第10章 哀哭の生徒会①
七桜を見送った直後、スマホに来た〈生徒会〉の召集メッセージに従って俺も家を出た。
雨が降ってる。天気予報によると、大きな前線が近づいてきてるせいで、これからしばらく強い雨が続くらしい。夏の嵐か。
(ちょうどいい)
今日ばかりは、うっとおしい雨に感謝した。
〈生徒会〉の班が八木の拠点――閉鎖された小さな公民館を急襲する頃には、おそらくもぬけの殻になってる。その後、八木と七桜の捜索をするにしても、降りが強くなればなるほど視界が悪くなる。
あとは俺が足を引っ張れば――
電車に乗った俺は、いつもは降りない駅で降りて、コンビニに寄った。
特に買うものはないけど商品棚を見てから何となくマンガを読む。
俺のスマホに翔真からLINEが入った。
『どこにいんだよ? みんなとっくに集まってんのに』
複数の班が合同で動く時、必ず執行担当の俺が指揮を執る。
しびれを切らして待ってるんだろう。
「いま向かってる」って打った。
『遅れたら置いてくから』
「すぐ着くって」
そう打ちつつ、コンビニを出てから目についたゲーセンに入って、一回だけゲームをしたり。それからようやく電車に乗って本部に向かった。
建物の近くに着いてから、全速力で駆け込んでいく。三班、十五名が集まっていた。
当番の班はすでに通常の駆除に出てるはず。つまりここにいるのは非番の班だ。
「悪い。出がけに家族と揉めて――」
制服についた雨を払いながら俺が近づいていくと、集まっていた全員がふり向いた。
その時、こっちを見る目に違和感を感じる。
「みんな、どうかした…?」
「おう、来たか」
英信が軽く手招きをしてくる。近づいていった俺の退路を断つように、十五名が出口側にさりげなく壁を作った。
「なに…?」
「なぁ、おまえんとこに時任七桜がいるってマジか?」
「――――…っっ」
ふいうちに心臓が音を立ててこわばる。
全身から血の気という血の気が引いていった。
(なんでバレた?)
混乱する中、翔真が言う。
「ついさっき真哉から聞いた。おまえに時任七桜を預けたって…」
真っ青になった俺に、みんなの目が集まる。英信のグレーの目もひたりとこっちを見据えていた。
「ちゃんと駆除したか? 報告が上がってこねぇのはなんでだろうな?」
その時、崇史のスマホが鳴った。短いやり取りの後、通話を切って言う。
「斗和の家に時任七桜はいないそうだ。だが痕跡はあるらしい」
「――――」
つまり…俺がいなくなってからウチに〈生徒会〉が踏み込んだ? 茉子がひとりでいる家に?
理解した瞬間、頭に血が昇った。
「て、め…っ」
詰め寄る俺の顎を、英信が思いきりつかむ。抵抗すると、そのまま壁にたたきつけてきた。
後頭部への衝撃と痛みにうめく。英信は押し殺した声で告げてきた。
「なんだそのツラは? 一度や二度、遊ぶことに目くじらたてたりしねぇよ。でも手玉に取られてどうするよ? おまえ〈生徒会〉の顔なんだぞ? あぁ?」
もう一度、力まかせに壁にたたきつけてから、英信は俺を放り出した。くずれ落ちたところを二度、三度と蹴ってくる。ラフに蹴り上げているようにしか見えないのに、鳩尾や胸にクソ重い衝撃が響き、息ができなくなる。
「おまえ、今日は参加しなくていいわ」
肺を刺す痛みにじっとり冷たい汗をかく俺に背を向けて、周りに指示を出す。
「総指揮はとりあえず翔真が代行な。翔真班は、昴が替わりに班長やれ」
その指示に、昴が溌剌と答える。
「はい!」
指示に応じたメンバー達が、次々と食堂を後にしていく。英信は悠然とそれを追いかけながら、居残りのメンバーに向けて俺を顎で指した。
「とりあえずそいつを閉じ込めとけ。あ、スマホ取り上げてな」
※
本部には、芋づる式に仲間の居所を聞き出せそうなゴキブリを、しばらく閉じ込めておく小部屋がある。
