第11話

『……んっ、んん、朝か、って……母さん、何で俺のベットで寝てるの?』

「あ、オーちゃんおはよーっ、もう起きるのぉ?」

『一緒には寝ないって言ったじゃん! なんで潜り込むの!?』

「やだやだやだー! だって寂しいもんっ、オーちゃんがどこかに行っちゃうみたいなんだもん!」


 朝目覚めると横に、いつの間にか潜り込んだ母の姿が在った。この症状は昨日の夜からだが、赤ちゃん返りしたような子供みたくなる甘えん坊モードが、まさか続いているとは思ってもみなかった。呆れた顔を見せると嘘泣きまでし始める辺り、結構重症の様だ。


『もぉー、どっかに行ったりしないよ』

「ウソっ! 知らないうちにおっきくなって、知らないとこに行っちゃって、ママが知らないオーちゃんになっちゃうんだ! えーんえーんっ」

『いや、……どうしたらいいの』

「えーんえーん、……えーん?」

『はい、有罪』


 あざとくも母は上目遣いで、慰めて欲しいと訴えかけてくるが、それを無視する。頭の一つでも撫でて欲しいのか、時折、俺の様子を伺って来るところを、嘘泣きの証拠として取り押さえるが、悪びれる様子も無いみたいだ。


 母が言わんとしている事は理解出来るが、こういられては、どうにも扱いに困ってしまう。母は母であり、恋人では無いのだ。例え、血は繋がって居なくとも、そうも成り得ない。12歳の子供であれ、俺は男であるし、いつまでも母とべたついていられない。だが、そう思っていることもまた母に寂しい思いをさせているのだろう。まさに親離れを憂う子離れの出来ぬ母と言ったところだろう。


『んんんー……はぁ、分かったから、ほら起きてっ。……ねぇ母さん、成長しても俺は俺だし、いつまで経っても、俺は母さんの息子だから安心してよ』


 俺がそう言うと、母は何だか物足りなさそうな顔を見せてはいたが、一応の納得はしてくれたようだった。


 それから朝仕度を済ませて二人で家を出た。ログの酒場まで行く道中、駄々を捏ねる母にまたも困らせられ、納得させるのにも骨が折れた。これから毎日これが続くと考えるだけで頭痛がして来そうだった。


 それは母が冗談で言っている風を装って、本気でダンジョンに着いて来ようと、考えて居そうな素振りを見せたのが事の発端だ。魔法適正も、戦闘系アビリティも、一切持ち合わせていない母は、正真正銘の無能力者だ。


 そんな母がダンジョンに通えるわけも無い。必死で説き伏せ、それだけは止めてくれと頼みこみ、結局最後には禁じ手として縛っていたはずの頭ナデナデを引き換えに、何とかダンジョンには入らないと言う約束を取り付ける事に成功した。


 だが、満足そうにする母を見れば、何だか初めからそれを狙っていたような、罠にハメられたような、そんな気がしないでもない。そんな消化不良の様な違和感を腹に残したまま、浮かれて撥ねる母をログの酒場まで送った。


 母と別れてから少し、俺は探検者向けの用品店へと向けて足を運んでいた。昨日、稼いだ分の俺の全財産をログさんに支払ったつもりだったのだが、帰り際に金貨1枚を返された。何でも探検者連中が、少しずつ奢ってくれようだ。道具を揃えるのは、また後日だと考えていたが、余ったのなら更なる稼ぎの助けとしよう。


 そう考え、用品店で安物のベルトポーチを買うことにした。探検者であれば皆腰や肩に巻いている必需品、そう言っても過言では無い代物だ。金貨一枚で買えるか不安だったが、下取りに出された修繕品を譲ってもらえた。ちょっとした物を入れるのに便利で、戦闘中にも取り出しやすい構造になっており、少し草臥くたびれれてはいるが、革の色味が深い飴色で、年季を感じさせるその雰囲気が気に入り、購入した。


