第10章 哀哭の生徒会②
互いに頭から爪先までぐっしょりぬれた姿だった。
始発の電車まで時間を潰すにしても、開いている店に入れるはずもなく、ただ屋根を求めて駅ビルの地下駐車場に潜り込む。
コンクリで囲まれた駐車場は、遮蔽物が多くて隠れるのにはもってこいだったが、空調が効いているのか、かなり寒かった。全身すぶぬれの身に冷気がじわじわ染みてくる。
「今、ここに〈生徒会〉の人が来たらどうする?」
七桜に訊かれ、即答した。
「二人で別方向に逃げる」
今までの経験からすると、追う側にとってはこれが一番厄介だ。おまけにここは障害物も多いから、逃げる側にも充分ワンチャンある。
俺は左右を指さした。
「俺はこっち――駐車場の出口を目指す。おまえはあっちの階段をのぼって、上の階から逃げろ」
「わかった」
神妙な顔でうなずいてから、七桜はふとまばたきをする。
「寝てないの?」
「え?」
「目の下。クマがひどいよ」
「あー…」
目元に手をやり、今さらながら隠す。
「ここんとこ、ずっとヤな夢見てばっかで…眠れなくて…」
「悪夢ってこと?」
「…駆除のときの夢。俺に首を絞められながら、ゴキブリの目が言うんだ。一生恨むって」
七桜は、あきれるように返した。
「殺される人があんたのことなんか考えるかな?」
「…え?」
「もう死ぬってときでしょ? 普通は大切な人や、過去を思い出したり、あるいはただただ恐怖でいっぱいとか、そんなもんなんじゃないの?」
雨にぬれて青白い顔色の中、くっきり目立つ大きな瞳が胸を射る。
「殺された人の目が責めてるように感じるってことは――斗和自身の心の声が、その人の目を通して伝わってきたんじゃないの?」
「――――…」
(俺の…心の声…?)
連中の目は言っていた。なんでこんなことするんだ。一生恨む。絶対に忘れないって。
俺を責めて、罵倒して、呪っていた。
あれが、俺が俺に対して抱いていた思いだっていうのか?
七桜はため息をつく。
「斗和って〈生徒会〉向いてなさそう。どうして入ったの?」
「…家族を守りたくて。でも――俺以外にもそういうやつ、多かったみたいだけど」
「そうなの?」
「あぁ。英信や亜夜人は親のために活動してたらしいし、響貴だって…。今考えると、崇史も妹を守りたかったとか、そんなんなのかも――」
「妹?」
七桜がきょとんとして言った。
「城川先輩に妹なんていないよ?」
「…え?」
思わず訊き返した、その時。近づいてくる複数の足音が、地下駐車場のコンクリに響いて届いた。
「――――」
七桜と顔を見合わせる。互いに判断は速かった。というか、他に選択肢はなかった。
「行くぞ――」
俺の声に、二人で同時に走り出す。七桜はさっき言っておいた通り、上の階に続く階段のほうへ。
俺は――逃げると見せかけて柱の影に身を潜め、接近してくる足音を待ち受ける。
(クソ…)
急に動くとやっぱり左胸が痛む。あとこんなに早く居場所がバレたのは、たぶんアレだ。俺のスマホは防水仕様だから、豪雨にぬれた服の中でもバリバリ元気。
(電源切っとけって話だよな…!)
自分に向けてそうツッコみながら、柱の影から飛び出し、近づいてきた追っ手の中の、一番ガタイのいいのにタックルした。倒して逃げようとしたけど、そううまくはいかない。
「逃がすな…!」
そんな声と共に、すかさず他のやつが服をつかんでくる。それを柔道の要領で投げ飛ばし、さらに逃げようとするも、三人から同時に飛びつかれ、コンクリートの床に引き倒された。
「いってぇ…!」
肋骨の痛みにうめきながら起き上がると、目の前には翔真と昴がいる。周りは翔真班が囲んでいた。
みんな険しい顔つきだ。
「何やってんだ?」
翔真は怒りに顔を歪めて訊いてきた。
「こんな時に、おまえ本当に何やってんだよ!!」
「何って…見ての通りとしか」
全力で怒鳴りつけてくる翔真に向けて肩をすくめると、「わけわかんねぇ」とさらに毒づかれる。
その横で昴が、ぎらりとにらみつけてきた。
「英信の命令だから。あなたを本部に連行します。斗和」
「冗談――」
「当たり前でしょう? あなたは執行担当なんですよ? そんな人の離反を許したら、〈生徒会〉の秩序もメンツもめちゃくちゃになる」
昴の目はどこまでも本気だった。
自分の大切なものを破壊しようとする、憎むべき敵を見る目でにらみつけてくる。
「時任七桜はどこです?」
一瞬、七桜が全身ガムテでぐるぐる巻きにされて水槽に突っ込まれる光景を想像し、首を振った。
それに全然他人事じゃない。俺だって充分そうされる可能性はある。ゴキブリの味方はゴキブリだから。
それも公開捜査の対象っていう超ド級のゴキブリを逃がしたら、執行部のトップだろうが何だろうが、ただですむはずがない。
絶望的な気分の中、意地だけで笑顔を浮かべた。
「おとなしく白状すると思うか?」
「そうしたほうがいいと思います」
昴がスタンガンを出して構える。
「邪魔するなら、その場で駆除しろって言われてるので」
「ここで? マジか…!?」
顔をしかめつつ、低い姿勢から昴の足を払った。倒れた彼女の手から落ちたスタンガンを蹴り上げると、それはサッカーボールみたく弧を描いて遠くへ飛んでいく。
「ハッ」
そのまま逃げようとして、跳ね起きた昴にタックルを食らい、またしてもコンクリに倒れ込む。もがく俺に必死にしがみついたまま、彼女は声を張り上げた。
「翔真! やって!」
「替われ!」
翔真は昴と入れ替わるようにして、仰向けにした俺の上に馬乗りになった。
「誰か押さえて!」
昴の指示に、メンバーが二人で俺の両腕をつかみ、バンザイの形で床に押さえつけてくる。
身動き取れない俺の上で、翔真が喉にナイフを押しつけてきた。
「斗和、目ぇ覚ませ! 頼む!」
訴える顔は、互いに必死だ。
「覚めてるよ! おまえこそ〈生徒会〉に未来なんかないって気づけ!」
「おまえ正気か!?」
「俺達はまちがってたんだよ!!」
「だまれ!!」
「ずっとだまされてた!!」
「だまれぇぇぇ!!」
翔真は逆手ににぎり直したナイフを振りかざす。
(殺られる――)
覚悟を決めるも、翔真はナイフを振り上げたままだった。
慣れてるはずなのに。これまで、何度もやってることなのに。
「――――」
見上げる俺の上で、翔真は固まっていた。
「…いや、ねぇよ!」
しばらくしてナイフを下ろし、吐き捨てる。
「何だよこれ! できるわけないだろ! 無理に決まってんじゃん…!!」
わめき散らす翔真のナイフを、昴が横から奪った。
「じゃあわたしがやる」
え? と思った――俺の、胸に。
昴が思いきり体重をかけてナイフを埋めてくる。
自分の胸に突き立ったナイフを、俺はぼう然と見つめる。
「斗和ぁぁぁぁ!!」
「〈生徒会〉は不滅よ…!」
急速に薄れる意識の中、翔真の絶叫と、昴の叫びが、幾重にも反響して俺を包み込んだ。
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