第6章 そんなはずないのオンパレード④
「天王寺谷首相の暗殺事件の犯人は、〈西〉とは何の関係もないの」
時任七桜ははっきりそう言った。
「天王寺谷首相は熱心な民族主義者だったでしょう? それで自由連合――戦後この国を裏で支配してた外国の政治的、経済的な干渉を抑えて、この国の主権を取り戻すために、〈西〉との距離を縮めようとしていた。それは外国にとって都合の悪いものだったのよ。
でも首相は国民の圧倒的な支持を受けていて、とても政治的に葬ることはできなかった。よって親外国派の政治家達が結託して首相を暗殺して、いもしない〈西〉のテロリストに罪をなすりつけたの。わかりやすい犯人を仕立て上げるためにね。
野外ライブにトラックが突っ込んだテロ事件の犯人も、たまたま〈西系〉だったっていうだけで、過激派でも何でもない。
ずっと友達がいなくて、就職に失敗して、アルバイトもクビになって、社会から疎外されてるって思い込んだ、ただのニートの引きこもり。実際彼は『死刑になりたかった。人が集まる場所ならどこでもよかった』って供述してる。公表はされていないけど。
つまり〈西系〉に対する差別への抗議っていうのは真っ赤なウソ。全部デタラメなのよ。
諸外国もそれを察してる。それでも口を閉ざすのは、〈西〉を徹底的に悪者にする工作が、この国を自由連合寄りの政権にしておくのに有効だと理解しているから――」
俺にとっては初めて聞くことばかりの情報を、彼女は理路整然と語った。
「そんな情報、どこで?」
「
「は?」
「知らない? けっこう危ない潜入取材とかしてるフリージャーナリスト。その人、独自の取材でつかんだっていって、〈東〉政府の欺瞞を暴く情報を公開してるの。もちろん証拠もいっしょに」
「そんなの…それこそ、いくらでも好きなこと言えるだろ」
「八木秀正ひとりが言ってることなら、怪しいと思う。でもそういうわけでもないの」
七桜はずいっと踏み込んでくる。
「八木秀正は自分のつかんだ情報だけじゃなくて、海外の色んな国のニュースを紹介してる。私も見てみたけど、海外のメディアのなかでも、この国の〈西系〉迫害は〈東〉政府の仕組んだことだっていう見方が主流なのよ」
「じゃあその八木ってやつが、自分の意見に合う記事だけ選んで紹介してんだろ」
「その可能性は否定しない。でもそうでない可能性もある。一番良くないのは――」
七桜は俺からスマホを奪い取ると、検索ツールに勝手に有名な海外メディアの名前を入力した。
「気に入らない情報だからって、自分で見もしないでフェイクだと決めつけること」
淡々と言って、俺にスマホを返してくる。暗い目つきに背中がぞわぞわした。戻ってきたディスプレイの検索結果には、トップにその海外メディアが発信する日本語サイトが載っている。
(記事、日本語で読めるのか…)
そもそも海外メディアのニュースを見ようなんて、今まで考えたこともなかった。
スマホのディスプレイをスクロールすると、他にも色んな国のメディアの名前が出てくる。
この検索結果の向こうにあるのは、たぶん俺の知らない世界。そう思うと、結果をタップするのもためらわれた。
なかなかサイトを開こうとしない俺に、七桜が追い打ちをかけてくる。
「だいたい、ちょっと考えればわかることなのよ。天王寺谷首相は〈西〉政府と敵対してなかった。むしろ積極的に歩み寄ろうとしてた。〈西〉にとって、わざわざ〈東〉の反感を買うような手段で、排除する理由なんかどこにもない。そうでしょ?」
たたみかけてくる説明には迷いがなかった。まるでそれ以外、真実はないとでもいうかのように。
※
〈生徒会〉は、〈西系〉がこの国にテロを起こして社会を混乱させようとしていると言う。〈西〉は〈東〉にひそかな侵略戦争を仕掛けてきていると。
七桜はそれが全部デタラメだと言う。
どっちかが嘘をついてる――あるいはまちがった情報を信じてる。
(どっちだ?)
もちろん七桜だ。そうに決まってる。〈生徒会〉幹部の俺を混乱させて、取り込もうとしているにちがいない。そう思いながらも、理詰めの説明は心をぐらつかせてくる。
「くそっ! 余計なこと吹き込みやがって…!」
頭の中の毒は一日たっても消えず、ぐるぐる答えのない問いを考え続けた。おまけにもうひとつ、思いっきり俺を悩ませる情報が増えた。
今日、学校が終わってから様子を見に家に寄った時、七桜と俺はまた口論になった。正しいのは〈生徒会〉か、七桜か――言い合いが平行線をたどる中で、彼女が言ったのだ。
「〈生徒会〉に、小清水響貴っているじゃない?」
「…あぁ、いるけど」
警戒しつつ答えた俺に、七桜は言うかどうかちょっと迷う感じで切り出してきた。
「…〈西〉への亡命希望者たちのコミュニティで噂になってることなんだけど――その小清水って人、〈生徒会〉に追われてる〈西系〉の親戚を、自宅にかくまってるらしいよ」
「――――は…?」
爆弾発言にぽかんとする。
「…まさか。ありえない」
思わず首を振った俺に、七桜は淡々と説明した。
自由に外を出るのも難しくなった多くの〈西系〉は、ネット上で強固につながり、互いに情報を交換し合っている。その中でも特に信憑性の高いコミュニティで目にした情報だから、おそらくまちがいない、と。
「私の耳に入るくらいだし、きっと近いうちに〈生徒会〉の情報網にも引っかかると思う。賭けてもいい」
「響貴は〈生徒会〉の幹部だぞ!?」
それもトップの英信の幼なじみで、実質〈生徒会〉を仕切ってるといっても過言じゃない。幹部の中でも別格の存在だ。
さすがになかなか信じない俺を、黒い大きな瞳がじぃっと見据えてくる。いいかげん現実を見ろって目で。でも逆に、その突拍子のない情報が俺に自信を与えた。
(響貴がGをかくまってる? ――いや、ない。絶対ありえない!)
