第4話


 周囲には邪魔する者は居ない。これで気兼ねなく目の前の事に集中できる。右手に握ったダガーの感触を確かめつつ、草むらの葉が揺れ動かないかを見極めていると、身の丈ほどの岩がある方から音が聞こえた。


 岩の影や死角からの不意打ちを警戒しつつ、大きく迂回するように廻り込むと、小型のモンスターの後ろ姿が見えた。


 羽毛に包まれた真ん丸としたフォルムに退化した羽、土を掘り返す為だけに発達したような嘴が特徴のモンスター。前世の知識から言えばドードーが更に退化したような見た目の鳥は、恐らくツチバミと呼ばれるモンスターだろう。


 ツチバミは土を掘って餌を探しているようで、こちらの気配に一切気付いていない。振り向かれぬうちにジリジリと忍び寄り、握りしめたダガーを振り上げ、ヤツの背中に勢いよく突き刺すと、断末魔の叫びを上げ、地面にうつ伏せになるようにして息絶えた。


『……えっ、……よわぁー、最後まで振り返る素振りも見せなかったし、危機感ゼロなのか?』


 待ち望んだ末のダンジョンでのモンスター初討伐はいとも簡単に済んでしまった。自分でも驚くほど簡単に倒せてしまったからか、喜びを感じることも無く、それどころか物足りなさすら感じて佇んでしまっていた。


『……なんだかちょっと、残念かも、……想像していたのと違うな。……あ、消えた。……これはー、魔石、か? うわぁ……、ちっちぇー……』


 ツチバミの亡骸に憐みの目を向けつて茫然としていると、小指の爪よりも小さな小さな魔石を残して、ツチバミの亡骸は瞬時に消えてなくなった。


 魔石とは、魔力を内包しているクリスタルの様な紫色の石で、街では魔道具を起動させるためのエネルギー元として幅広く使われているものだ。魔石はモンスターが強ければ強いほど大きく、大きければ大きいほど内包している魔力は多いとされている。そして価値のある物として通貨の代わりにもなるが、こんなに小さい魔石は殆ど価値が無いと言っていいだろう。


『……まぁ、いいや、それよりも経験値だ』


 価値があるかも分からない小さな魔石をポケットにしまい込み、再び索敵を開始する。探し始めてすぐ草原を跳ねて移動するネズミの様なモンスターが目に入った。


『お、居たっ……あれはハネズミか? よし、追いかけるぞ』


 悠々自適に跳ねているハネズミを後ろ側から追いかける。近づくと空気でも中に詰まっているのか、ゴム製のボールが跳ねる時の様な音が聞こえる。そのまま一息に速度を上げて近づき、ハネズミが跳ね上がり、頂点達した瞬間を狙い――


『――シッ、……よしっ、とったッ!』


 後ろから追い抜くと同時にダガーを振り抜いた。ボールから空気が漏れ出る音と共に地面へと墜落したハネズミはそのまま動くことも無く、息絶えた。しばらくその場で様子を見ていると、ツチバミよりもほんの少し大きい程度の魔石を残してハネズミは消えた。


『んんー……やっぱ、弱すぎる気がする。……こんなんじゃ経験になってるかすら怪しいな』


 俺は首を傾げ、腕を組みながらハネズミの亡骸があった箇所を見て不満を口にしていたが、気付けば自然と顔を向けていたのは次層へと向かう為のゲートがある方向だった。


『ンンン……ウン、次だっ、次ッ!』


 決断するや否やその方向へと駆け足で向かった。ゲートを目指しがてら、母さんの働くログの酒場で、探検者等から聞いた話を思い出していた。その探検者等が言うにはダンジョン内での死亡率が上がり始めるのは、5階層からと言っていた。


 5階層から、数は多くないがゴブリンが出現するらしく、俺の様な駆け出し探検者が被害にあうこともあるようだ。とは言っても、学園の青年部に入った新入生の腕試しに使われる程度の難易度とされているらしい。


