第12話

 俺は思い付いた方法を試すべく、次の獲物を探していた。


 それは魔剣の種からして見れば、最悪の方法かも知れない。もし魔剣の種保護団体があるとすれば、俺は縛り首されてしまうだろう。


 だがしかし、その方法は俺が考えた上での最高効率を誇る方法だ。それを乗り越えられるのであれば、成長もしやすいだろう。言わば、試練でもある。


『おーしっ、ゴブリン見つけた! 準備は良いか?【スロウ】【ファスト】よし、いけぇえええええッ!』


 横を過ぎるゴブリンと出会い頭、そのゴブリンの体内に魔剣の種を勢いそのままにブチ込む。突き刺した上で、もう一度、奥へと押し込むように、肩と胸の辺りに叩き込んだ。


 ダメージなんて高々知れているだろうが、それはそれで良い。手応えを感じた俺は、ゴブリンの足を掬って転倒させてから離れる。


『成功! 後は頑張れよー』


 もちろん後頭部を打って藻掻くゴブリンに声を掛けた訳では無い。体内で吸収しているだろう魔剣の種へと向けた声援だ。こうすることで、血液を直に吸収できるはずだ。余すことなく堪能するが良い。


 ゴブリンは地面をのたうっていればいいものの、立ち上がると恨めしそうな表情を見せて立ち向かって来た。手に持つ棍棒を恨みを晴らさんとばかりに振り回している。だがしかし、アビリティを発動させたままの俺にその攻撃が掠ることも無い。しかしながら、その攻撃を避け続けるだけなのも鬱陶しく思い、再び、ゴブリンの足を払って転倒させた。


『そこでっ、寝てろッ、……よしよし、それでいい、……あ、おい、……待てっ逃げんな!』


 悶えて転げ回っていたゴブリンは、起き上がると後頭部を抑えたままじっと動かずにいた。そのままそうしていれば良かったのだが、ゴブリンは立ち上がると同時、背を向けて逃げ出した。このまま魔剣の種を持ち逃げされでもしたら本末転倒になってしまうと思った俺はゴブリンを討ち取ることにした。


『んー……課題だな。……それよりも早く出してやるか、確かここら辺……』


 うつ伏せで果てたゴブリンの身体を反転させて、魔剣の種を打ち込んだ箇所を探る。肌の色味が少しだけ変色した箇所にダガーを入れ、指でほじくり出す。


『あった! え、錆まみれ!? いや、なんだこれ、瘡蓋かさぶた見たい』


 魔剣の種を取り出して見ると天麩羅みたく衣の様な物が纏わりついていた。駄目になってしまったのかと思い、ズボンで血を拭き取って見ると、その赤黒い衣がボロボロと剥げていき、魔剣の種の銀色が見えた。不安を拭いされたことに一安心しつつ、よくよく見て見れば、ほんの一回り魔剣の種が大きくなっているように思えた。


『……脱皮? ……お前、進化、いや、成長したのか?』


 全ての衣が剥げ落ちるのを待って、先ほどまでの姿を思い返して比べて見ても、裁縫用の手縫い針から、薄い革であれば細工出来そうな程の太さと長さへと成長していた。


『――ぅぉお!? よしよし! 偉いぞ! このままガンガン行こう!』


 望外の喜びに声を上げる。それと同時、押し寄せる期待感から魔剣の種を撫でる親指も早くなっていた。成長の兆しを見せたことで、更にやる気に満ち溢れた俺は、ゴブリン愛護団体があるとすれば、縛り首にされてしまわれ兼ねない方法を行使すること決めた。


 ゴブリンが落とした魔石を魔剣の種に与えてすぐ、目についた適当な木によじ登り、丈夫そうな蔓を切り落として回収する。それを何度か同じようにして繰り返し、蔓を肩に巻き付け、レスキュー隊のロープみたく持ち運ぶ。


 準備が整えば、次に見つけるのはゴブリンだ。この方法が上手くいけば、効率はさらに上がる。駆け回っている内に、目標を捉えた。見つけるや否や、俺はゴブリンを先ほど回収した蔓で雁字搦めに縛り上げて捕えた。そうすれば後は、魔剣の種を育ててもらうだけだ。


