第6章 そんなはずないのオンパレード③

「おまえが具合悪いって言ってたから気になったんだろ? 風邪引いて走りまわって、どっかで人知れずぶっ倒れたらって考えるとおちおち遊んでられなくて、引きとめる仲間を振り切って追いかけてきたんだろ?」


「ありがとう。ありがとう。ありがとう。…もっと言うか?」

「もっと心を込めて」

「あ・り・が・と・う」

「誠意が伝わってこない」

「うぜぇ」


 ひとしきり俺に絡んだ後、英信は遊び仲間のもとに帰っていった。


 俺は結局〈生徒会〉の本部に寄って、響貴に諸々を報告しがてら、しばらく〈寮〉の翔真の部屋に泊めてもらうことを話す。


「何かあったの?」

「ちょっと…〈生徒会〉のことで、母親や妹とモメて…」


〈生徒会〉の中ではありがちなトラブルなんで、響貴はすんなり信じた。


「大変だね。これを機に斗和も〈寮〉に入ったら? 部屋なら用意するよ」

「それ、翔真にも言われたけど…」


 並んで歩くうち、自然と情報部の部屋に入っていく。


 白い会議テーブルが並んでる様子は、塾の一室みたいな感じ。でも塾とちがって、何かの対策本部みたいに、テーブルの上にはずらっとPCが置かれている。十名くらいのメンバーが、そこに向き直って作業していた。


「前から思ってたんだけど…ここって何やってんの?」


 何気なく訊ねると、自分でもPCをいじっていた亜夜人が答える。


「情報を集めたり、発信したり。――食べる? さっき崇史が置いてったんだ」


 ふり向いて渡してきたのはタッパーの容器。中身は、いかにも手作りっぽいクッキーだった。


「え、これ…」

「崇史のお手製。…お菓子作りが趣味なんだよ。知らない?」

「聞いたことあるけど…てっきり都市伝説かと…」


 おそるおそるひとつ取って食べてみる。うまい。


「崇史の『作りすぎたから』って絶対ウソだよね。自信作だからどうぞって素直に言えばいいのに」

 くすくす笑う亜夜人を、響貴が苦笑交じりにたしなめた。

「それは言わない約束だよ。武士の情けだ」


「響貴もひどいこと言ってんじゃん」

 すかさずツッコみつつ、雑談っぽく切り出してみる。

「情報を発信するってとこ、広報と重なるな」


「う~ん、情報部こっちはもっと積極的かな。〈西〉やGの存在がいかにこの国を脅かすかを、色んな場所に書き込んでいく。SNSや、ブログ、掲示板、情報サイトなんかにね。国民に危機感を持たせるために」

「――そうか…」


 今までみたいに、すんなり説明を受け入れることができなかった。

 七桜の仕込んだ毒のまわった頭は、〈生徒会〉にまつわる情報をまず疑おうとする。

 様子がおかしいことを察したのか、響貴が首を傾げた。


「どうした、斗和? 家族とのケンカ以外に何かあった?」

「そういうわけじゃないけど…俺、幹部なのに知らないこと多いから」

「なるほど。気づいて知ろうとするのはいいことだ」


 そう言うと、響貴は亜夜人の肩をつついた。


「あれを見せてやったら?」

「え? でも――」

「斗和は執行部のトップだ。資格はあるだろう?」

「…響貴がそう言うなら」


 迷う様子を見せながら、亜夜人がタブレットを操作する。

 ディスプレイに出てきた画像を、「他言無用で頼むよ」って言いながら俺のほうに向けてきた。


「僕の両親、ふたりとも警察官僚なんだ。公安ともつながってる。で、これを僕にくれた」

「これは…?」

「天王寺谷首相暗殺事件の犯人宅から押収された〈リスト〉は、実はふたつあったんだ。ひとつは皆も知ってる〈愛国一心会〉のメンバーや支援者名前が載っているもの。もうひとつがこれだ」


 亜夜人が指で示したその書類は、タイトルに〈抹殺対象者名簿〉って書かれていた。


「〈愛国一心会〉が、標的とするのに望ましいと推してる人間のリストだ。ちなみに僕の両親の名前も載ってる。あと英信と、崇史の親の名前もある」

「――え?」


 目を瞠る俺に、亜夜人がちらりと笑う。


「英信ってああ見えて政治家の息子なんだよ。崇史の父親は軍の偉い人」

「ってことは…」

 英信、崇史、亜夜人の親は〈愛国一心会〉に狙われているということか?

「英信が〈生徒会〉を起ち上げたのは…親を守るため?」


 世間では、〈生徒会〉は若者たちの自由意志で、自然発生したって言われてるけど…。そう言うと、亜夜人は肩をすくめた。

「あるわけないじゃないか、そんなこと。大人のお膳立てあってのことさ」


 響貴が続ける。

「この抹殺対象者名簿が発見されて、政府内に激震が走った。現在この国の政権を担っている親外国派の要人の名前がずらっと並んでいたからね。で、その人達は高校生に目をつけたんだ」


 静かな説明には、やけに説得力があった。


「軍や警察がやるのは法律が許さないし、国際問題にもなりかねない。だから子供にやらせようと考えた。もし仮に問題になったとしても、未成年なら愛国無罪を適用しやすいから」


「…本来の〈リスト〉のGは、本当に〈西〉のテロに関係しているのか?」

「名前が載ってる以上、無関係じゃないでしょ」

 何言ってんの? って感じで亜夜人が言う。


「メンバーは言わずもがな。シンパだって、計画に手を貸すなら立派な社会の害虫だ。大人の思惑に乗ってることは否定しない。でも国のためってことに違いはないよ。道徳的にやっていたら〈西〉の悪辣なやり方には太刀打ちできない。僕らの活動はまちがいなく、姿を見せない卑劣な敵から、この国の平和と利益を守ってるんだ」


 中学生とは思えない、凄みのある目で言いきる。少なくとも亜夜人はそう信じているんだと、はっきりと伝わってくる。

 でも俺の頭の中ではあの女が、それは捏造された情報だって目でこっちを見てた。

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