砂漠渡りと長月

増田朋美

砂漠渡りと長月

その日も都心部では活発に、でも郊外ではなんとなく静かに生活が続いているパリの街。どうも、こっちにいると、時間がのんびりと過ぎていくなあと、杉ちゃんたちは言っている。なんか、日本にいるときとは偉い違いで、一日一日がとても長くて、なんだかちょっと退屈になるときもあるなあ、なんて思いながら、杉ちゃんたちは、滞在を続けていた。

その日も、杉ちゃんは、チボーくんと一緒に買い物に行ったが、今度はまちなかの百貨店ではなくて、ちょっと離れたところにある、よろず屋さんであった。

「ああ、あった。あの店だ。」

と、チボーくんが道路脇に立っている店を指さした。

「あの店に、さつまいもが売っているのかい?」

「そうなんだよ。なんかちょっと変わった食べ物も販売している萬屋さんだよ。」

チボーくんに言われて、杉ちゃんたちは店に入った。店はたしかに、じゃがいもや、かぼちゃなどの、天然素材とも言える、野菜がたくさん売っていた。

「この萬屋さんの野菜は、農薬とか、そういう危ないものを、使わないことで有名なんです。水穂さんも喜ぶんじゃないかなあと思いまして。」

と、チボーくんはそう説明した。杉ちゃんの方は、店の中をぐるりと見渡すが、さつまいもというものがないので、

「おい、さつまいもがないじゃないか。」

と、チボーくんに小さい声で言った。すると、店の主人と思われる男性が、なんだか悲しそうな口調で、チボーくんたちに何か言った。

「一部の商品が、仕入れられなかったんで、申し訳ないそうです。」

チボーくんが通訳すると、

「はあ、なんでだ?おっきな災害でもありましたかね?」

と、杉ちゃんがきくと、主人はまた何か言った。

「輸入しているアフリカでワタリバッタの大量発生があったんだって。それで、輸入を自粛しなくちゃならなかったらしい。」

チボーくんはまた通訳した。

「そうかあ。ワタリバッタの大量発生か。日本では、めったに見られない災害だが、きっと大変なんだろうね。まあ、お悔やみ申し上げます。」

と、杉ちゃんは、そういった。とりあえずさつまいもは、購入できなかったため、じゃがいもを買って帰ることにした。

一方そのころ、モーム家では、トラーが水穂さんにご飯を食べさせようと躍起になっていたところだった。

「最近、また食べなくなったわね。水穂。」

トラーは、ちょっとため息をついた。

「今度は、水穂が好きな焼き芋作ってあげるから、楽しみに待っててね。」

トラーは、水穂さんにそういうのであるが、水穂さんはなにも嬉しそうではなかった。

「なんで?嬉しくないの?」

トラーが、そういうと、

「嬉しくないというか、食べたいという気持ちになれないんですよ。なんか、申し訳なくて。」

と、水穂さんは答えるのだった。部屋の掃除をしていたシズさんが、水穂さんも可哀想に、という顔で彼を見つめていた。

「でも、水穂なにか食べなきゃ。」

トラーにしてみたら、それは嫌な話だ。食べる気がしないなんて、そんなのただの言い訳に過ぎないような気がするのだけど?

水穂さんにどうやって、なんとか食べてもらおうか。トラーが一生懸命考えていると、彼女のスマートフォンがなった。

「もしもし。」

「ああ、とらちゃんかい?僕だけどさ。お前さんがせっかくインターネットで探してきてくれたオーガニックフードだっけ、そのお店に行って見たんだけどね。さつまいもは見つからなかったよ。何でも、輸入しているアフリカで、大規模なバッタの発生があったとか。まあ、よくわからないんだけどさ。」

と、杉ちゃんの間延びした声が聞こえてきたので、トラーはなによ!と思わず声を上げた。

「まあそうかっかするな。そういう事もたまには有るよ。それに、そういう物を売っている店だと、なんていうのかな、うんと辺境な地域から仕入れてくるという事もあるんだろうね。」

「そうだけど、、、。あたしが怒っているのは、そういうことじゃないわ。それよりも、水穂に焼き芋作って食べさせるっていうことができなくなるから怒っているんじゃないの。」

杉ちゃんの話にトラーはすぐに言った。

「まあ、まあそうだけど、代わりにじゃがいもを買ってきたからさ。それで食べてもらおうと考えてみては?」

と、杉ちゃんは彼女に言った。こういうふうに、新しく提案するのが、トラーのような人間には役に立つと言うもの。その彼女の思いについて、吉とするか今日とするかというジャッジを加えるのではなく、新しいものを出して、こうしたらどうだと持っていくのが、一番いい対処の仕方である。

