第7章 真実は風の前の塵に同じ ③
末端メンバーが勝手に響貴の家に押しかけたことは、英信と亜夜人を激怒させた。
それに関しては、響貴がふたりをなだめた。
幹部を疑うくらい、彼らが使命に熱心なのは悪いことじゃない。きちんと指導すれば〈生徒会〉の重要な戦力になる。そう主張して、十名をしばらく総務の事務作業でこき使うことになった。
ゴタゴタが収まったかと思われた――その矢先、またしても末端メンバーが暴走しての事件が起きた。
夜の繁華街を歩いていた〈生徒会〉のグループが、複数の大人に囲まれ、「バカなことをやってると、ろくな人間にならないぞ」と説教をされたのが発端だった。
相手は酔っ払っていたらしい。口論が高じて「人殺しの分際でえらそうに!」と言い放った酔っ払いのせいで、その場で乱闘になりかけ、周りの人間に引き離された。
…のは、まだいい。いや、よくないけど、これまでにもちょいちょいあった。
最悪だったのは、当該メンバー達は酔っ払いの中心にいた男の後をつけ、ひとりになったところで、暗い路地に引きずり込んでタコ殴りにしやがったことだ。
「〈西〉の味方をする人間はゴキブリも同然」とかいう、例の理屈で。
メディアはいっさい報じなかったものの、その情報はSNSのなかを駆けめぐった。
おまけに、やらかしたのは全員執行部隊の連中。ってか昴を中心とする、例の十人だった。
「またおまえらかよ!!!」
翌日、本部に向かった俺は、そいつら全員並ばせて憤激の説教タイム。
「〈西〉の味方したらそいつもゴキブリなんて、俺がいつ言った!? 言ってねぇだろ!? 〈東〉の人間には手ェ出すなって言い続けたはずだな!? ちがうか!?」
俺の叱責にも、昴や他のやつらは、納得いかない顔で言い返してきやがる。
「でも英信さんは、ゴキブリは〈西〉のテロリストを支援するから害虫って言ってたじゃないですか!」
「だったら当然、ゴキブリの味方をする人間も、害虫ってことでしょ!?」
「そうだ! たとえ〈東〉の市民でも、国を攻撃する人間をかばうならゴキブリだ!」
「ふっざけんな!!」
イキっていた連中も、怒りMAXの俺にどなられて黙り込む。
「〈生徒会〉の力の矛先を一度でも〈東〉の人間に向けてみろ。とたんに世間は、いつか自分も攻撃されるかもしれないって警戒するようになる。〈生徒会〉は、逆らったら何するかわかんねぇ連中だって思われて、存在そのものに否定的になる。つまり、まんま俺ら自身の首を絞めることになるんだよ。そんなこともわかんねぇのか!」
俺らがこうして法律ギリギリのとこでやっていけてるのも、社会の支持があるから。それを失ったら絶対にやっていけない。
そう説明しても、昴はムキになって言い返してきた。
「でも、どんな事情があっても、〈生徒会〉への批判を放置するわけにはいきません」
使命感に満ちた必死な顔で訴えてくる。
「それでなくても最近、じわじわと〈生徒会〉の活動をディスる意見がネットで増えてきてるんですよ。ここで厳しく対応しておかないと――」
「は?」
とうとう彼女の襟首を、思いきりつかんで締め上げる。
「おまえ何言ってんの? 俺の言うこと聞こえなかったの?」
顔を近づけて、低い声で訊き返すと、ぴりぴりしていた昴もようやく頭が冷えたみたいだった。
こわばった顔で、こくこくとうなずく。
そんな昴を突き飛ばすように解放し、俺は他のヤツらを見まわした。
「ゴキブリ駆除で暴力がクセになって忘れてるみたいだから言ってやる。わざと人を怪我させるのは犯罪だ。〈東〉の市民――つまり人間への手出しは厳禁。破ったら、次は俺が警察に突き出す――覚えとけ」
※
今年の夏は真夜中でもしつこく暑さが続く。
その日も、じっとりと暑いなかでの駆除だった。倒れ伏して動かないGの首にワイヤーを引っかけ、いつものように力いっぱい締めつける。
慣れた作業だ。でもその時、何か変だと感じた。
「…え?」
Gが急に抵抗を始めたのだ。始める前、確かに意識を奪ったのに。いや、そもそもこんなに長く絞めたんだから、すでに死んでるはずなのに!
俺は焦って力を込める。
噴き出した汗がしたたるほど懸命に、力を込めて相手の首を締め上げる。
にもかかわらず、皮膚に深くワイヤーを食い込ませたGが、カッと目を見開いた。目玉がこぼれ落ちそうなほど大きく瞠った目が、ぎょろりと俺を見る。
絞られた喉から、出るはずのない声が出る。
…なぜ…っ、…なぜ…!
