第3話
「やっぱりそうだっ! ほらっ見て見ろっ、言った通りじゃねーかよ」
「はぁ? うわっほんとだっ、無能じゃん、おいっ無能無能っ、ブハハハハッ」
「持ってるくせにー使えなーい、持ってるくせにー持ってないのとおなじー、つーまーりーはっ、むのーう!」
ゲートの近く集団が、俺を見つけるや否や、指さして笑い、蔑みの言葉を投げかけて来た。俺はそれに気付かぬ振りをして、相手をせぬように目線を逸らしていると、調子に乗った一人が俺を罵る為だけに作った歌をお道化ながら歌い始めた。
そいつ等は、先日までは同級生だった者等であり、俺をイジメていた奴等だ。奴等は進学し、俺は探検者を目指したことで、離れられたと思っていたが、こんな時に出くわすとは思いもしていなかった。引率教員は探検者ギルドへと護衛依頼にでも行っているのだろうか、止める者が居ないのを良い事に奴等が騒ぎ立てる。
「古代のアーティファクトなら使えなくても価値あったのになー!?」
「持ってても使えねーんじゃ意味ねーよな、オークに教典ってこのことだよなぁ!?」
「ギャハハハッ、しかも魔法も一切使えねーとか終わってるよなっ、ゴブリンでも魔法くらい使えるってのーによっ!」
俺が無視を決めているのにも関わらず、奴らは飽きもせずにこうしてちょっかいを出して来る。相当、暇を持て余しているのだろう。相も変わらず、粘り気のある悪意を押しつけてくる辺りが鬱陶しかった。
奴等が俺の事を無能だと罵り、イジメの対象と選んだのも元は嫉妬が原因だろうと理解している。この世界では5歳を迎えた頃、魔法の鏡に触れるというファンタジー物の作品では在り来たりな方法で魔法の適正を計るのだが、その時に特別な能力を秘めている事が判明した。
名前の下に連なるリストに、得意とする魔法適正やら、アビリティやらが記されているものらしいが、俺の適正はユニークと呼ばれる類の物だった。ユニークアビリティと呼ばれる才能を持つ者は珍しく、十万人に一人出るかどうか、といった恵まれた存在と適正審査員は言っていた。
だがしかし、俺は魔法を使えなかった。
一般的には火属性など、なんらかの属性魔法の適正を有しているのが普通らしいけど、俺はそれを持ち得なかった。唯一の個性、特別な魔法を使える可能性を秘めたアビリティを持っており、魔法を一つ覚えて居るのにも関わらず、何故か俺は魔法を使えなかった。
俺のユニークアビリティとやらは【
そう、それは、右を向いた黒塗りの三角形【▶】のマークだったからだ。
そのマークはアビリティの名前にもある通り、再生機器ボタンのマークだった。再生ボタンと呼ばれるそれが、魔法なのか、と疑問に思いつつ、魔法発動に向けて試行錯誤したのは言うまでも無い。それでも尚、思い浮かぶことを片っ端から試して見ても、魔法が発動する事は無かった。分かった事といえば、うなじの下辺りの首筋にその再生ボタンのような三角形のマークの様なアザがあると母から知らされただけだった。
その事が分かってから、しばらくして6歳になった頃、学校へと通うことになった。俺がユニーク持ちだと噂が広がり、奴らの耳に入ったまでは良かったのだが、魔法を使えぬことを知り、歳を重ねても、いつまで経っても、何をしても魔法を使えぬのだ、と悟った奴らは、途端に俺をこき下ろし始めた。
「お前のユニークって使えないってところがユニークだよなぁあ!?」
「おいっ何とか言えよ、ユニーク過ぎて笑って物も言えねーのかよっ?」
「ギャハハハッ、レジェンダリー級のユニークだわっ!」
と、言うように奴らは事あるごとに、何でもかんでも俺に突っかかっては、罵詈雑言を吐き捨てて、悦に浸る。
こんな奴らの相手をする意味も暇も無いし、とっとと人混みを抜けてゲートへと向かうことにする。丁度、奴等を引率しているであろう教員が、複数の探検者と共に戻って来たことだし、この機会を逃すことはしない。
