第2章 やられる側よりは、やる側のほうが…? ⑤
いつものように家で夕飯を食べてから、家を出るしたくをした。
「ちょっと翔真んち行ってくる」
声をかけると、テレビを見ていた茉子がふり向く。
「気をつけてね。いまは物騒だから。夜道の一人歩きは男の人でも危ないんだからね」
「わかってるよ」
〈西系〉による犯罪件数の増加は、とどまるところを知らない。特に最近は、人気のない夜道を歩いていて、食うや食わずの〈西系〉に囲まれて、財布やスマホを奪われる事件が後を絶たなかった。
いちおう警戒して、家を出てからは小走りで移動する。
二十時。五月になると夜もだいぶ暖かい。
駅前のコンビニで翔真と落ち合った。十五分くらい歩いてライブスクエアに到着する。
ライトアップされた建物の前には、すでに〈生徒会〉の制服姿が集まっていた。
俺らと同じく私服の人間もちらほらいる。
「お、翔真。来たか!」
っていう声に振り向けば、中井先輩と、美穂子先輩が手を振ってた。
翔真はそっちに駆け寄って頭を下げる。
「お疲れさまです。人数多いッスね」
「そうでもないよ。集会は自由参加だし、今日はこのあたりのメンバーしか来てないから」
美穂子先輩の言葉に、翔真は愕然と返した。
「えっ、じゃあ結凪は!?」
「大丈夫。彼女は幹部だから、だいたい参加するわよ」
美穂子先輩がくすくす笑う。
アイドルの藤ノ音結凪は〈生徒会〉の広告塔。彼女がいるから集会に来るってヤツも多いんで、欠かさず出席するらしい。
「てことは今日も…」
翔真があからさまに顔を輝かせる。中井先輩は懐かしそうに言った。
「俺も最初は結凪目当てで集会に来たんだよな」
「今は?」
「参加すればわかるって。…な?」
中井先輩と美穂子先輩が、何やらうなずき合う。
その時、正面のドアが開いた。開場だ。
「じゃあ――俺ら仲間と行動するから…」
二人はそう言うと、他の制服姿のメンバーのもとに行く。
取り残された俺と翔真は、することもないので中に入った。
入口で、中井先輩の名前と自分の名前をそれぞれ名乗り、学生証を見せる。盗撮防止のためメンバーじゃない人間はスマホを預ける決まりと言われ、しかたなくスマホを渡す。
中にはステージとフロアとドリンクスタンドがあり、アップテンポな音楽が控えめに流れていた。
入った時はがらんとしていたものの、ジュースを飲んでいるうちに、フロアは人でかなり混み合ってくる。最終的に百人くらいになった。
俺達を含め、初めて来たっぽい私服が二十人くらい。
人のこと言えないけど、みんな平気なのか?
この組織はそもそも――人を殺すのが主な活動だっていうのに。
俺自身、帰るなら今のうちだとか、でも翔真にビビってるとか思われたくないなとか、あれこれ迷いながらフロアに突っ立っている。
しばらくするとBGMが大きくなり、周囲でいっせいに歓声が上がった。
それと同時に、深紅のジャケットを身につけた人間が五人、ステージに出てくる。幹部だ。
「すげぇ。全員そろってる…!」
興奮したような、誰かの声が漏れ聞こえてきた。
先頭にいるのは、どう見てもまだ中学生くらいの、可愛い顔をした少年。
その後ろに、一八〇センチ以上ある男が続く。
(こいつ知ってる…)
和服の似合いそうな細マッチョには見覚えがあった。たしか区立中卒業式襲撃事件で、壇上に立っててねらわれた〈生徒会〉のメンバーのはずだ。名前は…
その後ろは藤ノ音結凪。テレビで見るよりもずっと可愛い。おまけに細い。ウェストなんか、ほんとに内蔵入ってんのかってくらい細い。
結凪までの距離は三十メートルくらいか。翔真が顔を輝かせ、俺の肩をバシバシ無言でたたいてくる。
(はいはい。いてーよ)
結凪の後ろが
ワァ…ッッ。
最後の一人が出てきたとき、ひときわ大きな歓声が上がった。
「
「えいしーん!!」
突然、空気が変わる。フロアの温度とテンションが急上昇する。
(誰だ…?)
