第10話


『――魔剣の種!? なにそれ!?』


 その響きから、背筋が伸び上がり、目を見開いて大きな声を上げてしまう。


「あぁ、これは生きた剣であり、成長、進化する剣だとも呼ばれてるもんだな」

『生きて、成長、進化する剣ッ!? それって――』

「――なぁんだ、……これがそうかぁー」

『……え? 凄いんじゃないの?』


 興奮する俺を差し置いて、興醒めしたような反応を髭三人組が見せた。魔剣、成長、進化する剣と聞けば、何だか凄そうな物だと思っていたが、そうでもないようだった。


「まぁ使えるまで成長させりゃあ、スゲーらしいけどよっ」

「それまでに大量の餌がいるらしいぜー?」

「ちゃんとした剣として持ってんのは、貴族か王家くらいなもんじゃねーか?」

『じゃあ……、使えないアイテムって、こと?』


 そう言いながらログさんを見ると、俺の残念な気持ちが伝わったのか、何とも言いにくいような渋い顔をさせながら、このアイテムが何なのかを詳しく説明してくれた。


「いいか? こらぁよぉ……」


 武器の種と呼ばれたそのアイテムは、魔力、魔石、血液、鉱石、同種の武器などを餌をとして与える事で成長するアイテムだそうだ。その餌となる物、何を好むかは、その武器の種によるらしい。


 それだけ聞けば良さそうだと思うが、金と時間が掛かり過ぎるのが難点で、剣として使えるまで成長させたとしても、その頃にはもっと良い武器を入手しているから、好んで使う者は殆どいないと言う。


 餌となるアイテムを食わせるよりか、餌を売るか他に使うかして得た金で、他の武器を買う方がよっぽど良い物が手に入ると言うことだ。


 一般的には、子供の成長祈願だとか御守りの代わりだとかで持たせる親がいる位で、また出産祝いの品として送る位の物という認識のようだ。


 例外として、王家や貴族であれば親子代々受け継いで成長させ、飾ったりして家の歴史を誇る為に保管されてたりするみたいだ。


 一般家庭だとあまり成長させて使わないが、成長させたとしても王族や貴族のようにはいかず、どこかの世代で金に困って売るか、ダンジョンに持ち込んで失ってしまう為、武器として使っている姿を見かけるのは稀だと説明してくれた。


 気が付けば、剣の種を見つめ、掌の上で転がしていた。このちっぽけな剣は、俺が初めてのダンジョンで、初めて討伐したボスが、初めてドロップしたアイテムだ。


 そう考えれば愛着も沸いてくる。手放してしまう事も考えたが、何だか寂しい気持ちがするし、説明を聞いてる内に段々と育てて見たいと思えた。


「……と、まぁ、そんなとこだ。飛び切り良いもんでも無いが、悪いもんじゃねーさ」


 俯いて落ち込んでいるように見えたのか、ログさんが励ましの声を掛けてくれる。


『うんっ、ありがとう。初めて拾ったアイテムだし、大事にするよ』

「おう、これからはダンジョンに通えるんだ。あまり気を落とすなよ」


 そう気遣ってくれるログさんに顔を上げて笑って見せると今度は頭を優しく撫でられた。先ほどまでうるさかった髭面三人組も、今は俺を見て頷いたり、肩を叩いたり、拳を作って見せたりしていた。


「んで、これはゲートコンパス、名の通りゲートの方向を教えてくれる。これは言わば水晶石すいしょうせきだぁな。水に漬けて水吸わせりゃ結構な量を持ち運べる便利もんだ」

『へぇ! 凄いじゃん! やったーっ当たりだっ!』


 どうやって使うかを身振り手振り説明をしてから、俺の手にアイテムを乗せていくログさんに大袈裟なほどに喜んで見せる。


 実際、嬉しいには嬉しいが、飛んで撥ねるほどではなかった。でも、たまには子供らしさを見せないと、母ほどでは無いにしろ、大人たちを必要以上に心配させてしまうから、安心させる為にもログさんの優しい気遣いに、俺の打算的な気遣いを重ねることにした。


「良かったなっ、俺でよけりゃいつでも見てやるぞ。まぁ俺の【目利き】は深く見れねぇがな」

『うんっ、分かった! ありがとう! また持ってくるねっ』


 そうする事でログさんも憂いが晴れたような顔を見せた。騙しているようで悪い気もするが、素直な少年の心を時折思い出し、童心に帰らねば大人を安心させられないというジレンマがある。致し方の無い事と割り切れれば良いのだが、どうしても罪悪感と嫌悪感を拭い去れないのは異世界転生の性だろう。なんせ皆、優しい人ばかりなのだ。


「オーちゃんお待たせーっ! おじちゃん達と遊んでもらってたの?」


 そんな事をいつまでも気にしていても仕方ない、と気持ちの整理をしている内に、帰り支度を済ませた母が戻って来た。


 母は自然と俺の腕を抱き、顔を覗き込むようにして、何をしていたのかを問うてきた。その笑顔と梳かした髪が流れていく様を見ていると何だか難しく考えていたのが、馬鹿馬鹿しく思えた。純真無垢では無いにせよ、何はどうあれ、きっと母はいつまでも俺の事を子ども扱いしてくれるのだろう。


