第8章 惨害 ③

「これからどうなるんだろ…」

「どうなろうと、自分のやらなければならないことをやるだけだ」

「ブレねぇな」

「じゃあ俺はこれで――」


 歩いて駅前に着くと、崇史がそう断ってくる。

 俺は「あぁ」と右手を軽く上げて応じた。


「つき合ってくれて助かった。俺ひとりじゃ色々無理だった」

「いや」

「あと、このあいだのキャロットケーキ、クソ美味かったから作ったらまたほしいって、うちの妹が言ってた」

「――――」


 何気ない俺の言葉に崇史は目を瞠った。それからさりげなく目を伏せる。


「…あぁ、覚えてたらな」

 ごくごくさりげなく低い声で答えたものの、無骨な男の頬はうっすら色づいている。


(は? なにここ照れるところ??)


 いつも鉄面皮な相手の、思いがけないデレ顔を見た俺かなり動揺。立ち去る背中見つめぼう然。人にぶつかられ我に返るハッと。そして思い出す大事なコトnow――


(いかん。驚きすぎてラップになった)


 よく考えたら方向一緒なんだから別れる必要ないじゃん。ていうか俺、本部に行く前に亜夜人の見舞いに寄るけど、おまえもどう?


 かける言葉を考えて改札に入っていった俺は、周囲から頭ひとつ飛び出した相手のシルエットを追いかける。


「崇史――」


 ホームに降りる階段の手前で見つけ、声をかけてから、ふと足を止めた。

 ふり向いた崇史の横に、中学生くらいの女の子がいる。

 崇史は無愛想に応じた。

「なんだ」


「あ…や、俺これから亜夜人の病院行くけど、どうかなって…」

「俺はまっすぐ本部に向かう」

「あ、そ。えぇと…カノジョ?」

「妹だ」


 そう答える唐変木の向こうで、女の子が小さく会釈する。


「あ、どうもー」

 へらっと笑って右手を振る俺にうっとうしげな目を向け、崇史は女の子を促して去って行った。


 なんだよ。そんな警戒しなくても、うちの茉子のほうがかわいいし!

(そういや翔真が言ってたっけ。崇史はシスコンだって)


 でも二人はそんなに仲良さげな雰囲気じゃなかった。

 キャロットケーキをリクエストされた時のほうが、うれしそうな顔してたな…。

 それが、少しだけ引っかかった。


       ※


 結論から言うと、俺は亜夜人の見舞いには行けなかった。


 病院に着いたとたん警察に邪魔されたからだ。立ちふさがった二人の刑事は、俺が着てる〈生徒会〉の制服と、包帯だらけの姿をうさんくさそうにジロジロ眺めてくる。


「なんすか」

 眉を寄せた俺に、片方がいちおうって感じで確かめてきた。


「美陵斗和か?」

「はぁ…」

「君を美陵みささぎ泰子やすこ殺害の容疑で逮捕する」

「……」


 頭の中のデータベースで、その名前を検索する。該当データなし。


「え、だれ?」


 心の底から本気で訊くと、刑事はあきれたように応じた。


「父親の再婚相手の名前も知らんのか」

「――――」

 息を詰める俺の腕に、手錠が掛けられる。

「八月八日、午後四時二十一分、逮捕」


 刑事ドラマでよく耳にするセリフを、俺はどこか他人事のように、ぼんやりと聞いた。

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