第16話
『……勝った』
魔力を持っていかれ過ぎたのか、腕の中の血液と水が入れ替わったかのような、そんな冷たい感覚が残ったままの拳を握りしめて勝利宣言を零す。
放り投げた槍を回収して、イシガメの通った道を行く。高々、一体のモンスターに掛ける労力ではないが、この勝利は意味のある物だと噛み締め、確かな疲労感を背負いながら歩く。程なくして、イシガメの変わり果てた姿を拝むことの出来る所まで来た。
『……真っ黒、まだ熱いかな……中身は、いいか』
槍の石突部分で押すようにして観察してみると、イシガメの甲羅、真ん丸い石の中から蒸気が上がっているのが分かった。魔剣の餌にするにしても、岩を切り開くことなんて出来そうにない。魔石に変わるまで放置することを選んだ俺は、その場に座り込んで少しばかりの休憩を取ることにした。
『はぁーっ、疲れた。……でも【ネクスト】の新しい使い方も分かったし、これでまた一つ強くなれた』
水晶石を取り出して喉を潤しながら、先ほどまでの戦闘を思い出す。結局、最後には一か八かの賭けになってしまったが、結果良ければ全て良し、と前向きに考えるようにして、検証結果を照らし合わせていた。
【ネクスト】は、対象の次の場面まで、過程を飛ばす。この事は理解していたつもりだったが、まさか攻撃手段足りえるとは考えても居なかった。覚えてからも、魔剣の種くらいにしか使って来なかったが、本来の使い方を知れた気がした。正直言って、今までは便利な補助魔法程度にしか思っていなかった。
だがしかし、捉え方を180度変えることによって、その真意を目の当りにした。時間の概念で言えば、一瞬の内に対象が変化するという風に見えていたが、それは違うようだ。【ネクスト】を掛けたとしても対象の時間は動いている。
それに気付けたのは魔剣の種のお陰だ。モンスターの死体に魔剣の種を置いて【ネクスト】を掛けると、魔剣の種の位置が変わっていた。つまりは、過程をそのものを消し去り、結果を残すのではなく、対象が結果を残すまで、それ以外の時間が止まっているという方が近い気がする。
それは、イシガメを見れば分かる事だが【ネクスト】を掛けた倒木が燃え尽きるまで、イシガメは空中で静止したまま、その炎で炙られ続けていたという結果が残っている。時間が止まっている状態のイシガメが、何故、炎の影響を受けたのか、という疑問に関しては謎を残すところではあるが、それが【ネクスト】の持つ効果と考えるしか答えは出なかった。
俺が【ネクスト】の事を考えている間に、イシガメは魔石を残して消えていた。その魔石から魔晶石で魔力を吸い出し、俺の魔力へと還元し、乾パンを齧り、唸りながら結論を出した頃には、幾分か疲労も癒えた。
『よいっしょっと、……今度からは、イシガメは出来るだけスルーしよう』
しばしの休憩を済ませた俺は重い腰を上げ、先を目指すことにした。現状では狩るにしても非効率過ぎると思い直したからだ。あの時ばかりは、立ち向かって強くなろうと意地になってしまったが、今思えば手持ちの武器では何ともし難い。
武器さえ整っていれば格下のモンスターであると言えるのだが、俺の持つ槍は、辛うじて鉄製、と言えるくらいの切れ味の悪い物だ。
街で売っている鍛造された武器は魔力を込めてあるらしいし、それがあれば多少力任せでも折れず、イシガメ位の装甲なら切れてしまえるはずなのだが、金の無い俺には手の届かない代物だ。それ故に、苦戦を強いられてしまう。
『……やっぱ、森側を行く方が楽かもしれないな』
砂利道の先を見て、岩陰に隠れた俺は森側を見て呟く。このまま行けばまたイシガメとエンカウントしてしまうからだ。
森側は森側で、厄介なモンスターが出ると聞いているのだが、イシガメと比べれば攻撃が通るだろう分、対処しようがあると思い、砂利道から逸れて森の中を進むことにした。
15階層までの森と比べれば、生息している植物の種類も違う見たいだが、沼地で無い分歩きやすく思えた。だけれども、沼地は足元にも気を配っていればいいが、この森は頭上の警戒が必要になって来る。警戒を怠れば、知らぬ間に取り囲まれていたり、罠に嵌められてしまうらしい。
