第7話


『うし、11階層到着』


 辿り着いた景色は薄暗い森へと変化していた。10階層までの森と違う点と言えば、薄暗く地面がぬかるんでいるという点だろう。11階層からは森と沼のエリアと呼ばれている。先ほど戦ったオーク系のモンスターに加え、昆虫系、爬虫類系、両生類系、ゴブリン系の上位職、それにオークよりも大きな体を持つトロルが出現する階層だ。


 モンスターがドロップするアイテムに加え、各種薬草、花、根、茸など錬金術師に重宝される植物資源が豊富だと聞いた。それら植物資源だけでも鞄一杯にして持ち帰れるのであれば、一週間程度なら一般家庭の最低水準くらいの生活が出来るだけの金銭を得られるはずだ。


『早くモンスターと戦いたいけど……先に黄色い花を探すか』


 湧き上がる戦闘意欲を抑えつつ、木の根元や岩の陰、陽の光が差し込みそうもない場所を探して回る。俺が探しているのは、シビレナと言う花だ。水分を多く蓄えた根を持つその花の根は、麻痺に良く効くらしい。


『お、あった……この花の根っこの部分……これか』


 しばらく探していると黄色い花が群生している地帯があった。一つシビレナの花の根を掘り返して見ると、根とは別に実の様な、球根の様な小さな玉が付いているのを見つけた。これが麻痺に効くと言われている部分だ。その実を得る為に掘り起こしてはもぎ取って、ある程度の個数を集めてポケットにしまう。


『うし、おっけー……これで万が一の時も大丈夫だ』


 手に着いた湿った土を払い、ダガーを取り出してモンスターの索敵を始める。この階層の昆虫系、爬虫類、両生類系のモンスターは麻痺毒を持っているらしく、痺れて動けなくしてから獲物を喰らう習性を持つモンスターばかりだそうだ。


 錬金術師が作る薬程の即効性や耐性付与効果はないらしいが、持参出来ぬ者は薬の元となるシビレナの花の実で代用するのが良いと聞いた。麻痺毒も遅効性のもので、攻撃を貰ってからすぐにシビレナの実を噛み砕けば動けぬまでにはならないらしい。


『おぁー……あからさまに毒持ちみっけ……』


 黄色い斑模様のカエルが跳ぶのが見えた。観察していると、喉袋を膨らませ、ぎょろりとした目を動かして、獲物でも探しているのだろうか、両手で抱えるのもやっとな位の大きさのカエルはじっとしたままだった。


『どこ見てんだ……奇襲してみるか【スロウ】【ファスト】』


 魔法を同時発動させてから、足元にあった石を拾い上げ、呑気なカエルへと目掛け投擲する。【スロウ】を発動させていても、かなりの速度で飛んでいくのが分かる。あの速度ならば、きっと反応しきれないだろう。


『おしっ、ヒット! ……あれ? あんま効いてなさそうだ』


 当たれば当たった先が吹き飛んでしまいそうな程の速度だと思っていたが、カエルの頭に多少の血を滴らせる程度の威力しか与えられていなかった。奇襲された事に驚き戸惑っていたカエルも俺の姿を見つけるや否や、喉袋を膨らませて怒りを露わにしているようだった。


『毒ッ! 吐きやがった……でも、余裕で避けられる』


 口を開け、舌を伸ばして来るかと思えば、そのまま毒液らしき色の粘液が飛んで来た。飛沫さえも掛からぬように余裕を持って避けながら、ダガーの間合いへと入り込む。


『流石カエルッ、でも無駄だッ!』


 蠅を取るが如く、素早く射出された舌を回り込むことで避ける。真正面から対峙すれば、被弾すること請け合いであるが、照準を合わせる為の方向転換の隙に入り込むことに成功した。そのまま逆手に持ったダガーを脳天目掛けて振り下ろすと、数度の痙攣の後にカエルは息絶えた。


