第8章 惨害 ②

 警察、消防、救急。

 後始末は死ぬほど対応することが多くて、気がつけば夜が明けていた。


 爆発があったのはビルの前面。よって裏にいた翔真班は無傷。でもビルの表にいた絢子の班に関しては、降ってきた瓦礫やガラス片で、俺も含め全員が負傷した。


 自爆したゴキブリは死亡。

 どうやらガソリンを床に撒いて待ちかまえ、〈生徒会〉がドアを開けると同時に火をつけたらしい。


 けど不幸中の幸いというか、火をつけるのが少し早かった。


 その時、上の階にいた海人の班は、まだ階段に身を潜めていたんで爆風を受けなかった。――ドアの鍵の開錠に当たった一人と、その近くにいた亜夜人を除いて。


 開錠に当たっていたメンバーは死亡。亜夜人は、瓦礫の下敷きになって意識不明の状態で発見された。


 明け方、病院で切り傷の手当を受けながら、ぐらぐらする俺の頭の中では、ずっとゴキブリの声がまわっていた。


〈少しでええ。気の毒や言うてほしかった。チィが死んでツラかったなぁって、誰かひとりでも声かけてくれれば――そうすれば、もっとちがう道、選んだかもしれんねんけど…〉


       ※


 その事件をきっかけに、〈生徒会〉はパニックになった。

 これまで、自分達が駆除することはあっても、逆はありえなかったから。


 ゴキブリから多少の反撃はあっても、命に関わるようなものはなかった。だからどこかで舐めていた。自分が死ぬなんてありえないって。


 その可能性を急に突きつけられて、みんな動揺した。


 おまけにこの件がニュースになると、世間でまたしても〈生徒会〉に批判的な意見が強まった。

 恋人の死に殉じる形で自死を選んだユーチューバーへの同情もあったが、それだけじゃない。


 過激な行為に走るまでゴキブリを追い詰め、おまけに爆破を阻止できなかったことが問題視された。――今後、それが一般市民を巻き込まない保証はないと、不安が噴き出したのだ。


「私はいつも息子に言ってました。テロリストを強硬に追い詰めれば、それだけテロの起きる危険性が増すんじゃないかって。そのへんの難しい判断を、あの子みたいな子供にできるはずがないって。きっといつか、取り返しのつかないことになるから止めなさいって、あれほど言っていたのに…!」

 ゴキブリ自爆事件の数日後、俺は崇史と、〈生徒会〉メンバーの家を訪ねていた。


 牧野まきの海人。事件の時、廃ビルの中にいた班の班長だ。


 崇史につき合ってもらったのは、俺の顔にでっかい絆創膏が貼られていたり、あちこち包帯を巻いた姿だったから。爆風で飛んできたガラス片にざっくりやられたせいだ。


 響貴は亜夜人のことで忙しいし、結凪は仕事で無理らしいし、英信は論外だし。崇史なら大人受けする雰囲気だからいいかなと思って付き添いを頼んだ。


「――――…」

 その崇史と二人、言葉を失って立ちつくす。


 海人はあの時、階段にいたから無傷――ではあったんだけど。

 でも訪ねてきた俺と崇史を迎えるでもなく、延々自分の部屋の壁をたたいている。


「おい、海人…?」


 呼びかけても反応なし。ただ壁をたたき続ける。

 俺達の後ろで、海人の母親は重いため息をついた。


「病院に連れていこうとしても『Gにねらわれてる』とか言って、家から出たがらないんです。いったい何なんですか、あなた達は。他人の家の子をこんなふうにして、どう考えているの? 元に戻してちょうだい。今すぐ、この子を元に戻して…っ」


 強く訴えながら、彼女は崇史の制服をつかんで揺さぶる。

 崇史は、表向きは動じる様子なく、彼女に向けて深々と頭を下げた。


「海人君を危険にさらしてしまったことに関しては、監督する立場にある者として大変申し訳なく思っております。代表者に替わり、深くお詫び申し上げます。ですが海人君が〈生徒会〉に参加してくれたことに関しては謝罪できません」


「――――」

 反論しようと息を吸った母親の前で顔を上げ、崇史は相手を見据える。いつも俺らを威圧する硬質な眼差しで。


「それは本人の意志です。ご家族を守りたい、この国を守りたいという、彼の純粋な思いです。それを我々が否定するような真似は致しかねます」


「詭弁だわ! 見て、この子を!!」

 母親が大声を出した。その瞬間。

 ひとりで壁をたたいていた海人は、ビクッと身体を振るわせた。

「自爆する!」


 そう叫ぶや、部屋の隅にあったゴミ箱に入ろうとした。


「………………」


 俺の背中がぞわぞわ冷える。

 シン…と静まりかえった部屋の入口で、崇史が静かに口を開いた。


「…病院に連れて行く際、お声がけいただければ協力――」

「けっこうよ!」


 母親は、俺達を追い立てるようにして勢いよくドアを閉める。

 その前に仁王立ちになると、腰に手を当て、鬼のような形相で俺達を怒鳴りつけてきた。


「今後一切うちの子に関わらないで! 出てってよ! もう二度と来ないで…!」

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