「そうねえ。焼き芋作ってあげれば、水穂、たべてくれるかなと思ったんだけどね。それでは、じゃがいものスープでも作ろうかな。杉ちゃんがそう言ってくれるんだったら。」

と、トラーは、そういうことを言った。そうなってくれれば、杉ちゃんのやり方が上手だったと思ってくれていい。特定の人が言うことだからというやり方で、信じさせてあげるのも、また一つのテクニックでも有る。

「じゃあ、僕たち、お茶飲んで急いで帰るけど、あんまり落ち込まないでさ。ご飯のことを考えてやってくれよな。」

と、杉ちゃんは、カラカラと笑って、電話を切った。その間に水穂さんの方は、シズさんに薬を渡されて、眠ってしまっていた。

「しかし、珍しいわね。今どき、バッタが大量発生して、芋が取れなくなるなんて。」

と、シズさんが、水穂さんの布団を整えながら、そういうのだった。

「私が若い頃は、たまに聞いたことがあったけど、今は、過去のものになっているのではないかしら?」

「まあそうよねえ。あのお店、農薬とかそういうものを一切使っていないから、水穂にはいいと思ったんだけど、そういうからくりだったのかあ。農薬を使わないのではなくて、農薬を使えない国家から、持ってくるだけだったんだ。」

と、トラーは、大きなため息を付いた。

「しかし皮肉よね。そういうことがバレちゃうと、なんかつまんないなってことになるのは。自然を守ろうとか、そういうことを言っている人たちだって、頭ではそうかも知れないけど、裏ではそういうちっぽけな働きかけしかできないのかもしれないわ。」

「まあ確かに、大きく宣伝していることが、裏を見ればちょっとしたことだったってことは、いくらでもあるわね。」

シズさんは、トラーの言うことに、賛同するように言った。同時に、ただいまあと言って、杉ちゃんとチボー君が帰ってきた。それが結構な大きな声であったため、水穂さんも目を覚ましてしまった位だ。トラーは、シズさんに言われた事は杉ちゃんには話さなかった。

その翌日。杉ちゃんとチボーくんは、例の萬屋さんに行ってみた。二人で店の入口から入ると、萬屋さんは、商品の数がかなり少なくなっている。

「あれれ、どうしてこんなに、食べ物が減っちまったんだ?」

と、杉ちゃんがきくと、急いでチボー君が萬屋のおじさんに通訳して聞いた。チボー君の話を聞いて、萬屋さんは、先日聞いたあの渡りバッタの被害のせいで、仕入れる食べ物が減ってしまったのだ答えた。チボーくんから通訳でそれを理解した杉ちゃんは、

「そうだねえ。でも、渡りバッタの被害というのは、非常に長くづきますからね。輸入している、アフリカの人たちは、困っているんじゃないのかな。それを売る人たちも、困ってしまうよね。直接的な被害はなくても。」

と、腕組みをしていった。

「確かに、仕入先がそんな被害にあっていては、困りますよねえ。」

と、チボーくんは、思わずつぶやいた。

「いずれにしても、作物ができるのは時間がかかるし、その間、お前さんたちが、どうやって生活していくのかも問題だろうね。そういうことなら、商売を変えなきゃいけないんじゃないの?」

と、杉ちゃんが言うと、チボー君の通訳を通して、おじさんは、そのとおりだといった。

「これからの生活をするということでも困ってますよ。こんなこと、予想もしていなかったし、どうしたらいいのか、本当に迷っています。」

萬屋のおじさんが困っているのは、すぐに分かった。バッタの被害というものは、農作物に今までとは色の違う卵を生んでいるのを目撃していて、其のときに殺虫剤を散布すれば、ある程度は防げる災害なのだが、アフリカというと、まだ情報網が発達していない国家はたくさんあるだろうし、そういう国家ほど、予知できなくて、パニックに陥る可能性が高い。そうなると、外部の人、どうにもならない人まで迷惑がかかる事がある。

「まあ、取引先が、大混乱に陥った会社と似たようなもんだね。まあ、誰でも、こっちは何もしていないのに、向こうが勝手におかしくなって、それのせいでこっちもだめになるっていう事例は色々有るんだが、でも、それを嘆いていてもしょうがない。何か、具体的に変わる方法を探さなきゃ。そうだろう?おじさん。」

