第8章 惨害 ①
卒業を思いついた時、わりとマジメに考えたけど、すぐにひとつ問題があることに気づいた。
七桜だ。彼女をうちに置いてるうちは辞められない。彼女が〈西〉に亡命してからでないと。
(そろそろ実現するって言ってたけど、今どうなってんだ…?)
次に会った時に訊いてみよう。
カレンダーはいつの間にか八月に突入している。俺が〈生徒会〉に入って三ヶ月がたっていた。
※
その日の夜――オフィスと繁華街が入り交じるその一角は、午前零時を過ぎてもぽつぽつと人通りがあった。
人目につかないよう注意して、〈生徒会〉の面々がみすぼらしい廃ビルを囲む。取り壊されるのを待つばかりの、そのビルの中に今夜の獲物がいる。
翔真の班と、あとふたつ――三つの班で駆除作業に当たることになっていた。ついでに、いつもは現場に出てこない亜夜人も来ている。なぜなら今夜のゴキブリはちょっと特別だから。
身を潜めた俺達は、亜夜人のタブレットパソコンを眺める。画面にはライブ配信が映っていた。
懐中電灯をひとつつけただけの暗い部屋のなかで、二十代の男がぼそぼそ話している。
『いやもうホンマ、〈生徒会〉にチィ殺された時には俺も死のう思うたんやけど…けどやっぱ悔しいやん。仇も取らんと天国行ったかてチィによう怒られるだけやとも思うし。いや実際、死んだら負けやで。俺が死んだら、俺らがムダに死ななあかんかったことも忘れられるだけやしな…』
最近、巷で注目を浴びているユーチューバーだった。
チィっていう彼女を〈生徒会〉に駆除されたと、〈生徒会〉をディスる動画投稿をしてるゴキブリ。〈愛国一心会〉なんかとは関係なく、フリーで動いてるらしいが、その活動はとても見過ごせるものじゃなかった。
どうやら夜に〈生徒会〉の制服を着たメンバーの後をつけたようで、これまで何度か駆除の現場の撮影に成功している。おまけに〈掃除屋〉が回収する前の〈ゴミ捨て場〉まで撮影。それらの動画を全部ネットにアップしたのだ。
おかげで今まで隠してきた〈生徒会〉のエグい部分が一般の目にふれてしまった。
すぐに情報部がプロバイダーに連絡して削除要請をしたものの、その後も〈生徒会〉のやばい動画をくり返し配信。いたちごっこが続いている。
こっちが削除したとしても一定数の目につくし、一度ネットに流れたデータを完全に消去するのは難しい。早く何とかしないとっていうんで、亜夜人が全力でそいつの居場所を捜しだした。
それがここ。現在、ゴキブリはこの廃ビルのどこかにいる。
その時、上の階に送った班の班長、
『見つけた。四階だ。声が聞こえる。でもドアが閉まってて、フロアの中の様子がわからない。これ、もしかしたらドアに鍵がかかってるかも…』
「気づかれた様子は?」
『まったくない。ところどころ、めっちゃワックスが塗ってあったり、鈴みたいなもんがばらまかれてるけど、誰も引っかかってないし』
「なんだそれ。罠のつもりか…?」
ため息をつき、亜夜人のタブレットの中の配信を見る。
ゴキブリはぶつぶつ独り言をつぶやき続けていた。
『じゃあどうする? ってすごい悩んで、ほんま何日も眠らんと悩んで悩んで。チィが殺されたのに、何もなかったみたいに平然としてるこの国の人達に、俺のこの思いを、死ぬほどツラい気持ちを、どないしたら伝えられるんやろう思うて、で、アレコレ考えて動画の投稿を始めたんや…』
亜夜人が不愉快そうに鼻を鳴らした。
「この配信、今すぐ止めてやろうか?」
「待てって。こいつが動画配信に気を取られてたほうが近づきやすい」
「わかってるよ! あー早く潰したい!」
無線のイヤホンをいじりながら、亜夜人は忌々しげに吐き捨てる。
「こいつと八木秀正は一瞬でも早く死んでほしいな~。生かしとくだけ空気のムダだし」
「…え?」
八木秀正。聞き覚えのある名前だ。確か、七桜が言ってた〈西系〉のジャーナリスト。
思わず反応した俺に、亜夜人は片眉を上げた。
「あぁ、斗和も知ってるんだ? あいつさ、すんごい巧妙なんだよね。ネットの中に隠れるのがうまくて、なかなか見つからないんだ。僕もう一ヶ月近く追いかけてるんだけど…」
亜夜人から一ヶ月も逃げ続けるのは、確かにすごい。ただ者じゃないのはまちがいなさそう。
「あとネットじゃあんま目立ってないけど、時任七桜もめんどくさいんだよね」
「…え?」
「彼女、八木のシンパらしくて――」
その時、ふたたび上の階にいる海人から無線で連絡が来た。
『確認した。ドアの鍵はこっちで簡単に開錠できる』
「よし――」
俺がうなずくと、亜夜人が手を挙げる。
「僕も上に行くよ。こいつを潰すところまで配信させるわけにいかないし、気絶させてそっこーカメラ切ってやる」
「おぉ、頼むな」
俺の声と同時に亜夜人が走り出した。物陰に隠れながら廃ビルに近づき、中に入って行く。
「亜夜人が現着したら駆除開始だ」
『あぁ』
上の班の返事を受けて、同じ無線を聞いているはずの翔真にも声をかける。
「翔真、大丈夫か?」
翔真の班は、ゴキブリが逃げた時に備えて廃ビルの裏にいる。
『いつでもオッケー。きっちり網張ってるぜー』
「
『問題ありませーん』
絢子は、ビルの表を警戒している班の班長。落ち着いた返事に、すべて順調だと確信した。
大丈夫。失敗はあり得ない。
そう考えた俺の頭の中で、さっきのゴキブリの言葉がまわる。
『…何もなかったみたいに平然としてるこの国の人達に、俺のこの思いを、死ぬほどツラい気持ちを、どないしたら伝えられるんやろう思うて、で、アレコレ考えて…』
アレコレ考えて、動画の投稿や配信を始めて、それからどうするって言ったんだっけ?
なんとはなし思い返す。
『少しでええ。気の毒や言うてほしかった。チィが死んでツラかったなぁって、誰かひとりでも声かけてくれれば――そうすれば、もっとちがう道、選んだかもしれんねんけど…』
あれ、と思う。
(こいつまさか死ぬ気なんじゃね?)
ふと思いついたことを、無線で亜夜人に伝えようとした、その時だった。
ドォォォォン!!
上のほうでデカい爆発音がして、四階が一瞬、赤く光る。
その後、突風に煽られたガラス片やこぶし大の瓦礫が、嵐のように降り注いできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます