第5章 無敵感、やばい ④
ピュ~と英信が口笛を吹く。
〈生徒会〉本部、地下三階の会議室。昨日の収録スタジオでの騒動を伝える動画を見て、響貴が拍手をした。
「これはいいね。人権派より、こっちのほうがはるかに理性的だってアピールになった」
「これって仕込み?」
亜夜人の問いに、結凪は「まさか!」と返す。
「本物のアクシデントよ。焦ったわー」
響貴がこっちを見て軽く笑った。
「斗和もいい働きをしてくれたね。君が身を盾にして結凪をかばったのも好印象だ。〈生徒会〉の仲間意識の強さが伝わる」
「その後はボーッと突っ立ってるだけだったけど」
「亜夜人」
響貴が後輩の軽口をたしなめる。
その横で崇史が、腕組みをしてしみじみと言った。
「番組制作は金がかかるが、今回に関しては抜群の費用対効果だな」
さらりとしたひと言に目をしばたたかせる。
「え、もしかして〈生徒会〉がやたらメディアで取り上げられるのって…金払ってんの?」
「もちろん。雑誌やネットの記事も同じよ」
「マジで!?」
どうりでどこもやたら好意的だと思った。
のんきな俺にあきれたように、結凪がぼやく。
「あのねぇ。マスコミに自由にやらせて万歳番組を作ってもらえると思う?」
「そりゃまぁ…思わねぇけど」
「今はともかく、最初は〈生徒会〉への世間の風当たりってけっこう強かったのよ。それをここまで軟化させたのは、広報がお金使って、やらせ番組や記事を作らせて、毎日せっせとばらまいたから。地道な努力の結果なのよ」
「なるほど。すげぇ金かかってんなぁ。って…あれ、資金って――?」
ふと思いついた問いには、響貴がやんわりと答えてくる。
「活動資金は、一般からの寄付とか色々」
「へぇ…」
動画を見ていた英信が、そこでパンと手をたたいた。
「とはいえ、上手にヤラセをばらまきまくったとしても、ここまで世間の支持を集めることになるとは、最初は思わなかったけどな。結凪は本当によくやった。天才。あともうちょっとガードがゆるまれば言うことなし」
「あたしチャラ男きらいなの。それより今日の議題の――新しく作るLINEのスタンプとグッズについてなんだけど」
すげぇ。バッサリ。
結凪はテーブルの上に、ファンシーなイラストの描かれたプリントを並べていった。
「スタンプのデザインは、コアなファンのウケをねらうより、普通のシーンで使いやすい柄にするつもり。なるべく人の目にふれさせるのが目的だから。あとは――」
パスケース、ストラップ、Tシャツ、トートバッグ、タオル大小二種類…と、様々なグッズの売り上げ報告。そのすべてが、メチャクチャ売れてて利益を出してるらしい。
「作っても作っても間に合わないって、業者からも嬉しい悲鳴が届いてるわ。で、来年に向けた新たな企画なんだけど――カレンダー作ります!」
意気揚々とした宣言に、彼女以外の面々がぬるい反応を見せる。
「カレンダー…?」
「売れるわよ、絶対! 卓上の小さいのと壁掛けの大きいのと、二種類ね。あとブロマイドを新しいのにしたいんだけど。ずっと同じままだと飽きられるから」
崇史が腕組みをしたまま重い口調でつぶやく。
「ブロマイドは何とかならないだろうか。あれは苦手だ…」
「苦手もなにもないでしょ。どうせ仏頂面でカメラにらむだけなんだから」
一蹴する結凪に、響貴も遠慮がちに口を開いた。
「僕は変なポーズを注文されるのがちょっと…」
「眼鏡キャラには眼鏡キャラならではのポーズがあるの!」
「こういうやつな」
英信が中指で眼鏡を押し上げる仕草をする。響貴はイラッとしたように目を眇めた。
「とにかく!」
結凪は席を立って訴える。
「今回の人気投票で十位以内の人は、みんな新しいブロマイドを作ります! そしてカレンダーにも登場してもらいます! 広報からは以上!」
ふぅん、十位以内…。考えて、ハッとする。初登場六位。
「えっ、俺も!?」
「心配しなくても斗和はおまけ」