そいつは、城川ほどではないものの、背が高くて均整の取れた身体つきの男だった。
深紅の〈生徒会〉の制服をラフに着くずし、肩につくくらい長い赤い髪を耳に引っかけてる。その耳にはシルバーのピアスが光っていた。
(なんだこいつ…?)
ハデで目立つチャラ男。それが第一印象だった。
他の幹部がみんなマジメな顔をしてる中、ひとりだけめっちゃ笑顔で、こっちに向けて両手をふってる。
フロアにいるメンバー達も、盛大に歓声を上げて答えている。
「英信ー!」「カッコいー!」「いよっ、大将ー!」
(大将?)
俺の疑問に答えるように、そいつはマイクの前に立ち、両手で自分を指さした。
「今日は部外者多いみたいだから、みんな教えてやれ! 俺は誰だ?」
と、フロアの人間がいっせいに答える。
ゆさえいしーん!
「〈生徒会〉の?」
かいちょー!!
「よぉし、ありがとな! 部外者わかったか? 唐京〈生徒会〉の会長は俺! 響貴じゃなくて!」
イェェェェイ!
笑い声と拍手がわき起こり、他の幹部達もつられて苦笑いする。
「なんなんだ、このノリ…」
まるでお笑い芸人のライブみたいだ。
ステージは英信の独壇場だった。
ナンパに失敗したとか、駆け込み乗車しようとして怪我したとか、スカイツリーの展望デッキにあるガラス床の上でジャンプした自分は世界一勇敢だとか。
くだらないネタで、さんざんみんなを笑わせ、場を盛り上げてから、少しずつ話の内容をシフトさせていく。
「ガラス床の上に立っててさ、感じたんだ。
今、俺たちの足下には火がついている。薄いガラス一枚隔てた下でだ。そこに〈西〉の連中のつけた火があることは見えているのに、まだ誰もヤバイってことに気がついていない。
浮気がバレてんのに、あくまでしらばっくれる男みたいに、ヤバいっていう事実から目を逸らし続けてる。見ないでいれば、なかったことになると思ってる。でも実際は逆だ。事態を悪化させるだけ。
連中が俺らの日常をメチャクチャにするってことを、今は誰でも知ってる。ヤツらのテロでこの国の人間が何人死んだ? 爆弾テロで血だらけの友達を抱えて座り込む学生の映像、みんなも見ただろ? あれが今この国の現実だ。平和なもんかよ」
フロアから「そうだ!」という声が飛んだ。英信はそっちに手を振る。
「なのに政治家は言う。たとえ連中が犯罪者やテロリストだったとしても、証拠がないかぎり捕まえることはできない。実際に何かが起きるまでは動けないって。軍も警察も、法律を曲げてまでゴキブリ共に手を出すことはできないんだそうだ。なんでだと思う?」
フロアから、「保身」「保身」「保身だ!」と複数の声が答える。
英信は大きくうなずいた。
「そうだ。ゴキブリ共が一般人を危険にさらす可能性と、自分の立場や将来とを秤にかけて、自分の立場や将来のほうが大事だって考えている。だから政治家も、軍も、警察も、何もしない。何とかしなきゃいけないって、口では言うけど実際は何もしない。責任取りたくないからだ。
今こうしている間にも、ゴキブリ共は〈東〉の人間から盗んで、殴って、どっかに隠れてテロの計画を練っているっていうのに、ただ見ているだけ。すんげー頼りになるよな!」
挑発的な言葉に、聴いているメンバーから冷やかすような声が上がる。
英信はニヤリと笑い、フロアをゆっくり見まわした。
「大人が大人のルールでしか動けないっていうなら、俺たちが俺たちのやり方で裁くしかない。ちがうか?」
ちがわない! そのとおり!
メンバー達がすかさず応じる。まるで一対一で話してるみたいな呼吸だ。
「俺たちが、大人のルールを破らない方法で遊ぶかぎり、お偉方は目をつぶる。それはこれまでの活動をふり返ってもわかるだろ? つまり、国ができないことを〈生徒会〉(おれたち)がやるんだ!」
英信は、大きな身ぶりで訴えた。
「家族や日常を守るために、俺たちにしかできないことを、やらなきゃなんねぇ!」
ライブハウスの隅々まで響き渡る声に、オォォォォ! と、大きな賛同の声が上がる。
「おまえらは立派だ! 政治家や警察なんかよりずぅぅぅっと立派だ! この国で本物の勇気を持つのは、おまえらだけだ。自分や、自分の周りにある危険から目ぇそらさないで立ち上がってんだから!