『お終いっ、……なるほどな、なんか分かった気がする』


 戦闘が終わったことを確認してから、あの時に浮かび上がった疑問を考え直していた。恐らくこうだろうという推論の域を出ないものではあるが、検証に検証を重ねて答えを導き出したい意欲に駆られる。


『モンスターを狩ってりゃ、ある程度分かるだろうけど……これは改めてチェックすべきだな』


 それから【スロウ】と【ファスト】を重ね掛けしつつ、思いついた事を試して、確認してを繰り返し、ボスフロアでは出来なかった戦闘時における実験も含め、改めて検証し直したところ、【ファスト】の魔法を深く理解出来た気がする。


 つまり、再検証の結果、【ファスト】は素早くなるだけの魔法だと分かった。


 通常、物体の速度が上がれば衝突時の威力は増すのだが、俺がどれだけ早くなろうとも、実際の威力は変わらない。ダガーを素早く振り抜いたとしても、速度を利用して走りながら突き刺したとしても【ファスト】を使っていない時と同じ威力だ。


 そして俺以外にも効果が反映される。【ファスト】発動中なら俺が投擲した物体も速度アップの効果を受ける。だが、それも物体も速度が上がるだけで、飛距離が伸びることなどない。それと重力の影響も同じだった。発動中は俺、含めて物体も落下速度が早まって見える。


 ここまで理解した時、俺の持つユニークアビリティ【遊戯者プレイヤー再生機能プレイヤー】は時間という概念に関する能力なのでは無いか、という結論に至った。


 そう考えれば、危惧すべき点が一つあった。【ファスト】は、俺自身の時間を早める魔法、つまり寿命が縮む可能性が考えられるということだった。


 もしこう思わずに居て、知らぬまま使い続けていれば、なんて事を考えると、要らぬ妄想がイメージとして浮かび上がり、恐怖心を掻き立てられてしまう。そのイメージとは、ふと気が付いた頃には死神が背後まで迫って来ている、といったような物だった。


 さりとて、そうと決まった訳でも無い。憶測に恐怖していても仕方のない事であり、何に怯えているのかと笑ってしまう。悪い予感がして、躊躇いはしたものの、結局使わずにはいられないだろう。戦闘中の短い時間程度縮まったところで、戦闘中の命のやり取りに比べれば大した事も無いと思える。


 それでも、可能性を考慮して俺の成長速度、髪の伸びる速さなんかを計って置く事にしよう。そうすればどちらかの答えが出る。それから考えればいいだろう。そう気楽に考えるようにして、狩りを続けていた。


 ぬかるんだ森を進み、沼地の泥まみれになりながらも、気の赴くままに歩みを進めて行くうちに、モンスターからのドロップ品もあってポケットに入れることも難しくなっていた。


 捨てるにも勿体ないし、どうしたもんかと悩みもしたが、着ている自分のシャツが破れているのに気付き、どうせ泥で汚れて重くなって動き辛いなら、と潔く脱いで裾の部分からダガーで裂いて一枚の布へと変えることにした。


 布を広げ、嵩張る植物類や細々としたドロップ品を纏めて一つの袋のように持ち、肩から下げる。上半身裸になってしまったが、気温も低くなく肌寒い思いをすることも無い。ダンジョンに入った頃から薄い布地の服一枚だったのだから、さして変わりもしない。雑草や木の枝で肌を傷つけるリスクはあるが、それも多少の差だった。


 動きやすくなったことで戦闘も捗った。荷物は邪魔にならぬところへと放って置けば良かったし、戦闘する度、火照る身体に風が触れて心地良いとさえ思えた。


 強敵トロルを打ち倒した時には、噴き出た血で全身濡れて気持ち悪かったが、途中見つけた湖で頭から水浴びをして身体に着いた血を洗い流した。


 ズボンも洗濯したかったけれど、動きが重たくなることを恐れて、濡れるより多少血で汚れている事を選んだ。


 そんなこんなあって、あれやこれやしている内に、俺はまた、自然と光り輝く魔法陣の上に立っていた。

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