第2章 やられる側よりは、やる側のほうが…? ②
じいちゃんは横羽磨でひとり暮らし中。二、三ヶ月に一回くらい、唐京は
元は中小企業のメーカーに勤務していたサラリーマン。趣味は釣り。あと相撲を見るのも好き。じいちゃんについて、俺が知ってるのって、そのくらい。
三日後の葬式で、俺はじいちゃんが〈西〉からの移住者だったことを初めて知った。大学を卒業後、就職のために〈東〉に来て、そのままこっちに住み着いたらしい。
そのじいちゃんが、三日前の早朝、森林公園で遺体で発見された。
その前夜、公園の前で〈生徒会〉の連中に囲まれているのを目撃されている。そして翌朝、公園の中で首を吊った状態で見つかった。
警察からは自殺って言われたし、表向きそう処理されたけど、もちろん信じられるはずがなかった。
今、葬儀に参列してる出席者も、誰も自殺だなんて思ってないにちがいない。
「〈西〉の出身でもいい人だったのに…」
「まさか駆除されるなんて…」
ひそひそとささやかれた、意味不明なコメントにカッとなる。
俺は席を立って、発言した中年の夫婦に食ってかかった。
「駆除とか言うな! じいちゃんは害虫じゃねぇ!」
当たり前のことを言っただけだ。なのに、すぐさま外につまみ出されたのは、俺のほうだった。
「申し訳ありません。あの子は父を慕っていたので、錯乱しているんです――」
すまなそうにそう言って、母親が相手に深々と頭を下げる。その時ようやく、今までそんなもんだと思ってた世の中に違和感を覚えた。
(なんで?)
〈西系〉は常識のない、劣った連中。性根が曲がってて、ろくなことをしない。テロを起こして、一般市民を大勢殺した。だから、いくらたたいてもかまわない。むしろ死ねばいいのに。
偉い人、有名人、テレビ、ネット、周りの人間は、みんなそう言ってる。
あと〈生徒会〉。目立つ制服を着て、やたらイキった連中が、〈西系〉をゴキブリ、便所虫って呼んで、駆除してる。けど、相手にはそうするだけの理由があるんだと思ってた。テロ組織に関わってるとか、そういうやつ。
じいちゃんみたいな、ごく普通の市民まで標的になることがあるなんて、想像もしなかった。
(なんで俺が悪いみたいになってんだよ?)
じいちゃんは曲がったことが嫌いで、誰がどう見ても正しい、いい人間だったんだぞ? なのになんで〈生徒会〉に目をつけられた?
頭がぐらぐらする。今まで信じてきたことがぐらぐらする。
なんで? なんで? なんで?
いくら考えても答えは出ない。
葬儀場をひとりで後にする俺の足下――踏みしめる地面が、その日はふにゃふにゃ頼りなく沈むように感じた。
※
『今、全国で〈生徒会〉と呼ばれるグループが誕生し、賛否両論さまざまな意見が飛び交っています。正式名称は、即応自警生徒会。高校生が運営する自警団の総称で、地下組織に与しているとみられる〈西系〉を排除し、凶悪犯罪を未然に防ぐことを使命としていると言われています。これを正義と責任感の表れと見るか、法を無視した危険行為と見るかで、専門家の間でも意見が分かれています』
『だってねぇ、狩り、駆除、排除…遠まわしな言葉を使ってるけど、結局人の命を奪うわけだから。それも、まだ未熟な子供達が。許しちゃいけないでしょう』
『とはいえ彼らなりに真剣に国の未来を憂えての行動ですよ。彼らにも危険はある。それでも、国のためにやらなければならないことだからと、逃げずに向き合っているんです。それを未熟のひと言でまとめるのはどうなんでしょう?』
『でも死んだ〈西系〉の人たちって、テロ組織の名簿と思われる〈リスト〉に載ってたっていうだけで、具体的に罪を犯した証拠はないそうじゃないですか。証拠がない人間を始末するっていうのは、近代的な法治国家として、ちょっとねぇ…』
『えぇと…お話し中すみません。いちおうですね、〈生徒会〉は怪しい〈西系〉を見つけ出すだけで、手を下しているかまでは、はっきりしていないんですよ。それこそ証拠も目撃情報もないので…』
スマホでに映るワイドショーの中では、難しい顔をした大人達が、意見を言い合ってる。
「嘘だろ…」
目についた公園のベンチで、スマホをにぎりしめてうめいた。
ちょっと前までこの国は、どんな事情があっても人を殺しちゃいけなくて、暴力を振るうことすら許されてなかった。法律でそう決まってた。
だけど今は――俺と同じ高校生が、集団で〈西系〉の人間を追いまわして、駆除してる。それを世間が見て見ぬふりしている。
(なんとなく知ってたけど…改めて調べるとヤベぇな。これ…)
理由は、スマホで検索したニュース記事に書かれてた。
この国は今、政治的にも経済的にも、〈西〉からのひそかな侵略を受けているから。昔よりも治安と景気が悪くなってるのはそのせいで、〈西系〉の中には、普段は何でもない顔で暮らしながら、実は〈西〉政府に荷担して〈東〉に不利な工作をしている人間が大勢いるから。
だから〈西系〉は、この国の潜在的な敵だって書かれている。
「アホか…っ」
いくらなんでも親戚が〈西〉に住んでるとか、たまたま小さい頃は向こうで暮らしてたとか、たったそれだけで、みんながみんな〈東〉に反発して、政治工作するなんてありえないだろ。
ほんの一、二年前までは、それが常識のはずだった。
でもいつの間にか、過激なニュースは真実として社会に定着していた。
〈西系〉はいつ犯罪を犯すかわからない潜在的なテロリストか、あるいはそれを支援する連中。よって国を挙げて排除しなければならない。――それが今の常識だった。
「ちがうだろ」って声を上げるやつは、もれなく〈西〉の味方のレッテルを貼られて敬遠される。
その風潮に皆が萎縮してる間に、誰も予想しなかったスピードで事態が進んだ。
〈生徒会〉の誕生はその最たるもの。
国の危機に立ち上がった若者たち。国が表だってはできないことを進んで果たす、志ある組織。
世の中は、あの殺人集団をそう呼んでた。
テレビやネットで絶賛され、時代のアイコンとしてもてはやされていた。
スマホで〈生徒会〉の動画を検索すると、自慢の制服を身につけて街を闊歩する〈生徒会〉メンバーを撮ったものが検索結果にずらりと並んだ。中には何万回も再生されている動画もある。
(なんだこれ――)
頭を抱えた。生まれて初めてってくらい、大きな不安に襲われる。
何がヤバいって、世間から白い目で見られるのは〈西系〉本人だけじゃないってこと。
家族、友達――彼らの周りにいるあらゆる人間が、同じ目で見られるのだ。
〈西〉に好意的な人間は、〈西〉の味方ってこと。母親が、じいちゃんを害虫呼ばわりした相手に頭を下げたのも、そのせいだ。まちがっても俺が〈生徒会〉を非難してるとか思われないように。
(そう。俺だって無関係じゃない…)
じいちゃんが〈西系〉で、おまけに〈生徒会〉に始末された――その瞬間から、母さんも、茉子も、俺も、今までみたいにデカい顔はできなくなった。何かあればソッコーたたかれる側――〈西系〉になったってわけだ。
今の世の中、それはたぶん、お先真っ暗ってことを意味する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます