第5章 無敵感、やばい ③
長い脚をきれいに組んで、ハイスツールに腰かけた結凪がくすくす笑う。
「そうなんですよー。わたし本来ひとりでいるのが好きなタイプだけど、そのわたしですら〈生徒会〉の仲間意識には、ちょっとグッとくることありますからね」
数日後。
まさかの結凪からLINEが来て、俺は都内某所――民放テレビ局の、やたらシャレオツな撮影所に呼び出された。
行ったとたん、待ちかまえていた結凪と共に、小ぎれいな談話室に押し込まれる。周りには、カメラマンとか、インタビュアーとか、キラキラした社会人達。
レフ板持った人が真っ白な光を当ててくる。カメラのシャッター音がバシャバシャ響く。
いきなりのアウェー感に固まる俺とは対照的に、結凪は慣れた様子でしゃべっていた。
「部活とかとちがって、やっぱり世間にはなかなか理解されなくて、でも毎日大変な思いで活動しているわけじゃないですか。その苦労がみんなをつなぐのかな」
「じゃあ結凪ちゃんにとって、〈生徒会〉の魅力って何ですか?」
「そうですねぇ…。みんな、力を得るんですよ。自信、そして仲間っていう力を。だからその力を行使するのが楽しくてたまらないの。恋愛と同じ。罪深いですよ。日毎にその楽しさに慣れて、もっともっとと欲深くなっていくんです――」
なるほどぉ、とか、深いねぇ、とか。大人達がうなずいてる。
俺はその間、近くで見てもかわいい結凪の顔をぼんやり眺めていた。
(いや、ホント何なの。このシチュエーション…)
※
「広報活動よ」
撮影とインタビューが終わると、結凪は急に恐い顔になった。
「斗和はもっとトーク力を磨いて。なんなの? わたしひとりにしゃべらせて。やる気あんの?」
勝手に呼びだして勝手にキレてる。俺もムッとして言い返した。
「俺は広報の人間じゃねぇし。つか何も聞いてねぇのに、いきなり呼び出されて文句言われてもな」
「えー? 亜夜人から聞いてない? 言っといてって言ったのに」
「亜夜人にはここんとこ会ってないけど…」
「いいかげんだなぁ、もう!」
ぷりぷり文句を言ってから結凪は俺に向き直る。
「ようするに斗和は今、人気急上昇中なの」
「…人気って?」
「ほら、これ」
そう言いながらスマホを渡してくる。画面には、『あなたは誰が好き?〈生徒会〉メンバー人気投票! ベスト30』なる恐ろしいランキングが表示されていた。
「…なんだこれ」
「見たことない?」
「存在すら今知ったよ!」
「とにかく、入って二ヶ月でスピード出世した逸材って、なんだかスゴそうじゃない? おまけに執行担当っていう肩書きの響きもイイ感じっていうか。それで何と最新のランキングで、斗和は初登場六位という大健闘だったの。それで早速、さっきの雑誌が斗和を取り上げたいって食いついてきたわけ。でもいきなりひとりで取材なんてどう考えても無理ゲーでしょ? だから、わたしがつき合ってあげようってことになったのよ。なのに斗和、何もしゃべんないし、私ばっかり…」
なおもブツブツ続く声に背を向けて、周囲を見まわす。
まだ撮影所の建物の中である。エレベーターで階を移動しても、雰囲気は変わらなかった。
明るくて小ぎれいで、空気は溌剌としてて、行き交う普通のスタッフでさえオシャレに見える。
「広報ってそんなことしてんのか」
「そうよー。少しでもみんなが大手を振って活動できる環境を整えようと、日々頑張ってるのよ」
雑誌、テレビ、ネットで、〈生徒会〉の活動を説明し、世間を味方につける。同時にグッズを作って売り、若者に親近感を抱かせ、そのなかでの存在感を誇示する。
そういうのが広報の仕事らしい。
スタジオの廊下を、勝手知ったる感じで歩いて行く結凪の背中には迷いがない。
「で、今はどこに向かってんの?」
「次はもっと広いスタジオでトークイベント。取材たくさん入ってるし、ファンも大勢来るから、そのつもりで。絶対に失言しないでね。あと女子多めだから下ネタ禁止」
「だからいきなり言うなよ!」
