第5話


 ゲートに辿り着いた俺は、長い我慢の間に集めた情報を思い浮かべながら、次へと歩を進めた。


『……次へ、……おぉッ、……神、殿? みたいな造り、……だな』


 転送された俺の目に映ったのは、白を基調とした神殿の様な作りの風景だった。白い石の柱が立ち並び、奥に見える大きな門へと俺を誘うように続いている。


『流石、ダンジョンって感じだな』


 階層によって、地形や特性が大きく変貌するのがダンジョンだ。分かっていても、その特有の形態を目の当たりにして見れば、感動を覚え、しみじみとしてしまうのも仕方ないだろう。


『スゲェーなー……あ、そうだ。……って、俺以外、誰も居ないな……』


 ここは言うなれば、ボス前の安全地帯だ。安全と分かっているからこそ、野営する人達や、討伐準備をする人達の姿があっても可笑しくは無いが、人の姿や気配すらも感じられない。


『まぁ、5階層抜けただけだし、誰も居なくて当たり前か』


 上層へ行けば、準備含め作戦を立てたり、怪我や疲労を癒したり、協力を持ちかけられたり、とあらゆる理由で滞在する人達もいるのだろうけど、5階層抜けた程度では、ここをすぐに通り抜けてしまう人の方が多いのだろう。


『……ほえー、近くで見るとデッケーな』


 歩き出してすぐに門の前まで辿り着いた。門には草花を模したようなレリーフが刻まれている。繊細に刻まれた溝を伝うように見ると、上の方まで見上げる頃には仰け反らねばならぬほどに門は大きかった。横幅もそれなりにあり、小隊程度であれば隊列を組んでボスに挑むことも出来そうな程だった。


『んじゃ、行くか』


 俺には大きすぎる程の門に両手を触れてから力を込めると、ゆっくりだが少しずつ開いていく。見た目ほどに重くも無く、思いの外、軽いというか、意志さえあれば、力を掛けずとも開くようだった。観音扉のように開くのかと思っていたが、自動ドアのように両側の壁へと扉が収まっていく。


『おー……準備万端って感じだな』


 少しずつ開く扉の隙間から部屋の中央で俺を待ち構えているホブゴブリンの姿が見えた。奴は剣と盾を打ち鳴らし、気合の表れか、威嚇のつもりか、何やら叫び声を上げていた。俺の姿は見えているようだが、飛び掛かってくる気配は無い。


 俺の身体が扉を通り抜けられる程まで開いても、ホブゴブリンは動き出そうともしなかった。目に見えぬ魔法の防御壁でも張られているのか、俺が部屋に入るまで待っているようだった。


『――レッツ、プレイだ』


 言葉と共に、俺はダガーを握りしめ、今か今かと待ち侘びているホブゴブリンの元へと駆け出す。扉を潜り抜けるとすぐ、ホブゴブリンもまた咆哮を上げながら俺を迎撃せんと立ち向かってくる。途端、距離が縮まった。


『――【スロウ】』


 大振りの一撃が来ると予想するには容易いまでに、ホブゴブリンが大きく振り被った瞬間、魔法を唱える。すると、奴の振り上げた腕の筋が次第に強張っていくのが分かるまでに、動きが緩慢となった。ゆるり、ゆるりと、進んでいく中で、隙間を縫うように大振りの一撃を避けつつ、急所を晒したままの首筋へと横薙ぎの一撃を振るう。


 じわり、じわりとホブゴブリの体液が溢れ出ているのにも関わらず、振るった剣の勢いを殺す事すらもしていない。振り終わってから攻撃を貰った事に気付いたホブゴブリンは驚きの表情を見せた後、次第に、ゆっくりと、苦痛に満ちた表情へと顔を歪ませていく。


 その間にも、悠々と時間は進む。


 結果を待つこともせず、まだ【スロウ】の解除もしない。ホブゴブリンの出方を見ながらも、目についた急所へと次々にダガーを振り抜き、突き立てていく。そのどれもが最短距離、最高効率によるものだ。


『……ッふー、……おしまいっ』


 雑音が耳に届いた頃には、決着がついた、と判断し【スロウ】を解除する。それを最後に、ホブゴブリンは鈍い音と金属音を鳴らしながら、崩れ落ちるように地に伏せて動かなくなった。