『あ、キノ、……コって、今動いたよな』
歩いていると木の幹に群生する椎茸のような茶色い傘のキノコが目に入った。食材か、調合にでも使えそうだと思って近寄れば、一際大きな傘を持つキノコが動いたように見えた。
『あれが、ギノコか……なら、一気に……仕留めるッ』
遠間から槍を突き出し、擬態しているキノコ型モンスターの柄の中心部分を貫く。すると、隠していた手足をじたばたとさせて暴れ出し、胞子をまき散らし始めた。
『うぉッ、この胞子を吸ったらヤバいんだよな? ……暴れんなッ、じっとしてろッ!』
槍を持ち上げ、ギノコを宙吊りにしても大人しくする気配も無い。それどころか、余計に暴れ出したので、槍の刃を振るい茸を縦に裂いた。胞子を吸い込まぬように距離を取って真っ二つに割れたギノコを見ていれば、少ししてから手足の動きを止めて動かなくなった。
『……弱かったけど、コイツは採取の敵なんだよな』
槍で突っ突きながら死亡確認をする。擬態もするなら、死んだぶりもしそうだと思ったからだ。可愛らしい見た目に反して、ギノコは危険だ。暴れた時に散々まき散らしていた胞子には、麻痺と多幸感を齎す成分が含まれているようで、吸いこんで動けなくなった人間を菌床として繁殖し、生きたまま栄養を吸われ続ける、という恐ろしいモンスターだ。
『でも、コイツが居るとこには良い素材があるとも言うし、拾って帰ろうか……なッ!? あっぶねぇ!』
キノコが群生している地帯に屈みこんだ時、頭の上を何かが通り過ぎた。即座に【スロウ】【ファスト】を発動させて頭上を見上げると、猿のモンスターが攻撃を仕掛けて来ていたようだった。長い尻尾を枝に絡ませて、振り子のように勢いをつけ、両手の爪で獲物を狩るモンスターと言えば、ハングドモンキーだろう。
『……3、4体ッ、群れで来やがったのか』
木々を、枝の上を飛び交うモンキー等は、尻尾で得た遠心力を上手く使っていた。木の葉の中に身を隠し、潜んで不意を打つ以外にも、そのアクロバティックな動きで連携攻撃を仕掛けて来る。ただの振り子と違うのは、通り過ぎるだろう予想地点から、若干の軌道修正を可能とするところだろう。
俺が予測するのと同じ、奴らも槍の軌道を読んで、身体と尻尾をくねらせて回避しようと試みていた。だが、それは常人の眼であれば可能とするところだろうが【スロウ】発動中の俺の眼では意味を為さない。身体をくねらせた方向へ矛先を向けてやれば、後は勝手に突き刺さる。
『1体目ッ、次来いよッ……2体目ッ、ぅおっと、逃がさんッ』
次々に向かってくるモンキーに槍を突き付けていく。2体同時攻撃されたとしても、確実に1体を仕留め、攻撃を避け、離れていくもう1体の背後を追うように槍を薙いで払う。最後に木の上で攻撃のタイミングを計っていた1体目掛け、槍を投げつけて仕留める――
『――らぁッ! うっし、命中! これでお終いッ』
最後に仕留めたモンキーは、まるでブランコを見たく槍が突き刺さったまま一回転してから、ぼとりと音を立てて木の上から落ちた。擬態に奇襲、それに連続戦闘と森の中の厄介さが少し分かったような気がした。すぐさま槍を回収し、辺りの索敵を今度は怠らぬようにする。
耳を澄ませ、周囲へ向けて警戒をしていると、木の葉が揺れる音の中に、不自然な音が聞こえた。いや、それは振動だった。頭上からでは無く、茂みを掻き分け、枝を踏み、木が揺れる音が近づいて来る。
『……なんだ、何の……デッッッカァッ!?』
余りの大きさ、茂みの奥から現れたモンスターに驚きの声を上げてしまう。逞しいと言えばいいのか、ふくよかと言えばいいのか、その立派な身体を揺らして現れたのは、大きな大きなキノコのモンスターだった。それは先ほど相まみえたギノコと、特徴に差ほど違いは無いが、比べれば段違いのデカさだった。
そのモンスターが、手を付いた木が傾げる程、横幅だけでも木の幹5本分はありそうな程の大きさ。トロルと比べて見ても、その腹回りはいい勝負と言える。