 つまり、先に行ったイジメっ子等は、5階層辺りか、それ以上を目指しているだろう。そう考えれば、逸る気持ちが駆ける速度を上げていた。


 走り始めて少しすると草原の中にストーンヘンジのような柱が立ち並ぶゲートへと到着した。


『……おし、無事、到着っ……とっ』


 石畳に描かれた魔法陣へと足を踏み入れると固い石畳の感触が足から伝わり、ダンジョンへ入る前の気持ちを思い出させてくれた。その感触のお陰か、焦燥感の様な感情は消えやしないが、気を引き締めるには十分だった。


『次の階層へ』


 言葉を発すると草原から平原へと視界が移り替わった。先ほどの草原と比べれば、生えている草花の背も低く、見通しが良い。この位置からでもモンスターが何処に何体いるかが、まる分かりだった。


 モンスターの個体数が増えている気がしないでも無いが、群れを成している様子は無い。だが、見通しが良いと言うことは索敵をしやすい反面、見つかりやすいと言うことだ。同種モンスターが徒党を組んで襲ってくる可能性を考慮する必要がある。俺は、なるべく数の少ないルートを進みながら、各個撃破の後、更に次層を目指すことにした。


 平原に足を踏み入れると、こちらに気付いたハネズミが逃げていくのが見えた。すぐ近くを歩くツチバミは、目が合うと立ち止まりはしたが、逃げることもせず、足元の土を掘り返し始めた。


 それを見て呆れていると、見たことの無いウサギの様なモンスターが、耳を地面に打ち付けて音を鳴らしながら、平原を転がっているのが見えた。


『あれはーウルサギかっ、あっちはヒライタチに、ケブタだ』


 その他にも、平たいイタチと毛の長いブタのモンスターが歩いているのを見つけた。初見のモンスターの強さを計る為に、一体ずつ相手をすることに決める。


 偶然近くへと寄って来ていたウルサギの前方へと躍り出るようにして対峙すると、こちらに気付いたウルサギが転がったまま突進を仕掛けて来る。野球ボールがグラウンドを撥ねて転がる程度の速度で、相手の出方を見てからでも十分に反応する事が出来ると判断してからダガーを一思いに振った。


 すると、これまたあっさりと倒せてしまった。


 それからも、ヒライタチ、ケブタと順に立ち向かっていったが、特に危険性も感じられず、すんなりと打倒してしまえた。次の階層へと目指しがてら手当たり次第に戦いを挑んでいくが、動物園の触れ合い広場のように押し倒されることも無く、余裕を残して次の階層へと辿り着いてしまった。


 次の3階層はこれまでの魔物が群れを成し、複数戦を強いられる事が殆どであったが、これも難なく捌いていく。そのままの勢いで4階層へと乗り込んだが、これまでの魔物が一回り大きくなっていて、戦闘力も少しは向上しているのだろうと思えた。だが、依然として物足りなかった。


 だから俺は、そのまま真っ直ぐに5階層へのゲートまで突き進むことにした。


 その道中、新しい種類の魔物やらも居たが、そのどれもが動物のような見た目で、今まで出現していた魔物とさして変わりがない強さであった。


 大体の魔物の攻撃手段は体当たりか、恐らく噛みつきに来ているのだろう飛び込みばかりで、母の職場であるログの酒場で聞いた笑い話も納得のいくものであると思えた。


 骨折するほどのケガを負うには、体当たりの当たり所があまりにも悪かったのか、バランスを崩されて手を付いた時にでも捻ってしまう位しなければ、そうはならないだろう。


 これまでの戦闘は、やはり物足りなさを感じた。だが、5階層へ到着するまでの良いウォーミングアップになったとは思う。俺自身決して侮ることも無く、更には戦闘において集中を切らすことも無く、真剣に向き合って来たと言える。


