第13話


『……15階層っと、これで思う存分、狩りが出来る』


 15階層を目指した俺は、ゴブリンやオークなど人型系のモンスター以外、戦闘を無視して突っ切ってこの階層までやって来た。


 腹時計が言うには、昼の12時を時計の針が優に回ってしまっている頃だろう。これまでの成果と言えば、ボス討伐報酬と多少の魔石程度の物だ。成長関連は順調なものの、金も武器も満足に収穫できていなかった。


 一先ず、魔石である一定の稼ぎを得たい。あわよくば武器やアイテム類の入手、並行して成長する為の経験値稼ぎをする。といった効率厨と呼ばれてしまいそうな貪欲な思考の元、今できる限りの効率を目指す。


 群れを形成しているモンスターも多い15階層ではそれが出来ると踏んだのだ。4,5体と出くわすことも多く、戦闘が長引けば、追加の戦闘も余儀なくされる。


 油断していれば囲まれていることも往々にして有り得るのだが、今の俺であれば、囲まれようが、連戦であっても、遅れを取ることは最早ない。そう言えるまでに成長出来ている実感があった。


 そうなれば、戦闘にも高揚感が伴う。一回の魔法使用で、どれほど多くのモンスターを倒せるか、どれだけ早く倒せるか、といった具合に自分自身に挑戦したくなるものだった。戦闘を終えても尚、手早く処理を済ませ、いち早く次を見つける為に動き回っていた。


 昨日は苦戦を強いられていたトロルでさえも、今日は見つければ自然と笑みを浮かべていた。それだけの成果を得られると思えたからだ。むしろ昨日までとは違って個体数が少ない事に文句が出てきてしまいそうになる程だった。気が付けばトロルを探し、そのついでにオークやホブゴブリンを狩り回り、落ちる魔石を誰か拾ってついて来てくれないか、と思うまでに戦闘に興じてしまっていた。


 もちろん、魔剣の種に餌を与え、魔石を拾うというルーティンは、欠かさなかったが、モンスターが土に帰るのを待っている間の止まっている時間が勿体なく思え、煮え立った気持ちが焦げ付いてしまいそうだった。


 息が荒くなり、額や首筋から汗が伝い、足の裏が熱くなり、喉の渇きさえもが心地よく思え始めた頃、俺を冷静にさせてくれる物が目の前に現れた。いや、消えなかったのだ。


『オークの槍……残ってるぞ』


 オークウォーリアーが先ほどまで手に持っていた短槍が目の前に残されていた。恐る恐る、近づいて手に取って見ても、その槍は消えはしなかった。


『おぉ……デカい』


 オークウォーリアーが持てば短槍だが、俺が持てばそれは槍だった。俺の身長と比べて見れば、頭よりも穂先は高く、150cm位はありそうだった。刃は鉄製で突くことのみを考えられたような形で、柄は自ら削り出したのか荒い木製の作りだった。


『……槍、槍、……槍、かぁ、……考えてなかったなぁ、……いや、まぁ、でも……』


 槍を回したり、突いたり、振ったり、と取り回し安さ、使い心地を確かめつつ、考える。正直な所、剣や斧を狙っていた。今までダガーで戦っていたのもあって、剣や斧なら、と思う場面が多かったからだ。


『まぁ、火力は上がるには上がる。……それに、あぁー、んんー……ンー、ちょっと、使って見るか……』


 ダガーよりも体重を乗せやすい点で攻撃力が上がるのはもちろん、槍であれば身長の不利を補ってもくれる。そう考えれば、悪い物ではないと思えて来た。人それぞれの好みがあり、憧れで武器を選ぶ人もいる。その点で俺は槍を武器とすることを考えていなかったのだ。


『突く、突く、払う、こんな感じか? ……あぁ、いいとこにホブリンいるじゃん』


 以前の記憶を頼りに、見よう見まねで槍を扱って確かめていると、少し前方をホブゴブリンが歩いているのを見つけた。群れの斥候的な役割を担っているのだろうか、一体だけしか姿は見えなかった。槍を試すにも、戦闘で試してみるのが一番だと思い、ホブゴブリンの方へと寄る。