またしてもバッサリ切り捨て、結凪はこぶしをにぎりしめた。
「英信、崇史、響貴、亜夜人…みんなそれぞれ系統のちがうイケメンなんだもの。利用しない手はないわ。お金や権力だけじゃなくて、美しさにも、人を動かす力があるのよ」
響貴がくすりと笑った。
「制服をデザイナーに発注するって言い張った時も同じこと言ってたっけ」
「ビジュアルは大事よ。だってみんな好きでしょ? きれいなものを見るの」
絶対的な確信を込めて、売れっ子アイドルもほほ笑み返す。
「そして自分で考える頭のない人は、力ある人間の言うことをそのまま信じちゃうの❤」
完璧なアイドルスマイルは、どこかひんやりしていた。
※
翌日は、朝からちょっとした不協和音が重なった。
まず、朝の五時に母親が俺をたたき起こしに来た。バイトで稼いでると言って家に入れてた金が、実はG狩りで手に入れたものってバレて一悶着。
「金がねぇって言ってたじゃん! 親父んとこ乗り込んで養育費ぶんどってきたほうがよかったかよ!?」
イライラしてつい怒鳴ってしまった瞬間、今日は良い日にはならないと確信した。
学校では、翔真といるときに、たまたま〈西系〉の女と鉢合わせた。
向こうは俺らの制服を見て、音をたてて後ずさる。そこに前田千春と何人かの女が駆け寄ってきて、俺らからそいつを守るように壁を作った。
「この子は! ほかの〈西系〉の人とは一切つき合ってないから! 学校の外でも、私達とずっと一緒にいるから! 怪しいことなんか全然ないから!」
「――――――」
非難を込めてにらみつけてくる千春に、翔真の機嫌が悪くなっていくのを感じる。
こぶしをにぎりしめて彼女を見据える、翔真の肩に腕をまわして声をかけた。
「行こうぜ」
歩き出した俺達の後ろから、千春が訴えてくる。
「翔真、おかしいよ。ちょっと前まで〈西〉に関係あるとか、ないとか、気にしないで暮らしてたじゃん。なのに急に悪者にして、差別して…。こんな状況おかしいよ…!」
その声が聞こえなくなるくらい離れてから、翔真は力いっぱいゴミ箱を蹴り倒す。
「気にすんなよ」
「うるせぇ」
「俺らは理解されないって、英信も言ってるだろ」
「だからって何であんな目で見られなきゃなんねーの? あいつ何様のつもり?」
「落ち着けって。翔真」
「今この国には〈西〉のスパイがうじゃうじゃいるんだぞ。みんなそう言ってんじゃん。なのになんでわかんねぇの? なんでちゃんと現実見てる俺らのほうが悪者みたいに言われなきゃなんねぇの?」
「…わかんねぇよ。俺にも」
いまでは社会全体が、〈西〉の政府が〈西系〉を使って密かに〈東〉を攻撃してきてるって言い立ててる。毎日毎日言われたら、それが本当だと思えてくる。
でも――実は俺の中にある常識の大半はそういうものだって、最近気がついた。
〈西系〉は社会の害虫だとか、牛乳を飲むと骨が丈夫になるとか、バスケはアメリカ発祥のスポーツだとか。自分で調べて本当だと確かめたものなんて、あんまりない。みんながそう言ってるから、そんなもんだと信じてるだけ。
千春はそうじゃない。あふれる情報のなかで、自分で考えて答えを出してる。その姿勢が、今の翔真を最高にイラつかせている。
翔真のイライラは、態度が曖昧な俺にも向かってきた。
「おまえも何なの? 昨日の夜も妙なこと言ってたけど、おまえ自分の立場わかってんの?」
「わかってるよ」
「ふらふらしてんじゃねぇよ。それとも何? おまえ実はGの味方だったりするわけ?」
その瞬間――不安に、ざわっと全身の毛が逆立った。
「んなわけねぇだろ!」
ひるむなと自分に言い聞かせて、翔真の目をまっすぐに見つめ返す。
「八つ当たりすんなよ。みっともねぇ」
腹を立てた素振りで吐き捨てて、ひとり歩き出しながら――今のは〈生徒会〉幹部として正しい反応だよな? って、頭の中で何度も自問した。
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