 そうして5階層へと続くゲートに辿り着いた俺は、その前で立ち止まり、引き返すかどうかの自問自答をした。そして、これからは油断や驕り高ぶりが、死に直結する事を改めて意識して、ゲートの上へと立つことに決めた。


『……ここが、5階層。……森、いや、ちょっとした林ってところか』


 草原に木々が多少生えた林とも言える景色へと移り変わった。辺りを見るに、ゲート近くは拓けており、見通しは利くが、奥に進むにつれて視界を遮る木々が死角を生み、小賢しいゴブリンがいるとすれば、奇襲にでも使われるかも知れないと考えると身が引き締まる思いに包まれた。


『初戦から本気で行くぞ……』 


 そう意気込んでいる俺の前方の少し先の位置に、深緑の体色の小人が居るのを見つけた。尖がった耳、頬まで裂けた口、そこから見せる黄ばんだ歯、ぎょろりとした目玉が獲物を探がして動いていた。


 ゲートのある石畳から出さえしなければ、ゴブリンからは気付かれることは無い。20階層までのゲートには魔法の結界が張ってあり、モンスターは立ち入れず、そして外からは俺の姿は見えず、攻撃も通さないように出来ているらしい。


 よくよく観察するに、このゴブリンは単独行動しているのか、仲間の姿は見られない。防御力の無いと分かる申し訳程度の衣服は、腰みのの様な作りになっている。それ以外は武器の様な物も持っていないように見えるが、恐らく伸びた爪や牙を武器としているのだろう。


『……さっそくで悪いが、使わせてもらう』


 そう呟き、ゲートの石畳から飛び出すようにして、ゴブリンへと目掛けて駆け出すと、俺の足音に気付いたゴブリンは、驚きながらも振り返り、俺と目が合うと下卑た笑い声を上げて飛び掛かって来た。


 だがコブリンの取った行動は、まさに俺が思い描いていた行動と同じであった。あっという間にゴブリンと俺との距離が詰まる。その瞬間、俺は――


『――【スロウ】』


 唯一、使える魔法を発動させた。


 すると、勢いよく飛び掛からんとしたゴブリンの動きが緩慢となり、飛び散る涎の飛沫さえも緩やかに見えた。


 俺はその緩慢とした視界の中、焦ることも無く、ダガーをゴブリンの首元にある急所へと目掛け、最短距離で突き立てた。


「グゲァッ――」


 ゴブリンの断末魔が聞こえると同時、突き立てたダガーの勢いに負けたゴブリンの身体は宙を舞い、地面へと鈍い音を響かせて落ちた。ほんの少し、苦し気に藻掻いていたが、一瞬ゴブリンの身体が強張ったのを最後に、ダラリと力が抜けて動かなくなった。


 ダガーに付着した、ぬめり気を感じるゴブリンの血液を振り払ってから、鞘へとしまってる間に、ゴブリンの亡骸は魔石と変わっていた。そして俺は落ちたばかりの、豆粒ほどの魔石を拾い上げてポケットにしまう。


『【スロウ】があれば余裕そうだな』


 すでに解除済みの魔法の名を再び口にして、先の戦いを振り返るが、これもまた魔法を使用したお陰と言えばいいか、非常に呆気ない決着になってしまった。


 ゴブリンと戦った事による経験が、俺にどれほどの成長を齎してくれるかは、まだ感じ得なかった。そう思えば、次へを求めてしまうのも仕方なく、目についたゴブリンを片っ端から狩ることにした。


 この階層にはもしかするとイジメっ子等が居る可能性もあるが、派手に暴れてイジメっ子等に見つかったとしても、俺が魔法を使えるとは思わないだろう。


 何故なら俺の魔法【スロウ】は、他者から見れば、何か起こっているようには見えない。


 イジメっ子等は知らぬままだが、俺のユニークスキル【遊戯者プレイヤー再生機能プレイヤー】は、俺が10歳を迎えた頃に人知れず成長した。


 その時、覚えたのが【スロウ】の魔法だ。ゲームなどで良く聞く名前の魔法だが、使って見れば相手の速度を落とす効果のそれとはまた別の物だとすぐに理解した。その効果は端的に言ってしまえば、俺の反射神経を上げるようなもので、視界に見えるもの全てが発動直後からスローモションになるというものだ。