『……あ、そうだ。【スロウ】【ファスト】』


 扱い方を頭の中で復習している内に、思い出したことがあった。それは槍を扱い始めてすぐの初心者が試すべきことではないかも知れないが、俺に取ってはとても相性の良い攻撃方法だった。すぐさま俺は、槍を持つ右手に力を貯め、助走を付けて、


『ぅぅッ……らぁああッ!!』


 ブン投げた。ホブゴブリンへと目掛け、槍を投擲したのだ。スロウの効果でゆっくりと飛ぶから、思っていた理想とは少し違うが、他人目線から見れば、その槍は勢い良く飛んで見えるのだろうか。ホブゴブリンが気付いた時には、腹に槍が突き刺さっていた。そのまま身体が、くの字に曲がって飛ばされ、倒れて起き上がらなかった。


『おほぉーっ! 中々、使えるじゃん!』


 アニメやゲームの影響を受け過ぎているのかも知れないが、その技を真似た一撃が決まった事に興奮してしまう。それだけで槍自体を使えるか、使えないかを決めるには時期尚早だと思うが、気に入ってしまったのだから仕方ない。槍は投げるものとして扱われていたし、強ちこの使い方も間違いでも無さそうだ。


『あれ? 投げてこれ。……なら、突進だと、どうなるんだ? これはまさか、始まったんじゃないか!?』


 想像するだけでも凄まじい。走る速度に加え、槍を突き出す速度、それの更に、二倍の速度だ。威力に変わりが無いにしても、そのスピードはかなりのものだ。


 今はまだ、その片鱗を垣間見ただけではあるが、それでも尚、大いなる可能性を感じる。全体重を乗せて至近距離で放てば、必殺の一撃に成り得る。そして動き出してからでも多少、軌道修正が出来る俺が使えば、必中の一撃にだって成り得る。


『槍、始めました。そうと決まれば……特訓開始ッ!』


 俺のテンションは、上がりきってしまった。頭の中で、一番槍行きます、と言ったようなセリフめいた言葉を呟きながら、疲れを吹き飛ばし、意気揚々と再び15階層を駆け回った。


 自己流なりに槍の扱いを、ああでもない、こうでもないと確かめ、記憶の中の朧げな技や、思い付きの技を試し、身体の周りで回転させてたり、決めポーズを取って見たり、と玩具を与えられた子供のように燥いでいた。


 扱えば、扱うほどに楽しくなり、そうしている内にも更に楽しさを追い求めていた。槍の扱いも、練習自体も合っているかすら怪しいが、触っている内、手に馴染むような気さえし始める。


 下手だったからこそ、少しずつ上達しているのが良く分かった。それに拍車を掛けるように、難しい技術へと挑戦を続けた。熟練者が見れば、鼻で笑われる程度の拙い技術であっても成功すれば嬉しく思えた。


 槍という武器の印象は、当初あまりよく思っていなかったが、触ってみれば面白かった。自分でも段々と好きになっていくのが分かる。近接戦における遠距離武器で、近距離は苦手と勝手に思ってもいたが、そうでもない。


 俺の偏見は簡単に覆されてしまい、その考えを改めることにした。そう思い至れば、過去の記憶が呼び起こされ、現在と過去が引っ張り合わさるように結び付き、とある考えが頭の中で符合した。


 いつからか剣にしようと、そう考えていたのは憧れからだった。そして、剣で無ければならない、と思い込んでしまっていた。それに、特別な剣を持っているのが当たり前だとも思っていた。だから、魔剣の種に惹かれたのだ。


 何れは勇者さながら、剣を腰に携えてダンジョンへ挑むのだ、と夢を抱いていたのが、固執した考えを、生んでしまったのかも知れない。少年時代は良くその光景を夢に見ていた覚えがある。だが、今考えれば、扱う武器は何だっていいはずなんだ。武器に憧れたのでは無かったのだから。


 豪傑、英雄、勇者、何れも、その背に憧れ、夢見る少年の心を焦がしたのだ。いつか俺も、その背を追いかけるだけでなく、肩を並べることを夢見ていたはずだった。そうなりたいと願っていたことを思い出した。