『おいおい、バケノコって可愛らしい名前と違ってマジもんの化け物じゃねーか……』
大きな傘の下の見開かれた目が不気味で、俺を見下げるように見ていた。丸太の様な腕を振り回し、行く先の邪魔な茂みを払い除けて近づいて来る。
『お、恐ろしく……短足だな』
その体躯の全貌を、目の当たりにして感想が漏れる。のっしのっしと身体を揺らして歩いて来るが、途轍もなく遅い。見えてからこちらに来るまで、数十秒は掛かっていたんじゃなかろうか。化けキノコの様相に面食らっていたのも、何だか馬鹿らしく思えた。
『おせぇから、こっちから行ってやる【ファスト】……【スロウ】』
【スロウ】を掛ける必要があるか、と一瞬考えてしまったが、油断していれば痛い目を見る可能性だってあると思い直し、侮った考えを捨て、全力で立ち向かう心構えで臨む。
余りにも緩慢とした動きは、止まっているようにも見える。だからと言って、それすら油断を誘う為の罠かも知れない。捕えられぬほど素早い攻撃手段を持っているかもしれない。
『ガラ空きッ……ぐっ、キノコにしては堅めだな』
背後に回り込み、隙だらけの身体を槍で突くと、思っていたほど針の先が食い込まなかった。それに手応えも鈍く、ダメージが通っているかも怪しいとさえ思えた。血も流れず、多少、中の繊維が見える程度で、嫌がる素振りも見せない。そもそも痛覚が無いのかも知れないが、抉ってみても動じない。
『なるほど……多分、体力系のモンスターだな』
防御力はそれほど無いものの、生命維持に関しては中々タフだと感じた。斬撃は有効だろうが、突き、打撃はそれほど有効ではないような気がする。炎魔法なら燃えそうなものだが【ネクスト】を使う方法はこの森の中で使えば、俺事、丸焼けになるだろうから選択したくない。
『どっ、らぁあッー! もういっちょ!』
ギノコと同じく胞子を警戒しつつ、槍を担ぎ上げるようにして力任せに振り下ろすと、傘が割れ、身が裂ける。振り返ろうとする背後を取り続けて、怒涛の連撃を加えていると、バケノコは腕を振り回して抵抗し始めた。
『それはッ、無意味だッ』
まさにサンドバック状態であった。成す術もないまま打たれ続けたバケノコの背中には大きな亀裂が出来ている。
槍を差し込み、上下に揺さぶるようにして、亀裂を広げていく。解体でもしているような気にさえし始めた頃、差し込んだ槍の一押しでバケノコの大きな体が裂けて、真っ二つになった。
『……ふぃーっ、……やっと終わったか』
バケノコは地面へと倒れ込み、二つに分かれた大きな図体を波打たせたのを最後に動かなくなった。動き出すことが無いのを確認してから戦闘の構えを解き、一息ついて額の汗を拭う。
『餌をゆっくり与えてる暇も無かったな……』
少し離れた位置、モンキー等との戦闘跡を見れば、打ち捨てられていた死体は消えていた。水分補給、魔石回収を済ませ、魔剣にバケノコを与え、と忙しなく動いた。次に襲われるまでどれくらいの猶予があるか分からないからこそ、出来るだけ急ぐようにしていた。
警戒しつつ、森の中へと入り込み、ゲートコンパスの指し示す方向に沿うように動く。小川が曲がりくねって居なければ、ゲートの位置は小川の上流だと予測し、近づいてから行く方向を切り替えようと考えていたからだ。
森の中は想像以上にモンスターとの遭遇率が高く、キノコやモンキーはもちろん、オークにトロル、ホブとゴブリンの住処までも見つけてしまった。
今まで見て来たモンスターも、上階層だけあって、武器や防具も整っており、魔法や弓などの遠距離攻撃手段を得て、連携というより作戦の様な小賢しい企みも用いるようになっていた。
明らかにリーダー格だと見て分かる上位種も増えていたが、攻撃の通じないイシガメと比べれば容易く、溜まっていた鬱憤を晴らすにはいい機会となった。
それから、今日は思うように狩りが出来ていなかったから、馴染みのモンスターとの戦闘に興が乗ってしまい、遂に箍が外れてしまった。
住処、集落を見つけては、喧嘩を売る為に門を潜り、溢れ出るゴブリン系モンスターとの戦闘に明け暮れた。
もはや狩りというよりも、戦場の最中に身を投じているような気にさえなるほどに。