地獄の底から響くような気色悪い声に、ざらりと脳みそをなでまわされた。
「――――…!?」
飛びすさって離れる。尻餅をついて喘ぎつつ、死なない死体を眺める。
(いや…)
よく見れば、相手はすでに死んでいた。うつ伏せに倒れたまま、ぴくりとも動かない。
暑さで頭がおかしくなって幻覚でも見たのか?
「…びっくりさせんなよ…」
心の底から大きく息をついて立ち上がる。ゴキブリの死体の肩に足先をかけ、ひっくり返す。
その瞬間――
現れた顔を見て、俺は悲鳴を上げた。
※
「じいちゃん…!」
「うっさいなー」
ガンガン肩を蹴られる感覚に、意識は急速に現実に戻って来た。
見慣れた実家の天井。まとわりつく、うだるような熱気。それから肩を蹴られる振動。
「……」
混乱する頭で記憶を整理するうち、色々と思い出してきた。
学校の後、様子を見るために実家に寄ったら、元々俺のだった畳の部屋に七桜がひとりでいて、でもロータイプのパソコンデスクに貼りついててこっちを完無視してきたから、畳の上に横になった。…いつの間にか寝てたらしい。
七桜があきれ顔でこっちを見ている。
「すごいうなされてたけど。最後のひと声が、じいちゃんって何なの?」
「…ほっとけ…」
のろのろ起き上がる。背中が汗でびっしょりぬれていた。気持ち悪い。
起き上がって、ぼんやりする。
何でこんな夢見るんだ?
これまでにも駆除の夢を見ることはあった。でもこんな変なのは初めてだ…。
「――――」
ふと視線に気づいて顔を上げると、七桜がじっとこっちを見ていた。
「何だよ」
「…あんた、なんでわたしをかばうの?」
「…………」
畳の目を見下ろして、言うかどうしようか、少しのあいだ迷う。でも結局、打ち明けた。
「じいちゃんが…おまえを助けて駆除されたって聞いたから」
「え?」
七桜がみるみる青ざめる。
「じゃあ…あの時のおじいさんが…斗和の…?」
「そうらしい」
「…………」
しばらく言葉を失った後、七桜は俺の前まで移動してきた。
「…あの、わたしにこんなこと言われても、嬉しくないかもしれないけど…あのおじいさんは、すごく立派だった」
「――――」
「〈生徒会〉の連中に囲まれてるわたしを見て、毅然と割って入ってくれて…、〈生徒会〉の人間にどなられても全然動じてなくて…」
「あー」
それは、いかにもな話だった。じいちゃんは気骨のある頑固者だったから。
「わたしは、確かにあのおじいさんに助けてもらった。ありがとうと、ごめんなさいを言いたい…」
七桜はそう言って涙ぐみ、うつむいた。
「ひとりだけ逃げちゃって、ごめんなさいって…」
「気にするなって、言うと思う。もし生きてたら」
もしじいちゃんが生きてたら――そう考えて気持ちが重くなる。
「…俺のほうがよっぽど、じいちゃん怒らせそうなことしてる」
「どんな人だったの…?」
「まっすぐな人。色々考えが古かったりもしたけど、でもかっこよかった」
「かっこいい? おじいさんが?」
「あぁ――」
話をするうち、ふと古い記憶がひとつ、甦ってくる。
「昔、言われたことがある。『ケンカしていいのは負けてるうちだけだって』」
小学生の頃。同級生二人とケンカして、楽勝で負かした時。
家に帰って、意気揚々と報告した俺に、じいちゃんは言った。
「『勝てるケンカはケンカじゃなくて、ただの弱い者いじめだ』って」
「へぇ。確かに。かっこいいね…っ」
涙目をこすりながら、七桜が笑う。
でも俺は逆だった。自分で言った言葉に、がつんと頭を殴られたみたいになって。
(俺、何やってんだ…?)
そう思ったとたん、急にぐわっと熱いものがこみ上げてきて、胸をいっぱいにして、あふれ出した。
畳の上に、ぽたぽたと涙が落ちる。
食いしばった口から、抑えようと思っても抑えられない、情けない声が漏れ出す。
「…斗和?」
当たり前だけど七桜は困ってるみたいだった。
でもそのうち、寝汗でしめった俺の背中をなでてくる。…だまってなでてくる。
「もしかして、おじいさんが亡くなってから、まだ泣いてないんじゃないの?」
指摘に、俺はわずかにうなずいた。それどころじゃなかった。
「ちゃんと泣いたほうがいいよ」
言われるまでもなく、両手で顔をおおって嗚咽をこぼす。
一度あふれ出したものは収まることがなく――
背中をなでる七桜の手を感じながら、卒業、の文字が俺の頭をかすめた。
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