『えっとねー、遊んであげてたんだよ』

「そっかー、おじちゃん達と遊べて良かったねーっ」

「ガハハハッ、おい言われてんぞ飲んだくれ共っ! 遊んでもらえて良かったな!」


 いつも揶揄われるお返しに、子供らしからぬ言動で母の問いに答えると、ログさんが仰け反るように笑ってから、髭面三人組を煽るように囃し立てた。


「おいー! おめぇそらぁねーだろ!」

「でもまぁ強ち間違っちゃいねーか……」

「ほんとおめぇは可愛くねーガキだな! ったくよー」

「あーっ! そんなことないですー、オーちゃんは可愛いですー! ベーっだ!」


 文句を言う髭面三人組も母に突っかかられて、たじたじになってしまう。馴染みの客は皆、母には弱い。それも母を可愛がるログさんの一声で、サービスの質、酒の値段が変わってしまうから、あまり強くは言い返せないのだ。


「降参降参っ! オーエン坊ちゃんは俺達の弟見てぇなもんで、そらぁ可愛いさ!」

「そうそうっ! 可愛くねーとこが可愛いつーか、可愛さの余り憎たらしいっつーか!」

「おまっ、違う違う、憎たらしいこたぁねーよ! 可愛い過ぎるってこった!」


 ほくそ笑む俺へ向かって、母に見られるように睨みつける髭面三人組も、何だかんだこのやり取りを楽しんでいる。恒例といえば恒例の、酒の席の余興みたいなもんだった。客の少ない店の賑やかで、騒がしい夜の前の光景だ。


 いつもなら母を迎えに来て、程ほどのところでお開きになるのだけど、今日はそうならない。


『あ、ログさん! ……ちょっといい? ……これで二人分の料理、母さんの好物と、何杯かお酒を飲ませてあげられる?』


 母から見えぬように、ログさんの節くれだった手に今日稼いだ分のお金2万3千ウィルの全てを押しつけるようにして渡した。


「んぉ、今日これだけ稼いだのか? おめーってやつは……任しときなっ! ログ自慢の飯と酒をたらふく用意してやらぁ!」

「えっ、なになにっ? もしかして、オーちゃんが御馳走してくれるの?」

『うんっ、たまには、パーッとやろうよ! ね?』


 ログさんは掌の上の硬貨を数えると、目を見開いて俺の肩を叩き、威勢よく答えてくれた。そして、すぐさま厨房へと向かい、あれやこれや、と従業員に指示を出していた。


 今日の稼ぎ位じゃそれ程の贅沢は、させてあげられないけど、ずっと我慢していた母に取っては、十分な量にはなるだろう。母は俺を育てる為に、色々と我慢し続けていたから、ダンジョンに昇れる程に育ててくれた今、お返しに何かしてあげたかった。


 昔、ログさんの好意で食事を振舞ってくれる機会があって、母はその時、初めて酒を口にした。余りにも美味そうに酒を飲むその姿を、俺がじっと眺めていると母は、これが大人の味、と淑やかに呟いていた。そして俺が見ている事に気付くと、大きくなってからね、と言い、そして大人になったら一緒に飲みましょう、とも言っていた。


 だけど母はそれ以来、酒を口にしていない。生活が裕福で無い事も理由としてあるだろうが、あんなに美味そうに飲んでいたのに、客からの驕りであっても一切酒を飲もうとはせず、全て断っていたようだ。


 俺に遠慮していたのか、俺と約束したつもりなのか、我慢ばかりする母を少しでも楽にさせて上げたかった。だからこそ酒を御馳走することにした。まだ俺は一緒に飲める歳にはなっていないけれど、少し大人に近づいた記念として受け取ってもらおう。


『母さん、育ててくれてありがとう』


 唐突ではあったが、俺がその言葉を贈ると、母は泣き崩れてしまった。


 感情表現の豊かな母だが、この時ばかりはいつにも増して、箍タガの外れた水桶のように、溜まった感情を解き放っているようにも見えた。


 甘えられず、弱さを見せられずにいた母の積もり積もった物が、少しでも解けてくれればと願いながら、ただ何も言わず、大人にしては小さな背を、テーブルに酒や料理が並ぶまで、摩っていたように思う。


 それから、ログの酒場は大宴会場と化した。ログさんも、常連も、見知らぬ客も、果ては従業員までもが皆、杯を片手に飲めや歌えやの騒がしい時間が続いた。


 何度、頭を撫でられ、肩を叩かれ、胴上げされたか、覚えていない。そこいら中で杯を重ね合わせる音が響き、肩を組んで歌い出し、それに手拍子を合わせる者が加わり、テーブルの上で踊り出す者までいた。


 それはそれは、楽しいひと時だった。


 そんな楽しい時間が、これからも続きますようにと願い、その為にもっと強くなりたいと決意し、明日への希望を胸に抱きながら、荒い肌触りの布団に包まれて、俺の記念すべき一日はそうして終わりを迎えたのだった。


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