「わかった。もしそれが本当だったら、おまえの言うことを信じてやるよ」
軽く両手を挙げると、彼女はまだ不満そうだったものの、いちおう引き下がった。ダイニングテーブルの椅子を引いて、そこに腰を下ろす。
俺も向かいの椅子を引いて座った。それから七桜に言う。
「おまえ〈西〉に行けよ。色々くわしいし、ルート知ってんだろ?」
「――――…」
本当はすぐにでも別の部屋に移すつもりだったのに、七桜はなんだかんだ茉子と意気投合してしまい、なしくずし的にここに居座り続けている。けどもちろん、いつまでも置いておくつもりはない。
「〈東〉にいるのは危険すぎる。逃げられるうちに逃げろ」
「いや。わたしはずっとここにいる」
「なんでだよ? 危険をおかしてまで、い続ける理由ねぇじゃん」
「ある!」
七桜はうめくように答えた。
「私は…私は、〈生徒会〉を潰したい」
「え?」
「私は〈生徒会〉を潰したい。だからこの国で何が起きてるのか、必死に調べて、私なりに結果を発信してきたいきたい。あの組織はおかしいって、世間に気付いてもらえるように」
「…八木秀成みたいに?」
「そうね。彼は迫害される〈西系〉の希望。わたしは彼みたいに、どんなに不利な状況でも、情報を武器にネットで戦って、世間に真実を伝えていきたい。ひとりの犠牲も出さずに、いつかこの国の人達の目を覚まさせたい」
誇らしげに言ってから、七桜は軽く自嘲した。
「まぁ、そう言っても今のところ、どこに何を書き込んでもすぐ〈生徒会〉に見つかって、何もかも削除されちゃうから、全然読んでもらえないんだけどね」
でもそんな妨害にも負けずに、ちゃんと自分の名前を出して、何度でも何度でもめげずに記事を書いて、アップして、一人でも多くの人に、〈西系〉への敵視はまちがいだって伝えたい。
「わたし一人じゃ歯が立たないなんて、絶対に考えない」
七桜は決然とそう言いきった。
「死ぬかもしれないぞ」
「だったら、それがわたしの運命なんだよ」
「……」
まっすぐな目で言いきる彼女がまぶしくて目を伏せる。
逆に俺の自信は早くも揺らいでいた。無意識の中の罪悪感が――「しかたない」って言葉で、無数の違和感をねじ伏せ続けてきたことへの後ろめたさが、俺から力を奪う。
「…一ヶ月」
ややあって、俺はぼそりと言った。
「あと一ヶ月だけここに置いてやる。それまでに亡命の手筈を整えるなり何なりして、一ヶ月後には必ず出ていけ。それ以上は期待するな」
「一ヶ月だけ…?」
「そうだ」
七桜がネットで大々的に活動すれば、それだけ潜伏場所がバレる危険性が高まる。それはつまり俺の母親と茉子を危険に晒すってこと。
「それでもかまわないって言うなら、俺が今すぐおまえを駆除してやる」
そう言うと、さすがに七桜はひるんだようだ。小さな声でつぶやく。
「かまわないなんて、思うはずないでしょ…」
俺が七桜をかくまうのは、じいちゃんの死を無駄にしたくないから。それだけだ。
一度助けた彼女を死なせるのは寝覚めが悪い。でもそれが家族の安全を脅かすのは、何としても防がなきゃならない。一ヶ月は、譲歩できるぎりぎりの線だ。
はっきり告げると、七桜はくちびるを噛みしめてしばらくうつむく。でもやがて顔を上げた。
「…わかった。一ヶ月以内に身の振り方を決める」
俺を見る目はきつく尖っている。拾ってから三日。少しずつ開かれてきた心が、今また硬く閉ざされたのを感じる。
懐柔されるつもりはない。彼女をここに置くのは、じいちゃんが助けたかわいそうな女だから。俺の気まぐれで、偽善だ。
怒ったのか。それどもあきらめたのか。七桜はくちびるを引き結び、それ以降はひと言も声を発しなかった。もし自分を惨めに感じているのだとすれば、それはたぶん、俺も同じだった。
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