 こうしてゴブリンを肩に下げて持ち運べば、魔剣の種育成とアイテムドロップ狙いの狩りを両立させることが出来る。これが俺の思い付いた合理的な方法である。前世ならば非人道的だと非難される行為かも知れないが、この世界の住人ならばそうも思わないだろう。


 一見、人の道を外れてしまっているかのような行為でさえも、ゴブリン相手では石を投げられることは無いだろう。もし見られたとしても、石を投げられるのはゴブリンの方だ。それ程ゴブリンは人類から忌み嫌われ、疎まれている。なんせ俺なんかよりも、ゴブリンに捕らえられた方が、語るにも悍ましい程、よっぽど酷い行為を平然として行われるからだ。


 とは言え、結局のところ、ダンジョン内では強さが全てで、取るか取られるかの違いだ。弱肉強食という言葉もあるが、それも自然界を外側から見た理由付けの一つでしかない。命の取り合いの場であれば、弄ばれようとも文句を言っても仕方ないし、暇潰しや面白半分で暴力を振るうのも必然、理由なくとも殺される。なんだって起こり得るし、なんだって有り得るのだ。まさに、この世には、強さに勝る道理は無いのだ。


 試合と死合の違いを、はき違えれば死ぬのは自分自身だ。正々堂々は試合でのみ通じるものだと思っている。死合では通じない。卑々堂々である方が自然の摂理に従っているように思うし、卑怯でも生きるが勝ちだとも思う。武士道や騎士道を俺は良く知らないからこそ、そう考えるかも知れないが、その心を持っていたとしても、対峙した相手が理解してくれるとは思えない。もちろん立派な考えであるのは理解出来るが、だからと言って、何が正しいと思うかは、人それぞれだと言うことだ。


 ゴブリンは俺よりも弱かった。ただそれだけのことである。


『……いや、俺、何考えてんだろう。ゲームだったら考えた事もしなかったな』


 モンスターからすれば只の蹂躙であり、虐殺とも言える阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出したからだろうか、自己肯定とも取れる正当性の主張を心の中で唱えていたように思う。出会うモンスターを片っ端から捻じ伏せた。死体が消えて居なければ、通った道は死屍累々の跡を残していることだろう。ダンジョンの土から生まれ、土に帰るモンスターに対して、多少、何処かで胸を痛めてしまっていたのかも知れない。


『……ッ、……あ、新しい魔法だ。……俺も成長できたってことか』


 頭の中に閃いた新たな魔法はまたしても再生機器のマークだった。【▶▶|】三角と棒線が組み合わさったマークが意味するところと言えば、次へ、もしくは頭出し、だろうか。それだけ理解していたとしても使って見ないと、どんな能力かは分からない。


『まずは【ネクスト】……おっ、ヒット。……ん? でも、魔力を使った気配はあったけど何も起こっていない』


 今までの経験から、次へ飛ぶ、というイメージの元、魔法を発動させて見たが、俺の肉体にも感覚にも変化は無いように思えた。


 てっきり高速ダッシュの様な瞬間移動系の魔法だと思っていたのだが、当てが外れたようだ。今までは自身を強化するバフと呼ばれる種類の魔法だったが、もしかすると今回覚えた魔法は対象を指定して発動させる魔法かも知れない。


『悪いが試させてもらう。【ネクスト】……魔力がさっきよりも減った。……でも、駄目だな。……まるで変化が無い』


 思い立ってすぐ、戦闘の傍ら、放置したままだったゴブリンの元へと近づき、雁字搦めのままぐったりとしているゴブリンへと手を添えて魔法を発動させてみる。だがしかし、何の変化も無い。


『……ん、……なんだ? ……あぁ、遂に』


 変化が無い物かと思えば、ゴブリンは目を見開き、身体を震わせ、最後に果ててしまった。俺を見つめていたはずの瞳は光を失い、どこか遠くを見ているように思えた。その瞳の奥の暗闇を、ただ茫然と眺めていても仕方がないのは分かっているが、俺は何故か目を離せずにいた。


『……この方法は止めよう。やっぱ違う気がする』


 良心の呵責だろうか。それが何かは分からないけれど、強くなるための方法として、この方法は間違っちゃいないのだろうが、だけどそれ以外の何かを間違えている気がしたから止めることにした。俺の考え、その本質を変えるつもりはないにしても、すべきでは無いのかも知れないと思えたからだ。