通訳を通して杉ちゃんに言われて、おじさんはそうですねといった。

「それならさ、こういうときだもん、なにか他のことをやってみるとか、そういうことしたら?ちなみに、僕たち日本では、夏は農業をして、冬は着物を作っていたというやつは多いよ。」

と、杉ちゃんがそういうと、杉ちゃんの言葉を聞いて、おじさんの奥さんだろうか、いかにも新しいもの好きと言う感じの女性が奥から出てきて、また何か行った。

「それは嬉しいわね。あたしたち、これからどうしようか、迷っているところだった。日本の方は、そういう事がすぐに思いつくから、おもしろいわ。」

そういう通訳をしているチボーくんは、杉ちゃんがそうやってすぐに他人の困っている態度に首を突っ込むのと、また別の不安が湧いてきてしまったのだった。杉ちゃんは、二人に、なにかできそうな事はないかとか、そういうことを聞いている。チボーくんはもちろんその通訳係として、大いに役に立っているのだが、なにか、自分が役に立っていないような気がしてしまう。

「まあ、バッタの大移動が解決するには本当に時間かかるからさ、お前さんたちは、食べ物の仕事をしているんだから、食べ物のことには、詳しいはずだよな?」

と、杉ちゃんは言っていた。

「じゃあ、それでは、ちょっとお願いなんだがな。オーガニックっていうのかな。自然食品を使った料理レシピみたいなものを、こっちへ出したりとか、そういうことやったらどう?僕らだけではなく、周りの人にも。」

「そうか。今はインターネットで、配信もできますよね。それでは、やらせてもらいましょうか。」

おじさんたちは、杉ちゃんの提案をすぐに嬉しいと、受け取ってくれたようである。杉ちゃんは、チボー君の通訳を通して、何も大したことを言ってないよ、と照れ笑いした。それで良かったな、と杉ちゃんは、カラカラと笑ったが、チボーくんは杉ちゃんの態度が、ちょっと好きになれなかった。

とりあえず、その萬屋さんで、わずかに売りだなに置かれているナスを買って、杉ちゃんたちは、萬屋から出ていった。あのご夫婦は、もう、レシピを作り始めているだろうな、なんてチボーくんは考えるのである。ちょっと憂鬱だった。

それと同時に、モー厶家では、水穂さんが静かに眠っている。こっちへ来ると、水穂さんは実によく眠った。日本では、無理やり薬を飲んでなんとか眠っていると聞いたトラーは、こっちでは、のんびりしてるから、眠っていられるんだとトラーは喜んでいたが、シズさんは、そう思わなかったようで。

「水穂さん、最近、よく眠るわね。」

と、シズさんは、トラーに言った。

「そうね。いいことじゃないの、こっちでゆっくりはねを伸ばすことができるんだったら。」

と、トラーは何も感じていないように言ったが、

「羽を伸ばすね。私、そこら辺の意味はよくわからないんだけど、本当に、気持ちよく眠っていると思う?」

とシズさんは言った。

「ええ、そうだから、水穂、眠っているんでしょう。」

と、トラーが言うと、

「そうねえ、そうだけど、私は、眠っているんじゃなくて、眠ろうと勤めている様にしか見えないんだけどな。」

「眠ろうと勤めてる?それどういうことよ。」

シズさんはそういうので、トラーは思わず言った。

「だから、無理やり眠ろうと思っているってこと。私、経験したこと有るんだけど、ものすごい辛いときには、眠ろうとひたすらに考えるものよ。それは、誰でもそうだと思うわ。日本人は耐えるのが好きだというけど、それができる人ばかりとは限らないし。」

「何を言っているの?あたしたち、一生懸命頑張っているのよ。それなのに、まだ水穂は辛いと思ってるの?笑わせないでよ!あたしが、どれだけ頑張っていると、」

トラーは、思わず怒ってしまいそうになったが、シズさんが静かにと言ったため、黙った。幸い、水穂さんが目を覚ましてしまうことはなかった。

「じゃあ、ど、どうやって、水穂のこと楽にさせてやればいいのよ。日本では永久にバカにされるって杉ちゃん言ってたから、それをなんとかしてあげようと思って家で世話しているのよ。それがどうしたのよ!」

トラーは一度火がつくとなかなか収まらないタイプだった。それはある意味杉ちゃんと似ているかもしれなかった。

「静かに。どうしようもなく辛いことは、大きいか小さいかの違いで、みんな持ってるわ。それが、誰であってもね。」

「そんなことわかってるわよ!水穂には、それが多すぎて自分ではなんともできないから、それを、あたしたちがなんとかしてあげようってしてあげるているんじゃないの。それがいけないっていうんなら、何をすればいいのよ!」