思わず抗議すると、結凪はぴたりと足を止めて、こっちをふり返る。
大きな目でじっと見つめられ、思わずうろたえた瞬間。
「ところで彼女っているの?」
ふいうちの質問にドキッとした。
「…え?」
「トークのネタにするかもしれないから、いちおう訊いておこうと思って。深い意味はないけど」
「だろうな! いねぇよ!」
「家族構成は?」
「母親と妹がひとり」
「シングルマザーかぁ。うちと同じだ」
「――――…」
視線がからみ、一瞬で理解し合った。片親しかいない感覚は、同じ状況の人間にしかわからない。
結凪は、三分前より多少うち解けた口調で言った。
「〈生徒会〉に入った理由は?」
「えっと…」
「〈西〉の脅威を強く感じて、国を守りたいという気持ちで、いてもたってもいられなくなったから、よ。覚えておいて」
「え?」
訊き返すのと同時に、目的地らしいスタジオのドアに着く。
結凪はそこをノックして勢いよくドアを開けた。
「おはようございまーす!」
「おはよー、結凪ちゃん」
「今日もよろしくお願いします」
結凪は愛想良くスタッフと会話を始め、俺はその後ろで所在なく立ちつくす。
しばらくするとスタッフが呼びに来て、スタジオの奥へと案内された。
またまたひとつのドアを開けて、送り出された先は――絵に描いたような収録スタジオ。
「わざわざ〈生徒会〉から来てくれました。藤ノ音結凪ちゃんと、美陵斗和くんです。拍手でお迎え下さい!」
マイクを通したそんな声と、拍手に迎えられる。
(はぁぁぁ…!?)
さっきよりももっと大きな混乱に見舞われた。雑誌のインタビューどころじゃなかった。こんなの全然聞いていない。
前方にテーブルを置いたステージがあり、何台かのカメラが据えられたフロアをへだてて、向かい合うように五十人くらい入る観覧席がある。座席は満席だった。
結凪は大きな拍手の中を、笑顔で観覧席に手を振りながら、ステージに向けて歩いて行く。人気アイドルの姿をカメラが追う。
事件はその時に起きた。
「ふざけるな! このビッチ!」
そんな野太い声とともに、結凪に向けて何かが投げつけられる。
「結凪…っ」
とっさにかばうように前に出ると、俺の頭に固いものが当たった。グシャって音がして、観覧席から悲鳴が上がる。結凪も悲鳴を上げる。
「斗和!?」
俺は強くつぶっていた目を、おそるおそる開けた。それから手で頭にさわる。
その指の間からどろりと垂れてきたのは…。
「卵?」
どうやら生卵をぶつけられたらしい。けっこう痛い。
相手は四十がらみの太った男だった。
「俺はなぁ! 先祖代々麻草で生きてきた〈東〉の人間だが、〈生徒会〉のやってることを認めたりしねぇ! おまえら人殺し以外の何物でもねぇよ!」
大声でわめき散らす男を、飛んできたスタッフが両脇を抱えて引きずって行こうとする。
その瞬間、俺は見た。結凪が憎々しげに、冷たく男をにらみつけるのを。
でもそれは一瞬。
彼女はすぐに表情を消した。まじめな顔で、男を引きずっていこうとするスタッフを制止する。
「待って。その人と話をさせてください」
男は結凪に人差し指を向けて叫んだ。
「文句あんのか、この人殺し!!」
一部始終をカメラが追っている。観覧席の人間もハラハラしながら見守っている。
そんな中、結凪は自分に向けられた人差し指を、両手で包み込んだ。
「あなたの名前は?」
いたって穏やかな問いに、男がたじろぐ。それでも負けじと声を張り上げた。
「なんで俺が名乗らなきゃなんないんだよ!」
男の指を手で包んだまま、結凪は静かにうなずく。理解を示すように。
「本名じゃなくてもいいですよ。偽名でかまいません。あなたのことを何て呼べばいいですか?」
「…た、田中…?」
思わず答えた男に向け、結凪はふわりとほほ笑んだ。
「では田中さん、聞かせてください。あなたの意見を」
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