たりして川への警戒心を強める原因が増えてしまった。今までの階層は川沿いに進めば良かったものの、14階層からは川を渡らねば通れぬ場所があったりもした。通り過ぎる時、なんと無しに見た滝つぼには、スケイルの巣があったようで、水中をうじゃうじゃと蠢いているのを見ているだけでも悍ましく思えた。


 そして15階層に辿り着いた。これまでの旅路を思えば、この渓流エリアは水辺を避けて通るのが正解だったのだと理解した。そう気づくまでは、川辺で水生生物に立ち向かう必要があるのかも知れないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。避けようと思えば避けられるし、自ら水中に入る必要も無かったからだ。


 それに、次のゲートのある方向は川から離れた位置、森の中を指し示していた。川が曲がりくねっている可能性はあったが、行けども行けども、そんな気配は無かった。渓流に苦戦する事は無かったが、しかし、ボスフロア手前の階層だけあって、出現するモンスターの危険度は上がっていた。


 木霊こだまする獣の鳴き声が聞こえて来れば、木が揺れ、木の葉が散る。それは奴らの狩りの合図だった。木の上から、木の陰から、大も小も、長いのも短いのも、一斉に現れる。


『またお前等かよッ、此処はサルの楽園だなッ!』


 この森は類人猿型モンスターが勢揃いする。尻尾の長いサル、毛の長いチンパンジー、葉っぱに覆われているヒヒ、大きな掌のゴリラ、そして木の枝を杖として持つショウジョウと区別すれば良いか、錚々そうそうたる面々が何処からともなく現れた。


 胸や地面を叩き、吠え、叫ぶ。それは威嚇行動か、連携の為のコミュニケーションか、分からぬにせよ騒々しいことたるや動物園さながらだ。だが、それも大きなショウジョウが一声鳴くだけで静まった。


 如何にもリーダーと言わんばかりのオオショウジョウは、知性が発達しているようで、自ら作り上げたのか、装飾品を首から、ぶら下げている。コイツが、この群れの長として類人猿系モンスターを率い、統括しているのだ。


『さぁ、……来い』


 俺は【スロウ】【ファスト】を掛けてオオショウジョウの出方を見つつ、構えて待つ。ヤツもまた落ち窪んだような黒い瞳を俺に向けている。


『おっとッ、……定石通りかッ、おっらぁッ!』


 遠距離からの魔法を避けている間にも、ゴリラが大きな掌で掴もうと迫り、その後ろからは、小型のサルやチンパンジーが木の上から奇襲を仕掛けて来た。ゴリラの脇を抜け、小物から仕留めていく。


『っぱッ、嫌なタイミングでッ……狙って来るよなァ!?』


 サルやチンパンジーが飛び掛かり、意識を上へと向けた瞬間を狙って、ヒヒの石投げ、ショウジョウ等の魔法攻撃が迫る。


 足元からはヘビがのたうつ見たく、植物の蔦が足を絡め取ろうとしていた。それを後ろへ飛んで避けるが、またしてもゴリラが両手を広げて掴みかからんとしていた。


『チッ、さっきの長より、……頭が良いな』


 横目で群れの長を見れば、冷静そのものだ。猿の群れとの戦闘はこれまでに2度程熟こなし、その手の内は読めてはいたが、これまでの群れよりも上手く、連携を取られている為に多少のやりにくさを覚える。


 先ほど戦った群れの長は部下に力を見せつけたかったのか、自ら一番に飛び込んで来て連携どころでは無かったというのに、コイツは細かい指示まで出しているように思える。


『またゴリラッ、背中に乗ってんのかよッ、……くっ、どけッ!』


 攻撃の順番、ルーティーン自体は同じものの、避けられる度に多少の変化を加えて来る。両手を広げたゴリラの背中にサルとチンパンジーが捕まり、避けた俺に掴みかからんとしていた。すれ違い様に薙ぎ払うが、槍の柄を掴もうと足掻き、死を理解した瞬間、体当たりに切り替えたりと群れの為に行動を取り始めた。


 ゴリラに掴まれればその部分を握りつぶされてお終い。だがしかし、無理に避けて体制を崩したところに奇襲部隊が降りかかり、そしてショウジョウ等の魔法攻撃で詰む。それの繰り返しと錯覚していれば、その隙に付け入られる。戦闘が長引けば長引くほど、群れ長の知性の高さを感じさせられる。


『……お返しだッ! もぉ一つッ!』


 ヒヒが当て損なった投擲物の石や太い木の枝を拾って投げ返し連携の隙を作る。怯んで崩れた連携の間を突くように槍を差し伸ばし、払い、群れの三分の一ほどの数を仕留めた時、連携の変化が見られた。投擲する事を止めたヒヒが近接戦闘に加わるようになり、木の上から見下ろしていた群れの長までもが、地面へと降り立った。


