結凪の章 ②
本部に着くと、めずらしく食堂で響貴が留守番をしていた。テーブルで忙しなくノートPCを操作している。
亜夜人が八木秀正の居場所を突き止めたから、非番の班をかき集めた英信がそこに向かったと聞いて大きく息をつく。
「久しぶりにいいニュース聞いた」
ぼやきながら、区立中学卒業式襲撃事件のツイートについて響貴に話す。
彼ももちろん気づいていた。おまけにすでに捨て垢の主の正体を突き止めたという。
「思想も何もないただの主婦。親戚にGもいない。今はどうしようもないな」
「ほっとくの!?」
「彼女の家に押しかけて、引きずり出して駆除する?」
「――――…」
今そんなことをすれば、たちまち世間にたたかれるのは目に見えている。
「つまんない」
結凪はテーブルに腰かけて足を組んだ。
「まぁ今は、八木秀正確保に希望をつなぐしかないわね。熱烈なG擁護派だもの。〈愛国一心会〉ともつながりありそうじゃない?」
「…そうかもね」
「八木秀正を見つけたら、次は時任七桜ね。あの子はどうして見つからないんだろ?」
何気ない問いに、響貴が黙り込む。縁なし眼鏡の奥の目線が揺れるのを、結凪は見逃さなかった。
「なに? どうかした?」
響貴の顔をのぞきこんだ結凪に、別の声が答える。
「たぶん斗和が知ってる」
「あ、英信。おかえり~」
本部に戻ってきた英信は、全身びしょぬれの状態だった。後ろに翔真と昴もいる。
「なんで斗和が時任七桜の居場所を知ってるの?」
結凪の問いを遮るように、響貴が眉根を寄せて訊ねた。
「八木秀正は? 見つからなかったの?」
英信は首を振る。
「誰かがいたような形跡はなかった。ありゃシロだ」
「亜夜人がまちがえたとでも?」
「そういうことになるな」
「…でも一定期間、確かにそこから発信があったんだ。何らかの関係はあるはずだ」
響貴がかばうように言う。
英信はうっとうしそうに、びしょぬれの赤い髪の毛をかき上げた。
「あるいはそう思わせるよう小細工したのかもな」
そこに崇史がやってくる。
「斗和がいない。響貴、斗和はどうした?」
「出て行った」
けろりとした響貴の返事に、崇史よりも英信が目を剥いた。
「は? おまえそれ見逃したのか!? あいつは時任七桜の居場所を知ってる可能性が高いんだぞ!?」
「え、待ってよ。ウソでしょ?」
自分がいない間に何があったというのか。
混乱する結凪を置き去りにして、翔真と崇史も響貴に詰め寄る。
「時任七桜だけはぜったい駆除しねぇと!」
「彼女は反〈生徒会〉のシンボルになりうる。放置しておくわけにはいかない」
響貴は座ったまま、動じるそぶりも見せず三人に返した。
「斗和には借りがあったから、僕が逃がした。行き先は知らない」
次の瞬間、英信が響貴を殴りつける。肉を打つ音がその場に響いた。
「なんのつもりだ! なんで…よりにもよって、おまえに足引っ張られなきゃならねぇんだよ…!」
椅子ごと床に倒れ込んだ響貴が、のろのろと身を起こしながら言う。
「〈生徒会〉を解散させよう、英信」
「……は?」
立ち上がった響貴は、英信を真正面から見据えた。
「どのみち長続きはしない。極端な活動は、いつかきっと反動で粛正される」
「響貴――」
「そうなる前に自主的に解散して軟着陸させよう。それが一番、メンバー達へのダメージが少なくてすむ」
「響貴!」
「………」
「ふたりとも、そういうのは後でやって!」
結凪はイライラと主張した。
経緯はわからないけど、斗和が時任七桜の居場所を知ってることだけはわかった。だとしたら、今しなければならないことはひとつだ。
「斗和と時任七桜を見つけ出すのが先でしょ」
その声に、英信は響貴から離れ、翔真をふり返る。
「斗和をここに連れてこい」
「英信――」
咎めるような響貴の声を、英信は無視した。
「〈生徒会〉の幹部でいながら、時任七桜をかばい続けてきたってんなら、それは俺らに対する裏切りだ。絶対許さねぇ」
翔真がためらいがちに口を開く。
「…抵抗したら?」
「その場で駆除しろ」
「……っ」
すぐに返事ができなかった翔真の横で、代わりに昴が毅然と応えた。
「はい、そうします。…行こ」
まったく迷いがない感じの昴にうながされ、顔色を失ったまま出て行こうとする翔真を、英信は「おい」と呼び止める。
「もし駆除したら必ず死体を持ってこいよ」
いつもの彼らしくない昏い目で、にぃっと笑う。
「殺ったとか言って逃がしたら、おまえらもただじゃおかねぇかんな?」
翔真はこわばった顔で、だまってうなずいた。
彼らが去った後、腕組みをした崇史が気がかりそうにつぶやく。
「…翔真班は、斗和と親しいメンバーばかりだ。不安だな」
「ならおまえも行け。あいつらが狩り損ねたら、おまえがやれ」
英信の言葉に、崇史は軽くうなずいて後を追った。
「…………」
(どういうこと? どうなってるの…?)
いろんなことが急に起きて、わけがわからなくなってる。
胸の中で渦巻く不安を感じながら、結凪の頭の中で「潮時かも」という言葉がふと生まれた。
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