『切り替えよう。……はぁーっ、……すぅーっ、……はぁぁぁっ、……すぅーっ、……終わりっ』


 もやもやとした感情を胸の内から吐き出し、新鮮な空気と入れ替える。思えば思うほど、悩めば悩むほどに、泥沼へと落ちていきそうだった俺は、これも一つの成長だと思う事にして割り切る。それは考えないようにすると言うよりは、区切りを付けたと言うべき思考の切り替えだった。


『……さて、お、……また進化か?』


 ゴブリンが絡まっていた蔓の中から、魔剣の種と魔石を掻き分けて探していると、見つけた魔剣の種は、再び赤錆の衣に包まれた姿で見つかった。今度は指でなぞるようにして見ても、その衣が剥がれ落ちる事は無かった。


『……もしかして、【ネクスト】……やっぱりそうか、……そういう事か』


 余りにも早すぎる成長に違和感を覚えた俺は、間近にあった蔓へと向けて【ネクスト】を使用してみた。すると、深緑色をしていた蔓が、一瞬にして朽葉色へと変化した。


 これを見て、俺は【ネクスト】の魔法を理解出来たように思えた。


『【ネクスト】……どうだ、おい、マジかッ』


 今度は魔剣の種に魔法を使用してみると、衣は崩れ落ちるように剥がれ落ち、中からほんの少し逞しくなった魔剣の種の姿が現れた。


 針を叩いて伸ばしたように、刀身は平たくなり、持ち手部分と分かれていた。更に鈍い色だったはずが、研いだような多少の艶めきを放っている。その姿はまるで、小さな小さなペーパーナイフのようだった。


『おいおいおいっ、スゲーじゃねーか! もう剣じゃん!』


 突くことしか出来なかった魔剣の種は、切ることが出来るように進化していた。振り回したり、突き刺したり、乱暴に扱うことはできないまでも、形はそれなりだ。流石に武器としてはまだまだ未熟であるが、この調子ならばダガーの代わりになるのも、早そうに思えた。


『これは……いや、まだ断定できないけど、これがあれば……』


 そして憶測を実際の物とすべく、俺はモンスターを狩ってから、モンスターの身体の上に魔剣の種を乗せた状態で【ネクスト】の魔法を使って見た。


 すると、一瞬にして魔剣の種を乗せていた部分に穴が空き、血液を抜き取られたであろう箇所が干からびていた。


『やっぱり、過程をすっ飛ばしてくれるのか』


 色々と試す内に、恐らくであるが【ネクスト】の魔法は、対象の時間短縮に作用する事が判明した。


 次の状態へと変化するまでの時間や過程を飛ばす、という魔法だ。ただ何でもかんでも短縮できる訳では無いようで、条件が揃っていれば、という前提条件があるみたいだ。


 氷が溶ける気温ならば、氷は瞬時に水となる。だが、気温が氷点下であれば何も起こらない。それに変化する条件が揃っていても、その変化に掛かる時間が長過ぎる場合は飛ばせないようだった。多少の扱いにくさはあるが、かなり便利な魔法だと思えた。


 魔法の検証を繰り返している内に、魔剣の種はまたも進化した。進化を重ねるたびに少しずつ、伸び、広がり、厚みが増していく。今ではもう、人差し指ほどのサイズにまで達していた。


『良さそうな武器ドロップが無い以外は、かなり順調だ。やっぱ初心者階層だとドロップ率が悪いんだな』


 このまま続けてドロップを狙うかを天秤にかけて考える。しばらく休憩がてら、乾パンを齧りつつ考えた結果、上層階で狩りを続けることに変更した。


 これまではモンスターの数を狩れるにしても、ドロップ率が悪く、落としたとしても粗削りの棍棒位なもんだ。手に持って現れるはいいが、手入れをしていないだろう錆や欠けのある鉄製の武器ですらドロップしなかった。それにモンスター自体の手応えも薄く、経験になっているかどうかも疑問に思えて来たところだった。


 それならば手応えの無い階層よりも、15階層辺りで狩りをした方が良いように思えた。15階層であれば、トロルと遭遇してしまうものの、此処よりもましな鉄製の武器を持っているオークがいる。


もしかするとドロップ率も上がっている可能性だって考えられた。【ネクスト】を覚えたお陰で試してみたいことも増えたし、ならば、一先ずは15階層を目指すことにしよう。


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