 もうこれでアイテムや魔石と乾パンをポケットで一緒にすることも無い。意気揚々と腰に巻いたポーチに、家から持ち出したアイテム回収用の袋と乾パン、水晶石、魔剣の種をしまい、ダンジョンへと向かった。



『おっし、到着! 思ったよりも早かったな』


 ダンジョンに入るとすぐ、俺は森エリアである10階層を目指した。そうしたのも目的の為だが、極力戦闘を控えた事もあり、思いの外目的の10階層まで早く、到着することが出来た。


『んじゃ、早速……調べてみようか』


 到着早々、景色を眺めることもせず、俺はポーチから魔剣の種を取り出す。昨日、話を聞いてからと言うものの俺の興味はこのちっぽけな剣に注がれていた。指先で摘める程度のこの剣がどう成長するか、楽しみでならない。


 とは言え、時間、労力、金銭面で苦労する上に、使い物にならない可能性だってあるのは理解している。一種の趣味というか、俺の興味が続くまで育てて見る、といったお試し感覚である。


 本来の目標は、一先ず脱初心者に向けて新たな階層へと辿り着く事に変わりないが、そうするにも回り道をする必要が出て来たから、それの次いでにといったところだ。


 今日の目標を定めるとすれば、攻撃力不足を補う事だ。昨日の戦闘、特にトロルと戦っている時に思い知ったのだが、俺の持つダガーでは決定力に欠ける、という点が、15階層より上を目指すにあたっての不安要素になっていたからだ。


 だからこそ、狩りやすく、またゴブリン系統のモンスターから、武器のドロップも狙えるこの階層にやって来た。思惑では、金属製の武器を入手するか、金策をして武器を買うか、俺の基礎能力を上げるか、はたまた、有り得ないだろうが、もしかしたら魔剣が使えるようになるか、の何れかを期待している、と言ったところだ。


『まずは、血からだな。……良し行くぞ、1、2、3……痛っ』


 手の甲の親指の付け根辺りを魔剣の種で突いた。痛くなさそうで、支障の出ない箇所を選んだつもりだが、神経を集中させて突いたからか、痛みの声が自然と出てしまった。痛みも、傷自体も、全然と言っていいほどに大した事は無い。魔剣の種の見た目通り、針で突いた位の痛みだ。


 結果が分かっていても、自分でするとなると何故かビビってしまうのは何故だろう。と、そんなことを薄っすら頭に浮かべている間にも、手の甲には小さな血液の玉が出来上がっていた。


『吸ってるか? ……どうだ? ……おっ、吸ってる! 吸ってる!』


 魔剣の種を血液に浸して見れば、少しずつ吸収しているように思えた。傷口から血液が湧き出て来るから、分かりにくかったものの血液を塗り広げるように伸ばして確かめて見れば、確かに魔剣の種は俺の血を吸っていた。


『なるほどなー……お前の好物は血かぁー? なら、沢山飲ませてやるから大きくなれよー』


 魔剣の種を摘まみ上げ、語り掛けるように言う。そんなことをしても、通じているとは思わないが、既に愛着が沸いてしまっているのだから仕方ない。


 植物も語り掛ける事で良い花を咲かせるようになると言うし、試すのに損は無いだろう。そう考えれば、次は撫でてやるのも悪くは無いと思い始め、気が付けば指の腹で優しく撫でていた。当たり前だが、そうしても魔剣の種からは何の反応も無い。


『おし、待ってろよー、すぐに獲物を見つけてやるからなー』


 そうして俺は雛に与える為の餌を探す親鳥のように、意気込みつつ、左手に魔剣、右手にダガーを握り、モンスターの探索に移ることにした。


 森の中を進んで行くとすぐに、下劣な笑みを浮かべるモンスターのゴブリンが見つかった。


『【スロウ】【ファスト】……はい、終わりっ』


 ゴブリンが舌なめずりを見せている内に戦闘を終えた。【スロウ】と【ファスト】を使うのは、些いささか過剰であったかも知れないと思いもしたが、不意を突かれて怪我を負うよりもましだろう。