 この魔法は自分自身にしか効果は無いが、その代わりと言っては何だが他者に効果を悟られないという利点がある。その為、イジメっ子等に魔法の一つも使えぬ無能だと罵られようが、腹の底では笑っていられた。そして俺のユニークスキルが成長すると知れたところで、いつか鼻を明かしてやろう、と思うことで長期間のイジメから耐え忍ぶことが出来た。


 すぐに魔法を使える事を証明して見せたとしてもイジメは無くならなかっただろうし、一つ魔法を覚えたからといって粋がって見せるのにはまだ早いと思って隠しているままだ。それに、元々からある魔法【▶】は未だに使えないと言うことも、そうしない理由の一つとして心の引っかかりになっているのかも知れない。


 俺が【スロウ】と呼んでいる魔法も、覚えてすぐには使えなかった。覚えた時、頭に浮かび上がったのが【▶】と似たような【▮▶】マークだったこともあって発動の仕方が分からなかったからだ。だが、ユニークスキルの名称にも含まれているヒントを元に導き出した答えが【スロウ】だった。


 【スロウ】が使える事が分かって【▶】が【プレイ】と判明したのにも関わらず、何度試しても使えないと分かると何故だかガッカリして落ち込んでしまったりもした。だけど、成長したことに変わりないとすぐに持ち直したことで、前向きに考えるようになった。いつか見返してやるという思いだけで強くなりたい訳でも無いが励みの一つとして考えている。それ含め、あらゆる理由や訳あって、俺は強さを求める事にしたんだっけか。


『ふぃー……10、15? 何体くらい倒したかな』


 昔の事を思い出しながら、黙々と狩りを続けていると、気が付けば結構な数のゴブリンを倒していた。気が付けば、ポケットにも多少の嵩張かさばりを感じられるまで魔石が集まっていた。


 ケガすることなく順調に狩りを続けたことで【スロウ】を使わずとも、ゴブリンを少しばかり倒すことも出来た。多少の疲労はあるが、それほど疲れてもいない。それどころか前世でやっていたオンラインMMORPGの記憶が呼び覚まされたからか、身体は狩りを求め続けているように思えた。


 だがしかし、心が揺れ動き、その思いと反した行動を身体は取ろうとしていた。いや、それこそがまさに心と身体が求めている答えなのかも知れない。欲求は更なる高みを目指さんとして、身体をゲートのある方向へと向けて歩き出していた。


 それは次へと向かう為のゲート、その魔法陣の上に立てば次へと進めるが、その階層は6階層とは呼ばれていない。俺が目指しているのは、ボスが待ち受けている試練の部屋だった。


 このダンジョンの20階層までは、5階層とボス部屋の一組が連なるようにして構成されているようだ。5階層昇るごとにボスを打ち倒し、試練を乗り越えることで更なる高みを目指す資格が与えられる。


 俺はその高みを目指すべく、ボスへと挑戦しようとしていた。これもログの酒場で飲んだくれていた探検者から仕入れた情報だが、第一のボスは武装した大きめのゴブリンで、ホブゴブリンと呼ばれているらしい。


 成人男性ほどの体格に、薄茶交じりの緑色の肌をしており、剣や斧、盾、弓などで武装しているが、何を得物としているかは、その時々によって変わると言う。


 俺はその話を思い出しただけで、聞いただけのモンスターの姿を想像し、更には戦う俺の姿までもを想像してしまっていた。


 だから、だろう。その時には、もう、動き出していた。次のゲートへと向かう為に。


『うし……、乗り越えるぞ』

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