といっても普通にきれいな部屋なんだけど、いかんせん何もない。時計すらない。
何もないから何もできない。外の状況がわからないことに、ただジリジリ焦りながら過ごすしかない。
おまけに鳩尾と胸の痛みが全然引かない。特に左側が、息をするだけで刺すように痛む。
「やばくない? これ…」
リノリウムの床に大の字になって天井を見上げてうめいた。手のひらで左の肋骨を探るようにさわる。いちおうちゃんと内臓守ってるみたいだけど、さわるとメチャクチャ痛ぇ…。
額や背中に、じっとりとした冷や汗がにじむ。ぼんやりとした時間が、どのくらい経ったのか――
しばらくして外から鍵を開ける音が聞こえ、響貴が小部屋に入ってきた。
音を立てないようにドアを閉め、床で寝てた俺に没収されたスマホを放ってよこす。
「遅くなってごめん。――これで借りは返したよ」
「――――」
それ以上訊くことなく、俺はほぼ誰もいない本部から、痛む胸を抱えつつ抜け出した。
時間を確認すると、深夜一時。
天気予報の通り、外はひどい嵐だった。たたきつける雨の中を走り、八木秀正の居場所だという閉鎖された公民館に向かう。
途中、公衆電話で一一〇番通報をした。その場所で、〈生徒会〉の制服を着た連中がバカ騒ぎをして火をつけてるから見に行ってほしいって。
三十分くらいで現場に着いた時、ねらい通りパトカーの赤色灯が目に入った。
物陰に身を潜めて様子をうかがうと、公民館の前で英信が警官と話をしている。そのうち英信がみんなに引き上げの合図を出し、〈生徒会〉の面々はその場を引き上げた。
目をこらして見ていたものの、その中に八木秀正らしき人間はいない。あと、特別何かを――PCや通信機器を持ち出した様子もなさそうだ。
しばらく待っていると、警官ふたりが公民館をひとまわりして出てくる。パトカーが走り出すのを見届けて、俺もそこに入っていった。
予想はしていたけど誰もいない。…てか。
「なんだこれ…」
スマホのライトを頼りに隅から隅まで見てまわったものの、そこはただの打ち捨てられた建物だった。部屋という部屋には厚い埃が積もり、大勢のぬれた靴跡以外は、最近誰かがそこに踏み入った気配がない。
英信達が片づけたとか、そんな感じじゃなくて。機材を置いたとか、コンビニで買ったもんを食べたとかそういう、人のいた痕跡が何もないのだ。
「どういうことだ…?」
スマホのライトを消して、急いでそこを出る。
(亜夜人がまちがえたのか?)
「――――」
少し考えて、それは大いにありうる気がした。大怪我をして、しばらく役に立てない状況になって、何か手柄を立てようと焦っていたみたいだから。
(おい、勘弁してくれ…)
てことは俺、あんなにカッコつけて七桜にデタラメを教えたってこと??
「ちきしょう!」
自分のマヌケさが情けなく、雨に負けないよう叫ぶ。キリキリ痛む左の肺を押さえていると、どこからか、かすかな声が聞こえてきた。
「…斗和?」
「七桜か? どこだ…っ」
雨の中、あわててあたりを見まわす。呼びかけに答えるように、立木の陰から七桜が出てきた。
ウィンドブレーカーにショートパンツ。ずぶ濡れだけど、怪我とかしてる様子はない。
「………っ」
無事だったのか。よかった。ゴメン。ホントすまねぇ。
色んな言葉が頭の中を駆けめぐった。くたくたと膝から力が抜ける。しゃがみこんで手で顔をおおう。
「…生きてた…っ」
ここに来るまでの最大の心配事をしぼり出すと、七桜は俺の前に立って見下ろしてきた。
「死ぬとこだったよ」
ため息交じりにボヤいた後、しゃがんで目線を合わせてくる。
「マジあてになんないやつ」
「ホントごめん…」
「最悪」
「うん」
「でも――」
ぶっちょうづらで、七桜はぼそぼそと言った。
「恐かった。来てくれてありがと…」
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