「これをしたらこうしろって言うのが全てじゃないわよ。そういうことだって有るの。」

と、シズさんは、小さいが、きっぱりした声でいった。

「つまり、水穂は、こっちに来ても楽になることはないってこと?」

「そういうことね。」

トラーの問いかけに、シズさんは、そういった。こういう人は、しっかりと答えを出してあげたほうがいい場合が多いのだが、トラーの場合はまた違うようである。

「あたしがしたことは、みんな無駄になっちゃうのか!あたし、そんなつもりで水穂の世話をしていた、わけじゃないなんだけどな!」

と、トラーは、怒りを込めていった。

ちょうどその時。

「おいおい、どうしたんだよ。とらちゃん何怒ってるの!」

と、また別のでかい声が聞こえてきた。杉ちゃんとチボー君が戻ってきたのである。

シズさんは、彼女が大事なことを学習するまで、しばらくそっとしておいてあげてと言って、水穂さんのことを説明した。

「うん、そうだねえ。まあ、しょうがないだろうね。水穂さんのような人は、自分が差別的に扱われてきたことが、頭にもからだにも染み付いているからねえ。」

と、杉ちゃんはシズさんの主張をあっさり肯定する。

「そうでしょう。だから、私も辛いのよ。水穂さんはきっとそれを気にして、ずっと眠っているんだと思うの。私も、似たような気持ちになったことが有るわ。バカにされたり、いじめられたりして過ごしていることが多いと、良くしてもらって、逆に申し訳ない気持ちになっちゃうの。」

「そうですねえ、そういう人も要るんだなあ。」

と、チボーくんは一つため息を付いてつぶやいた。実は杉ちゃんが、萬屋のおじさんにしてきたことを、なんだか他人におせっかいをして、まずいなあと思っていたのである。

「受け取り方は人によって様々というわけですかあ。水穂さんの様に、何もされない人も居るんですよね。杉ちゃんが、してくれるおせっかいも、できる人と、できない人が居るというわけですね、、、。」

そうなると、あの萬屋さんたちは、幸福なのかもしれないと思った。砂漠を渡るのに、水を飲める人と、飲めない人が居るが、飲めると言うことも、また幸せなのである。

「でも、あたしは、なんとかしたいのよ。水穂のこと。だって、あたしは、そう思ってるわ。いくら、身分が低いとか、民族が違うとか、そういうことがあっても、あたしは、そうじゃないわ。」

と、トラーはまだ懲りずにそういうことを言っているのだった。こういうところは、若い女性だけに有るものかもしれなかった。そして、世の中を知らなすぎるものにだけ言えることなのかもしれなかった。

「それを超えられるのは、やっぱりあたしみたいな気持ちにならないとだめだとおもうのよね。それは、いけないことかしら?人間が人間を好きになることは、悪いことだとは思わないけど?」

それを聞いてチボーくんは、思わず涙が出そうになってしまったが、杉ちゃんにまあ、そう怒るなと言われて、あえて口に出さなかった。

「まあ、せんぽくん、そういう事は、しょうがないというか、そういうもんだと思うしかないだろうが。」

と、杉ちゃんに言われて、そうするしかないんだと思う。人間、他人のことになると、受け入れられるけれど自分のことを言われると受け入れられなくなるのはなぜだろう?

「まあ、いずれにしても、今回のトラブルの原因はバッタの大量発生なんだが、それを作ったバッタが、何も知らないということは、皮肉だねえ。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「そうね、何も知らないのに、かえってこういう大きな騒動をもたらしてしまうことは結構あるのかもね。」

シズさんも、杉ちゃんの言うことを理解したようだ。トラーは、其のようなことを理解できず、ただ水穂さんに嫌われたのかと思っているらしかった。チボーくんは、今できることは、そうやって落ち込んでいる彼女を、なんとかして、矯正させてやることではないかと思った。

「外でようか。」

とチボーくんは、トラーを連れて、外へ出る。杉ちゃんがそれを、せんぽくん男らしく頑張れと言いながら見送った。一方のシズさんは、さあ、水穂さんにご飯を食べさせなきゃと、いつもどおりの、生活を維持し続けていた。それができるくらいの、何でもできるシズさんは、ある意味年長者というのはすごいなと思えるところでもあった。





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砂漠渡りと長月 増田朋美 @masubuchi4996

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