『それは……なんだ? 儀式か、魔法か……ッ!』


 杖を振りかざし、踊りのように舞い、歌の様なリズムが聞こえた時、俺へと向けて何かが放たれた。それは地面を伝うように、膨れ上がりながら、線を引いて向かって来ていた。それに気付いた瞬間、俺はその予感から大袈裟に呼び退いた。


『――ッ‼』


 その直後、地面が爆ぜた。鳴り響く轟音、巻き上げられた土や石が飛び散り、辺りに傷を残していく。まるで地雷でも仕込まれていたかと思うほどの威力、足元の地面が盛り上がってから避けていては間に合わなかっただろう。運よく直撃は免れたものの、無数の切り傷が俺の肌に赤い線を引いていた。


『……ぅへー、んなもんまで持ってんのかよッ』


 それは今まで戦った群れの長には無かった魔法だった。精々蔦を伸ばす魔法か、石礫の魔法を放ってくる程度の魔法しかないのだと勘違いしていた。個体の違いを考慮していなかったが故に傷を増やすことになってしまった。立ち上がり、体制を整えたところで、またゴリラが土煙を払い除けて迫って来ているのが見えた。


『またおまっ、……いい加減にッ、しろォッ!』


 ゴリラは咆哮を上げながら、掴むことは諦めたのか、今度は叩き潰そうと両手を振り上げて駆け寄って来ていた。遠間から隙だらけの腹部に槍を見舞い、勢いを止める為に牽制する。仕留めてしまいたい思いもあるが、一匹に時間を取られてしまえば、群れ長の思うつぼだ。


 一撃で沈められそうにない奴は、消耗させ続けることを意識して、動きが鈍くなってから討ち取っていく。小物は最早、木の上で手をこまねいている。飛び掛かれば飛び掛かった分、俺に数を減らされるだけと群れの長は理解したのだろう。ここぞという時が来るまで、戦力を控えているようだった。


 そうしてる間にも、群れの防衛力低下が見られた。群れの長は遠距離から攻撃を放つショジョウやヒヒが広がって展開させた。いや、そうせざるを得ないと考えたのだろうが、だがしかし、それは俺に取っては好都合だった。一方方向からの射線よりも、数を減らした今は、囲まれた方が肉薄しやすいからだ。


 俺の後を追うことも出来ない近距離部隊を置き去りに、突破を防ぐことが出来なくなった遠距離部隊を各個撃破していく。数を減らしていくうちに、思うように作戦が上手く回らず、痺れを切らした群れの長は、歌い始めた。


『ッ、またか……なら、勝負だ。……取って置きを見せてやる』


 歌と踊りを待つこともしない。群れの長の方向へ反転、向き直る。


 そして、俺は渾身の力を込めて、魔槍を投擲した――


『――ッらぁああアアッ!』


 身体を仰け反らせて溜め、腕を引き寄せ撓らせて、頭を深く沈みこむように放たれた槍は、螺旋を描き、群れの長オオショウジョウの土手っ腹に深々と突き刺さった。


 それでも一撃絶命とはならなかったようだ。オオショウジョウは地面に縫い付けられながら藻掻き苦しんでいる。戸惑う群れを余所に、俺は駆け寄りながら手を伸ばし、更に魔法を放つ――


『――【ネクスト】ッ!』


 その瞬間、悲鳴にも似た叫びが上がる。それは一瞬で枯木にでもなったかのように、オオショウジョウが変化したのを目の当たりにした猿達の声だった。


 そして唖然としていた猿達は恐れ戦いたのか、背を向けて逃げ始めた。


『いやいや、待て待て待てッ……チッ、お前は逃がさんぞッ!』


 逃げ出す猿を横目に、急いでオオショウジョウの亡骸から、槍を引き抜き、逃げ出す大きな背中へと目掛けて投げ放つ。


 当たった衝撃で足がもつれ、前のめりに転倒したようだが、まだ死んではいない。慈悲も無く、オオショウジョウと同じく、魔槍の餌となってもらう。


『【ネクスト】……あぁー、他は無理そうだな。……まぁ仕方ないか』


 再び、槍を手にしたころには他のモンスターの姿は見る影も無くなっていた。獲物が減った事による落胆を見せながら、回収を進めることにした。


 戦いの跡を一回りしながら、乾パンを齧り、水分を取って、傷、体力と魔力の確認をして、戦闘後のルーティーンを終える。


 そして再び歩き始めると、すぐに次のゲートが見えた。森から出て見れば、拓けた大地が広がっていた。


『……ここも、もう終わりか……』


 ゲートを眺めて少しの間、考えて見たが、苦戦から始まった渓流フロアを後にすることに決めた。課題はあるにしても、かなりの成長をすることが出来たと言えただろう。


 もう少し、狩りを続けてもいい気もするが、次を見せられれば、次へと進みたくなるのが俺の性分だった。


 その自信があるからこそ、先に進む、と平原の中に佇むストーンサークルを目指し、広い石畳に描かれた魔法陣に乗り、ボスの待つフロアへと向かった。

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