いいか。おまえらが正しい!」
熱のこもった声は、ますます強く訴えてきた。
「今この日常を守りたければ、俺たちが行動するしかない。たとえ自分の手を汚したとしても! 危険を理解できない人間から白い目で見られたとしても! 頭おかしいって罵られたとしても! たとえそれで家族からハブられたとしても! みんなのために、自分の大切なもんを守るために、戦い続けなきゃならない!
誰も気がついていないだけで、すでに今、目の前にある脅威と!!」
オォォォォ!
答える声は、フロアを揺るがすほど大きなものだった。
空気がヒートアップしていく。英信も。聴いている側も。胸も。頭の中も。どんどんボルテージが上がっていって、熱い言葉に陶酔する。
「今この国には〈生徒会〉が必要だ! どんな手使ってもこの国を守ろうって、マジになれるのは〈生徒会〉だけだからな! ちがうか!? おまえらの熱意を見せてみろ!」
オー!
「勇気を見せろ!」
オー!
「覚悟を見せろ!」
オー!
「俺たちは!」
〈生徒会〉!
「俺たちは!」
〈生徒会〉!
「louder(大きな声で)!」
〈生徒会〉!
「louder(大きな声で)!」
〈生徒会〉!
「…………………………」
うねりのようなコールが会場中を沸き立たせる。みんながみんな、これ以上ないってくらい真剣な顔で叫び、こぶしを振り上げている。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
(…マジかよ…)
周りを見まわした瞬間、全方位から刺すような目で見られた。
ひやりとして、あわてて前に向き直り、コールに加わる。
といっても最初は口パクだった。でもしばらく周りのコールを聞いているうち、自然に声が出て、少しずつ大きくなっていく。
〈生徒会〉!
〈生徒会〉!
〈生徒会〉!
その場にいる全員が、ひとつになっている感覚があった。自分もそこに属してることに、不思議な昂揚感を覚える。
何度も何度も怒鳴る中、気がつけば俺も、けっこう本気で声を張り上げていた。
くり返すうち、今まで出したことがないくらい、腹の底からさけぶ。
身体が熱いのは、人の密集したフロアにいるからってだけではないはず。
(知らなかった――)
周りに合わせて大声を出すのって、こんなに開放感あるんだ?
たぶん周りのテンションが頭おかしいくらい熱くてマックスだから。それが伝わって影響し合い、無敵感を倍増させる。ひとつの大きな力の中にいる感覚を抱かせる。
その証拠に、ただ怒鳴ってるだけなのに、ぞくぞくするほど力が湧いてきた。
今まで経験したことのない快感だ。
〈生徒会〉!
〈生徒会〉!
〈生徒会〉!
(すげぇ…)
みんなが思ってるほど、今のこの国は平和じゃない。
自分の大事な人を守るために、たとえその人達からきらわれても、戦わなくてはならない。
(この国を守るのは――守れるのは、俺達だけなんだ)
この、圧倒的なわかりやすさ。シンプルで力強いメッセージ。
悲劇的で切ないスピーチは、ストレートに心に刺さった。
自分の胸が興奮にドキドキしてるのを感じる。
まちがいなく俺は痺れた。
英信の言葉に。〈生徒会〉の持つパワーに。みんなでひとつのことを全力で叫ぶ快感に。一瞬で魅了(おと)された。
(ヤバい…。ヤバいだろ、これ…。こんなの…)
衝撃的な体験にノックアウトされ、頭がくらくらする。
こういうものに出会いたかったのかも。思いっきり夢中になってみたかったのかも、とまで感じる。
俺だけじゃない。翔真や、初めて集会に来た他のやつらは、みんなそうだったんじゃないかと思う。
ちょっと上気した顔で、ぼーっとステージを見上げている。
だがしかし――
場の雰囲気に呑み込まれた、心地よい陶酔が一気に醒めたのは、その直後だった。
「じゃ、次行ってみよ~!」
フロアの熱狂に手を挙げて応えていた英信が、そう言って、マイクから離れる。
入れ替わりに、ステージの後ろに立っていた城川崇史が前に出てきた。
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