俺は騒いでいた奴らが叱られているのを横目に、ゲートの方へと進んだ。ゲートの傍には憲兵が立っており、出入りを管理、守衛している憲兵に胸元から登録証のタグを取り出して見せた。
「……どちらまで?」
『ダンジョンへ向かいます』
「12歳……ふむ、問題は無いが……いや、何でもない」
憲兵は年齢を確認して訝しみ、納得し、余計な事を言うまいと口を噤んだようだ。それも、俺の出で立ちを見て、何かを納得するに足る理由を受付係自ら見つけたからだろう。
「通ってよし、……あまり無茶はするなよ」
『えっ、あー……ありがとうございます』
貧民を鼻つまみ者として見るような悪い人では無いのだろう。その表情からは予想だにしていない言葉が出て来たことに驚きつつも、心配してくれていた事に感謝して、魔法陣の中央へと歩みを進める。
『ダンジョン一階層へ……転送』
唱えるとすぐ多少の浮遊感を腹の辺りに感じた。すると、噴水の無い大きな広場から緑豊かな草原へと景色が移り変わっていた。
『広ー……い、……久しぶりの空だ。……ってか果てがホントにあるのか?』
誰に言うまでも無く、己が感想と疑問が口から飛び出て来た。上を見上げれば青空が広がり、雲が漂っている。真正面の草原の先には鬱蒼とした森が見え、反対側を見渡して見れば小高い丘が見え、更にその奥には山が聳え立っていた。
『ここが夢にまで見たダンジョンかぁー、強くなったら母さんもピクニックに連れて来てあげたいなぁー』
そう思えるほどにのどかな風景が広がっていた。実際、ピクニックや行楽する人達や薬草や果実を探しに来る探索者以外の人もいるらしい。とはいえ、弱いとは言っても魔物は出る。時折、危険種が現れるという話もある。だからこの考えは、ダンジョン初日の子供が考えるには、まだ早すぎる夢のようなものだろう。
『まずは経験か……っと、急ごう』
ダンジョンに足を踏み入れた喜びや様々な感情が押し寄せる中、いつ襲われても良いようにと腰に差したダガーを抜いて、感慨に浸るのは後の機会にしようと気持ちを切り替えると共に駆け出す。
『奴等が来る前に少しでも離れないと……』
駆け出すと同時、だらだらとしていては後ろからある種の厄介なモンスターが追ってくるかもしれないという考えと邪悪な笑みが頭に浮かんだ。
『別に見られてもいいけど、邪魔されても困るしな……』
イジメっ子等にモンスターを横取りやら、間違えた振りして後ろから攻撃される可能性を否定できない。戦場では背後に気を付けろ、という先人の教えもあるし、純粋な欲求で襲い掛かるモンスターと人の持つ邪悪さを比べれば人の方が怖いまである。
『出来ればゲート近くで腕慣らしというか、試したかったんだけどな……』
モンスターと対峙するのは初めてだ。決して甘く考えても、舐めている訳でもないが、奴らと出来るだけ離れられるように草原を突き進んでいく。
余り奥の方まで進むのもどうかと思うが、奴らの為だけに日を改めるのも、時間を遅らせるのも癪に障る。実際、一階層のモンスターで死人が出るなんて事はあまり聞かない。何かあったとしても骨折しただとかで、ケガを負った人を嘲笑わうような笑い話にされる程度のモンスターしか出現しないようだ。
『ここらまで来ればいいだろう……』
振り返り、ゲートの方を見れば学生等が列をなして、次層に進む為のゲート方面へと向かっていた。学生等はこの階層をスルーするようだ。階層を上がれば上がる程に、モンスターの強さや数が増えていくが、この階層では物足りないと判断したのだろう。草むらに蹲るように低く屈んで身を隠し、学生等をやり過ごした。
そして、俺は今からがスタートだと、気を新たに立ち上がった。
『――レッツプレイだ』
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