 数秒、ダガーを構えたまま、待っているとホブゴブリンは小指の先ほどの魔石を残して露に消えた。


『これで、ボスクリアーだな』


 拾い上げた魔石をしまい、奥の扉へと進むべく振り返って見ると、大層な装飾が施された宝箱が出現していた。金や銀に加え、宝石があしらわれた宝箱を見て自然に喉が鳴った。


『……ボスドロップだ、……なんか、凄そうだけどっ、何が出るんだっ!?』


 期待に膨らむ胸の衝動のまま近づき、恐る恐る宝箱の留め金を外し、一間置いてから宝箱を開いた。すると、


『……ン、……んー? 何も入ってない? いや、あるわ……って、なんだこれ』


 宝箱には何も入っていないと目を疑ったが、よくよく見ると絨毯にでもすれば気持ちよさそうな宝箱の内張に、小さな棒状の物が埋もれていた。


『……なんだコレ、針か? あっ、ちょっ……宝箱が消えた。……ってことは、コレが、中身で、あってるのか……』


 物を拾って見つめていると煌びやかな宝箱は跡形もなく消えてしまった。手に残された針の様な物と比べれば宝箱の方が価値があるとさえ思えて、消えた事にがっかりとしてしまう。


『……ハズレ。……いや、そうと決まった訳じゃないし、持って帰って誰かに見てもらうしかないか。……まぁ難易度の低いボスを倒して得られるものなんて、それなりのものなんだろうな……ンンー次だっ次っ!』


 気を取り直して次へと向かいがてら、宝箱から出た針をしまう為にポケットに入れようとしたが、無くしてしまいそうな気がしたので、乾パンに突き刺してからポケットにしまった。


 その流れで、腰にぶら下げていた水筒から水を飲んで喉の渇きを潤しながら奥の扉が開くのを待って、次の階層へと向かった。 


『6階層からは、森だな』


 ボス部屋から飛んだ転送された先は、鬱蒼としている訳でも無く、薄暗くも無く、切り取ってしまえばのどかさすら感じる自然の風景へと移り変わった。


『こっから10階層までは森が続いて、それまではゴブリンと動物系が主体だっけか』


 聞きかじった知識を思い返しながら、森の中を進んで行く。階層が上がるにつれて、ゴブリンも武装している確率が上がり、進んで行けばホブゴブリンも出現するようになると言う。


 それに動物系のモンスターの危険度が増すらしく、苔むした岩の様な熊グリンズリーや、モンスタ-を呼ぶ鹿ホーンディア、草むらに擬態している狼リーフル、鋭い角で突き刺して来る猪スタボア、蔦を器用に扱うツリーモンキーなどの危険なモンスターが現れ始める。


 とは言え、その他の小動物、植物資源が豊富で、この異世界の食糧調達地として活用されており、探検者で無い物も足を運ぶ階層である。危なくなったとしても、走り回るように逃げさえ出来れば、助けを期待できる程度には人間と顔を合わすはずだ。今も、どこぞで魔法でも使ったような音が聞こえたり、獲物を追い込む声が聞こえたりしている。


『とりあえずー……戦えるか試してみて、……あわよくば次のボス目指すか』


 今日の目標を一先ず立てて、森の中を散策する。改めて目標を立て直したのも、既に目標は狂っていたからだ。ダンジョンに入るまでは5階層を抜けてボスを倒せればいいと思っていたが、案外すんなりと登頂出来ているからこその悩みどころでもあった。


 余り高く昇り過ぎても、帰ってくる為の時間が掛かる。夜には母との約束もあるし、遅くなり過ぎても無用の心配をさせてしまう事になるし、調子に乗って昇り過ぎてもいけない。死んでしまえば元も子もないのだから。


 そうは思えど、まだ時間はあるはず。だが、俺は時計を持っていないから程よく戻らねばならない。この世界にも便利な道具はあって、時間を計る為の物もあるにはあるが、高価すぎて買えやしない。つまるところ腹時計に頼るしかないのだ。


 朝に腹一杯食べさせてくれたからまだ腹が鳴ることも無いが、それが原因で遅刻してしまうのも母に悪い。遅くなれば、探検者でも無い母がダンジョンへと乗り込んでくる可能性もあって、そうなれば余計に恐ろしい。そうならぬように夕方頃には帰ろう。そして母が安心できるように実力を得て実績を重ねて証明するのが一番だろう。


 ともあれ、まだ時間を気にする必要は無いはずだ。そう、結論に至ってからは、しばらくモンスターを討伐しつつ上層階を目指していた。そして気付けば、


『……なんだかんだしてる間に、次のボスフロア来ちまった』

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