そして、3つ目の住処を落とした時、魔剣の種に大きな変化が見られた。リーダー格のモンスターを魔剣の種に餌として与えると、幾度目かの進化の兆しを見せ、赤黒い膜を張った。
進化を【ネクスト】で促進するまでは、いつもの通りであったが、剥がれ落ちた膜の中から出て来た魔剣の種は、真っ赤に染まっていたのだ。
『ぉ、ぉお……、魔剣らしくなってきたな……』
血を吸わせ過ぎたのが原因だろうか、血を固めて出来たような深紅の身体に生まれ変わった魔剣の種を見て、思わず愕きの声が漏れ出る。
それに貧弱だった魔剣が、此処までの成長を見せたことに、何とも言い表し難い気持ちにさせられた。今ではもう、針の姿からは想像だに出来ない程の成長、母から貰ったダガーと比べても同じくらいのサイズにまで成長していた。
『……スゴイ、カッケー。もう種じゃなくて、魔剣って呼んでもいい位に……ん? これは、どういうこと?』
魔剣の成長した姿を手に取り、あらゆる角度から、まじまじと眺めて見れば、おかしな部分を発見してしまった。
刀身部分は問題ないのだが、柄の部分が異質に思える。魔剣の柄は穴が空いていた。それも盾と言えばいいのか、柄の部分が空洞になっているようだった。
『……んーっ? もしかしてー……いや、何かしらの考えがあるのかも知れん』
語り掛けても無駄だと分かっていても、どういうことかと尋ねてしまう。それを見た時、正直に言えば、コイツやりやがった、と思った。
見栄を張って大きく見せたんじゃなかろうか、張りぼてでもソレらしく見せたかったのかも知れない、と疑ってしまった。だが、しかし端から疑ってかかるのも良くは無いと思い直す。
『意図が分からん。……ちょっと痛いかも知れんけど、調べるから我慢してね』
考えて見ても、魔剣がその形へと進化した意図が分からなかった。ならば調べるまでと、魔剣を指先で弾いて、どこまで空洞かを音を頼りに探ってみる。
『んーっ、良ーく響いてるねー……、ここら辺は? お、詰まってる?』
内部で反響する金属音は良い音色と思えた。風鈴とまでは言えないが、風情を感じようと思えば感じられそうな、楽器にでもなりそうな音がしていた。凡その調べだが、刀身の部分の中程まで空洞になっいるような気がする。
『あっ、そっか。枝でも入れりゃどこまで空洞かー……ッ、って、お前、まさかっ、そういう事かッ!? ……ならっ、ちょっと、待ってろ』
その思い付きが、別の考えを呼び寄せる。そうと分かれば行動は速かった。そうと思えば、そうとしか思えなかったからだ。
手に汗を滲ませながら、槍の木製の柄、その石突部分を魔剣で慎重に削る。俺の考えが正しければ、魔剣が選んだのは、槍として俺に扱われることだった。
『どうだっ、こんなもんか? ……ほら、これでいいか?』
削った石突を魔剣の柄の空洞部分へと差し込む。すると奥の方で歯を噛み合わせたような音が聞こえた。それは、まるで謎解きの答えが分かったような、歯車と歯車が頭の中でカッチリと噛み合ったかのような、そんな音だった。
『……ぐっ、おぉ? 抜けない。……抜けないってことは、これでいい。ってこと、……なんだよな?』
引っ張ってみても柄は抜けそうになかった。それが魔剣の答えと言うことだと解釈するしかなかった。
成長を経た魔剣の種は、剣とは言わずとも、やっとそれなりの形状へと進化することが出来たのにも関わらず、まるで執着することも無く、あっさりと、いとも簡単に手放した。
『……魔剣の種が、ダガーになったと思ったら、魔槍になった。……これも成長する為か?』
魔剣であることを諦めたのか、そう至る為の過程なのか、それはこれからの成長を待つ他ない。
魔剣の選択した驚くべき決断に、俺は疑問を抱かざるを得なかったが、その選択の尊さを無駄にすまいと受け入れることにした。
『……分かった。好きにすればいい。とりあえずは魔槍と呼ぶけど……その前に、試させてもらうぞ』
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