第2章 やられる側よりは、やる側のほうが…? ①

 朝、起きて着替えて部屋を出ると、トーストと玉子焼きのにおいに包まれた。

 2DKの我が家は、部屋を出るとすぐダイニング。食卓に母親のメモが置かれている。


『斗和へ。中学最後の登校日だね。卒業おめでとう! いってらっしゃい!』


 向かいの席では、二つ年下の妹の茉子まこが、ひとりで朝食をとっていた。


「おはよ」


 声をかけると、いちおう「おはよー」と返ってきたものの、顔はテレビの方を向いている。

 民放のニュース番組だ。校舎を背景に、女子アナがマイクを向ける相手は、顔を映さないようカメラを胸元に向けられた女子中学生。


『つまり犯人の生徒は、これまではマジメで優しい性格だったわけですね? それが急に、人が変わったように凶悪な本性を見せたということですか?』


 ずけずけと訊いてくる女子アナに、ハンカチをにぎりしめた女子生徒は、ボイスチェンジャーを通してもわかるくらい泣きながらうなずいた。


『…今でもまだ…あの子があんなことをするなんて、信じられません。…絶対そんな子じゃないって、信じてたのに…っ』


 昨日、練間ねりまにある中学の卒業式で起きた事件についてのニュースだ。


 涙まじりにインタビューに応じている女子生徒は、犯人の〈西系〉と同じ部活だったらしい。

 テロップには、〈裏切られた友情〉という安っぽい文字が並んでいた。


 トーストをかじりながら、茉子がつぶやく。


「友達がこういう事件を起こすとかさー、どんな気分だろうね」

「さぁな。〈西系〉の人間って、そんなもんなんじゃね?」


 そいつらのせいでデカいテロが二件も起きて、何十人って死んでるし。

 テレビで何度も目にした、爆弾で吹っ飛んだ自分の腕を持って逃げる被害者の映像は、トラウマレベルで頭にこびりついてる。


「恐いよね~。知らないうちに、こういう人が傍にいるなんて」

「そのための〈生徒会〉だろ。――つか、今日って生ゴミの日じゃん」


 いっぱいになってるゴミ箱を見て言うと、茉子が「あ!」って声を上げた。


「忘れてた。お兄ちゃん、よろ!」

「よろ、じゃねぇよ。おまえの当番だろ」

「気がついた人がやればいいじゃん」

「はぁ!?」


 ブチブチ文句を言いながら生ゴミをまとめる。

 うちは両親が離婚してて、母親は昼間に介護スタッフ、夜は工場で働いてる。


 ひとまわりも若い女と浮気をして出てった父親は、すでに再婚してるせいか、養育費の支払いも微々たるもの。でも絶対ひとりで何とかするってがんばってる。朝早く家を出て、夜遅くまで帰ってこないんで、こういうのは全部俺らの仕事。


 パンを牛乳で流し込んだ俺は、歯を磨いて、軽く髪をセットした。カバン代わりのスポーツバッグを肩にかけ、まとめた生ゴミを手にして、家の中に向けて声を張り上げる。


「鍵閉め忘れんなよ!」

「んー」


 茉子が適当な返事をする。なんで俺よりも早く起きてるくせに、家を出るのは遅いんだ?

 ドアを開けて外に出たとたん、そこにいた誰かとぶつかった。


「うわ、すみませ…――え、母さん?」


 俺が生ゴミで突き飛ばしそうになったのは、とっくに仕事に行ったはずの母親だった。

 彼女はスマホをにぎりしめ、真っ青な顔をして立ちつくしている。


「なに、どうかしたの? 忘れ物?」


 声をかけると、ぼんやりと首を振った。それから突然、顔を歪めて泣き出す。


「お父さんが…お父さんが…っ」

「…じいちゃんが、どうかした?」

「お父さんが死んじゃった…!」

「……え?」


 ゴミを持ったまま、俺も立ちつくす。

 母方のじいちゃんは、もう七十後半。でも先週会ったときはぴんぴんしてた。


「死んだって…なんで?」


 母親は何かを言おうとするも、涙で声が出ないようだった。その様子から、ただならぬことが起きたのはわかった。声を押し殺して泣く相手を、ひとまず家の中に押し込む。


 この時点で俺はまだ全然気がついてなかった。


 これがきっかけとなって、自分の人生が大きく変わってしまうんだってこと。とんでもない方向に舵取りして、自分自身に取り返しのつかない事態を招くんだってことを。

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