『……ほんの少しでも、近づけたかな』


 幾度も進化を経て、様変わりした魔剣の種の刃に、指を添わせながら呟く。もし魔剣が求めていた姿へと進化しなかったらどうしようと要らぬ心配をしていた。願望と希望をごちゃ混ぜにしていた俺は拘っていたのだろう。


『……お前も、成りたいように成ればいいからな。……俺も成長したお前に相応しくなれるように頑張るから』


 囁き掛けるように、魔剣の種へと俺の意志を伝えてから、ベルトの隙間に差し入れてしまい込んだ。


 それからは能動的に狩りをし続けた反動か、のんびりする時間も悪くないと思い、疲れを感じた俺はゲートの結界内で仰向けになって、昔の記憶に思いを重ねていた。


 槍を拾ってから数時間、駆けまわっただろうか。俺は街へと戻るにしても、休憩しなければならないほどに、疲れてしまっていた。流石に戻れぬほどには消耗しきってはいないが、根を詰め過ぎたのは認めざるを得ない。


 その証拠に、隙間だらけだったベルトポーチも魔石で膨らんで、腰が浮き上がってしまっているほどだ。普段なら仰向けに寝るにも居心地が悪いと感じていたのだろうけど、今なら前傾姿勢で凝った腰や背中の筋が伸びて丁度良く思えた。


 かれこれ、数十分はこうしているだろうか。街では見られない風景、空に漂う雲をただ眺めているだけでも癒される。ただのんびり眺めていると、同じダンジョン内なのにも関わらず、街にはこの風景が無いのだろう、というような考えてもどうしようもない疑問が浮かんでくる。陰鬱とまでは言わないが、岩ばかりの風景に最初は戸惑ったものだ。


『……ぅぉ、危ない危ない。……よいっ、しょっ……気合入れて帰るか』


 うつらうつら、とし始めた俺は勢い良く起き上がり、忍び寄る眠気を払い除けるように目を覚ました。いくらゲートの結界内が安全だからといっても、寝入ってしまえば母を心配させてしまうし、そうなった時の方が恐ろしく思えた。


 俺は投げ出したままの袋を手繰り寄せ、その場に置き去りにしていない物が無いかを確認してから、ゲートの魔法陣へと乗って帰路へ着いたのだった。


 ダンジョンを出てから、もうひと踏ん張り、ギルドで羞恥と退屈に耐えながらも換金を済ませた。換金額は昨日よりも増え、3万6千ウィルとかなりの稼ぎとなった。


 それは良かったのだが、避けるように並んだはずが、何故か昨日と同じ受付嬢にあたってしまった。ギルドではそれだけが唯一の誤算だった。


 不覚にも恥を晒したからか、顔と名前を覚えられており、何ともやりにくさを覚えた。それに揶揄からかいたいのか、面白がってるのかは分からないけれど、その受付嬢に遊ばれているような気がする。今日はちゃんと登録証を手渡したのに、態々握手を求めてくる辺り、何ともやりにくかった。


 それに流石と言えばいいのか、この受付嬢が話し上手でやり手なのか、いち早くこの場を去ろうと考えていた俺に敢えて興味を擽るような話題を振って来る。聞かれるがまま、あれやこれやと質問に答えている内に、意地悪だけど親切なのか、初心者階層を抜けたらギルドへの報告義務がある、と俺の知らない事でさえ、聞かずとも教えてくれた。


 それは有難かったのだが、その時は私のところへ来るように、と約束させられたのは、俺に取っての不覚であり、反省すべき点だと思う。早く解放して欲しいと思うばかりの俺は、その約束にも、念押しにも首を縦に振ってしまった。


 それで受付嬢も納得したのか、やっと羞恥の連鎖から解放してくれた。そうして俺は、礼もそこそこに、そそくさと逃げるようにしてギルドを飛び出した。慌てる余り、出口の手前で多少躓いてしまったことに、気付かれていなければいいのだが、それだけが気掛かりだ。


 なんにせよ、初心者階層を抜ければ、こんな思いをすることも無くなるし、それまでの辛抱だ。強くなることをより一層願う切っ掛けにはなったと前向きに考えるようにして、俺は母の待つ、ログの酒場へと向かった。


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