結凪の章 ①
「あぁ、はい…いいえ、結凪は純粋な気持ちで活動していただけで…、いいえ、中心なんて…! 広報担当ですから、芸能関係のお仕事をするのが役目だったといいますか、大事なことは何も知らされていなかったんです…はい、はい…」
移動中の車内に、マネージャーの必死な声が響く。
どうせまた仕事を断る電話だろう。今日だけで二十件以上、依頼を撤回する連絡が来た。
ごねることなく了承しつつ、後々のことを考えて、誤解だけは解いておこうという、マネージャーの涙ぐましい努力が伝わってくる。
(ちょうどいい。少し休みたかったとこだし…)
結凪は我関せずとスマホをいじり続けた。
スマホケースはもちろん、〈生徒会〉のロゴが入ったグッズ。発売して一時間で売り切れた、限定生産のレアものだ。
(昔は他の子たちが持ってるものに憧れたのにね…)
シングルマザーの貧困家庭に生まれ、百均以外の文房具を知らない子供時代。同じクラスの女の子たちが持ってるカワイイ雑貨が、ほしくてほしくてたまらなかった。
高学年になって、母親は結凪を見知らぬ男達に売るようになった。その中のひとりが、結凪をアイドルデビューさせてくれた。でも最初は鳴かず飛ばず。
人生の風向きが変わったのは〈生徒会〉に入ってからだ。
(今では、私の持っているものを、みんなが欲しがる…)
正義とか、真実とか、使命とか、国を守る戦いとか――男達を気持ちよくさせる言葉も、結凪の心にはちっとも響かない。結凪にとって〈生徒会〉は、自分を目立たせるためのツールでしかなかった。
〈生徒会〉の人気が出るほど結凪の人気も高まるし、結凪の注目度が高まるほど〈生徒会〉も注目を集める。…そんな関係だった。最近までは。
「ちっ…」
スマホを見つめ、結凪は舌打ちをする。Twitterであからさまに〈生徒会〉を批判する書き込みを見つけたのだ。
最近、この手の意見が増えてきた。以前も少しはいたけれど、ここまで露骨じゃなかった。潮目が替わってきているのを感じる。長く芸能界にいる結凪は、そういうのに敏感だった。
やっぱり、あの自爆テロを許したのがまずかった。
あれのおかげで〈東〉の市民は、〈生徒会〉の活動がテロを誘発することもあると気づいた。おまけに肝心の〈生徒会〉からも大勢の脱落者が出た。
それだけじゃない。他の都市の〈生徒会〉のなかには、早々に解散宣言をするところもあった。
「活動に疑問を抱くメンバーが大勢出てきたから、頃合いだと思う」らしい。
そして――
フォロワーのツイートに中に出てきた「八木秀正」の名前をにらみつける。
こいつの暗躍による影響も大きい。
二年くらい前からネットに現れるようになった、〈西系〉のジャーナリスト。
〈東〉において〈西系〉住民の人権が蹂躙されているのは、〈東〉側政府による陰謀だと、様々な組織から得た内部情報を証拠として提示しつつ訴えている。さらに外国の目から見た、〈東〉のメディアによる〈西系〉住民への糾弾の疑問や矛盾を指摘する記事も紹介している。
初めのうちは無視できるレベルだった。〈東〉の市民は誰も、そいつが発信する情報に興味を持たなかった。
忙しい現代人は、ニュース番組を毎日見たり、検索サイトのトップニュースを全部読んだりはしない。知り合いとつながってるSNSをチェックし、見たいブランドやエンタメのサイトに行って、口コミを見ればそれで事が足りる。
何かについて知りたい時は、その単語だけ検索する。検索結果の上位にあるものを見ただけでわかった気になる。
極論を言えば高度にネットが発達した現在、大半の人間は見たい情報だけ見ればすむ環境で暮らしているのだ。
よって八木秀正の記事は、長いこと誰の目にもふれなかった。
ところが自爆テロが起き、その犯人が過去に投稿していた動画が掘り返され、世間の興味がそこに集まってしまった。少なくとも自爆テロの犯人は、〈東〉を敵視する組織にいたわけでも、支援者でもなく、恋人がある日突然奪われて、自暴自棄になった末の行動だったと、人々は同情した。
その関連で、多くの人間が八木秀正の記事を目にすることになった。他でもない、時任七桜が、あちこちのSNSで事件と八木の記事を結びつけて紹介したせいだ。〈生徒会〉と警察に追われながら、いまだ捕まっていない彼女は、反〈生徒会〉の象徴のような存在だ。勧めに従って、大勢が八木の記事を読んだ。
そして今まで自分達が信じていたことと、あまりに乖離した外国の報道を知り、ゴキブリについてのこの国の姿勢に疑問を持ち始めたのだ。
そこにきての、あのスキャンダル。
斗和が父親の再婚相手をゴキブリとして駆除したニュースは、社会を震撼させた。〈生徒会〉の人間を敵にまわしたら、駆除の名目で殺されることがありうると、まちがった情報が世間に伝わってしまった。
(まいったな…)
人々は〈生徒会〉に対して、はっきりと危機感を抱いた。
それでも今はまだ、目立った声を上げれば、次は自分が標的にされるかもしれないという不安が、みんなの口を閉ざしている。
『一過性のもんだろ。どうせ時間がたてば忘れる。しばらくはおとなしくして、やり過ごす』
英信はそう言った。正しい判断だと思う。
(たぶん今までが順調に行きすぎてたのよ。こんな時もあるよね…)
スマホを閉じようとした結凪は、ふと異変に気づいた。
Twitterのトレンドの上位に思いがけない単語がある。
#区立中学卒業式襲撃事件。
「なによこれ…」
ハッシュタグ区立中学卒業式襲撃事件で、大勢が同じ動画をTwitterにアップしている。そしてそれらのツイートが、かなりの勢いでリツイートといいねを増やしている。
結凪は一番リツイート数の多いツイートのアイコンをタップしてみた。
アカウントの開設は今日。プロフィールは空欄。フォロー一件。八木秀正のアカウント。捨て垢だ。
試しに動画を再生してみる。
サムネールの感じだと見覚えのある動画だった。区立中学の卒業式でスピーチをする崇史に、時任七桜が弓を射た場面を撮ったもの。
ゴキブリがある日突然牙をむく恐怖と、それに毅然と立ち向かう〈生徒会〉というイメージを世間に広めた動画である。
ツイートにアップされていたのは、そのなかの一部――ほんの二十秒ほどを切り抜いたものだった。
弓を構えた時任七桜が、崇史のほうを見ている。
でもその言葉は、おそらくは動画を見ている人々に向けられていた。
『「この人達なら攻撃していい」って発想が、まずおかしいって気づいて。それがこんな異様な事態を引き起こしたって認めて!』
『今のこの国は異常だって、ちゃんと自覚して!!!』
それだけ。たったそれだけ。
でもその動画をアップしたツイートが、みるみるうちに拡散されていく。
ハッシュタグはすぐ、トレンドのトップに躍り出た。
リツイートはあっという間に万単位になり、十万を超え、そして――
リツイートの数が、今まで見たことがない数字になったとき。
結凪はスマホを持つ自分の手がふるえてることに気づいた。
「なによこれぇぇぇぇ!?」
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