『ほれ、ご飯だよー、どうだー? 美味いかー?』


 見上げる為の頭部を失い、寝そべったままのゴブリンに近寄り、その体から溢れ出ている血液に魔剣を浸す。何ともグロテスクな光景ではあるが、その傍らで魔剣の種が食事しているのを眺めていた。


『ん? ……あれ? ……飲んでる?』


 しばらく様子を見ていると、血液の流れが魔剣の種に集まっていない事に気付いた。魔剣の種が血液を吸収して減っているかに思っていたが、血液は地面へと滲しみ込んで減っていただけのようだった。その現象に気付いた俺は、血液を指先に取り、魔剣の種へと与えて見るが、一向に吸収する気配も見せなかった。


『なんで? さっきは吸ったじゃん……あー、なるほどな? 好き嫌いしてるのか。そんなことしてると大きくも、強くもなれませんねー? 小っちゃいままでもいいのかなー?』


 すっかり親モードになっていた俺は、途轍もなく偏った自己解釈に納得していた。極自然と言うように、子供を諭すみたく、語り掛けていた。すると、


『……あ、え、嘘ッ!?』


 驚くことに魔剣の種が指先の血液を吸収し始めた。俺の言葉に、魔剣の種は、まるで意志があるかのように反応を見せた。腹の底では半ば冗談半分の、悪乗りにも似た試みではあったのだが、まさか本当に意味があるとは思っても見なかった。そうなれば、やるべきことは決まっている。


『……えらっーッ! 食べれるんじゃん! 凄い凄い! 頑張ったねー!? おっきく強くなったら、もっと美味いもん食べさせてあげるからっ、ほらっこれも頑張って!』


 褒めるに限る。指先の血液が無くなると次は、目の前の血溜まりに魔剣の種を誘う。応援しつつ、様子を見て居れば、今度はスポイトで吸い取っているかのように血液を吸収し始めた。


『やるじゃん! 凄いよ! 何でも食べられるようになったら、スゲー魔剣に成れるかもしれないぞっ! あ、魔石はどうだ? 食べられるか?』


 頑張る背中を摩りながら応援していると、見る見るうちに目の前の血溜まりが消え失せた。その頃にはゴブリンの体も魔石を残して消えていた。拾い上げた魔石を魔剣の種へと近づけると、魔力だけを吸ったのか、魔石は鈍い色へと変化した。


『おぉぉー偉いっ! 辛く無いか? 嫌なら止めてもいいよ? でも、もし俺と同じで強くなりたいと思うのなら、一杯食べて成長してくれ! どうだ? このまま俺と成長していってくれるか?』


 多少、無理矢理やっておいてから聞くには遅いかも知れないが、話しかける内に、もし魔剣の種も子供と同じような物だったら、と考え始めた俺は、それだったらスパルタ教育過ぎやしないか、と心配になってしまった。嫌がる素振りを見せた魔剣の種を、無理矢理に付き合わせるのも酷だと思い直して、聞いて見た。


『あ、そうだ、これで答えてくれ。嫌だったら吸わなくていい、良いなら吸ってくれ。それと先に言っておくが俺は厳しいからな』


 喋れもせず、本当に意思があるかも分からない魔剣の種に手の甲を差し出して言う。再び、突いて血の玉を作り出してから、改めて魔剣の種を導く。するとどうだろう。魔剣の種は俺の血を吸って答えてくれた。


『ぉおおッ! んじゃ、ヨロシクな。……記念に名前でも付けてやるか? あ、いや、それをお前の目標にするんだ。俺とお前が強くなったら、きっと誰かが名を付けてくれるはずだ。誰かに囁かれるような、そんな立派な剣になれ』


 この答えを得た俺は、これからは敢えて子供では無く、俺の剣として考えることにした。相棒になるか、語り掛けるだけの友となるか、は魔剣の種次第だ。そうと決まれば、憂いは晴れた。


『よっし、ならビシバシいくぞー! これから、お前の特性を活かすには打って付けの方法を試すことにする!』


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