1-8.やることを消去法で絞り込むしかなさそうです

 現時点で得られた情報を整理して、そこから導かれるものを確認する。この作業は、一通り終わったと思う。


 次に考えるべきは、わたしが生き延びるために、いや、あっさり死ぬのを避けるために、何を、いつまでに、いかにしてなすべきか、だ。


 まず、最も重要な“何を”だけど、これが全く絞れない。


 ひとまず、この肉体の所有者であるレオノーラが一週間後に迎えようとしている、悪役令嬢への弾劾と婚約破棄の儀式。これがシナリオ通りに進めば、レオノーラが新しい王太子の婚約者になるけれど、これだと、お先真っ暗の未来しか見えない。下手をすれば成功直後に、そうでなくても恐らくは二か月以内に、再度政変が起きて、悲惨な結果に終わるだろう。ゲーム補正なんていう希望的観測にすがるのは、飛んで火に入る夏の虫、自殺選択肢へ向かうことに他ならない。


 そもそも、弾劾だの儀式だのといった下劣な行為自体は、どうでもいい。この世界の倫理について把握しているわけじゃないし、把握できる時間もないから、そんなことを考えるいとまは無い。


 肝心なのは、レオノーラが新婚約者になるのを防ぐことだ。悪役令嬢の取扱いは、二の次三の次。王太子とレオノーラをこれ以上接近させない、可能なら関係を断絶させることが重要になる。


 そうすると、儀式開演そのものを中止に追い込むことが考えられるが、これは時間的に厳しい。


 時間があるなら、怪文書を使って情報を攪乱するのが手っ取り早い。あちこち動いていれば、妙な接触をしてくる輩もいるだろうから、反間の計で揺さぶるのも良さそう。いろいろな手が取れる。王宮内に忍び込んだり、王都で走り回ったりして、あることないこと話をばらまけば、一定の効果は期待できる。


 利害関係がある者に対しては、利益を提示すれば、少なくとも敵にはなるまい。具体的な代償である必要はなく、信用の向上あたりでもよいが、空手形と思われれば、肝心な所で寝返られ、寝首をかかれる可能性があるので、誰にどんな餌を用意するかを吟味する必要はあるけれど。


 利害関係のない者に対しては、その身に危険が及ぶことはないと安心させつつ、義憤の念を喚起させる。人間という者は、自分が居るのが完全な外野で、自分の居場所では責任が問われることがない場合には、得てして常識的な倫理観に沿った行動や言動を支持するものだ。その方が、正義感を振りかざすことができ、自己満足感も、他者からの高評価も期待できるから。ただ、慎重を通り越して臆病な者を引き込むのは、かえってリスキーになる。


 しかし、人脈も部下も金もなく、そもそもキーパーソンのパワーポジションさえ知らない今のわたしに、一週間やそこいらで、こういう策を取るのは、絶対に無理だ。だって、どういう者がどういう役どころでどんな演技を見せるか、何にもわからんのやし。そして、無理を承知で突っ込んでいくのは、この場合、最低の愚策。


 結局、事前に潰すことは、厳しいと考えられる。


 そうなると、レベッカ嬢への婚約破棄宣言に対する、逆弾劾ざまぁという流れに持ち込むのが現実的、だけど。


《宣言の場への出席者次第だけど、弾劾に成功したところで、その場で取り押さえられて闇に葬られるだけね。後ろ盾になる有力者と武力、そして相手を黙らせるだけの正当性がなきゃ、どんな案を出したところで、砂上の楼閣だわ》


 王太子一派を内部分裂させて内ゲバ状態にするのも効果的だけど、そんな仕込みを短時間で試みれば露見する確率が高くなるし、その後の身の安全が図れる絵図が描けそうにない。


 無理なら、素直に逃げるか。物理的空間的に。


《これも、じゃあどこへ、なんだよね。外国への亡命が無難だけど、それも現地に協力者があってこそだし、そもそも地図も見たことがない有様だし。田舎でスローライフなんていっても、こんな身分じゃ、地方領主を頼ろうとしても、とっ捕まった揚げ句、王宮への人身御供というか交渉カードとしていいように扱われて最後はポイだわ》


 結局、単独行動前提では、完全に詰んでいることを再確認する羽目になった。この程度の情報さえも持っていなかった今朝方に比べれば、格段の進歩とはいえるけど。


《やはり有力貴族にあたりをつける、できれば話が通じる中間的な派閥がベスト。でも、どうやって。王太子経由の人脈を使うのはNGだし。そうなると、エグナー家とつながりがある貴族家のツテを探るか》


 でも、義父に関わって聞き出すのは、危険だ。調べようとしていることを察知されるだけで、どんなことをやり出すかわからない。関係があまりよくないようだし、たとえそうでなくても、不確定要素が多すぎる。


 そうすると、消去法で、残るは一人しか居ない。


《最後の頼みの綱は、妹か。わたしから頭を下げれば、案外話は通じるかもしれないし》


 同じ屋根の下に暮らしているはずなのに、レオノーラの意向?もあって、接触自体できていない。


《エグナー家自体に闇があるということも考えられるか。そうすると、外からの評価も知りたいけど……王太子愛人の噂が先行している以上、エグナー家がどう見られているかなんて、測定不能だろうね……》


 結局、袋小路になってしまったか。


 明日はひとまず、イザベラ嬢に会うことを第一目標にしながら、今一度外出して“文字が読める状態”で再度調査するしかないか。午前中あたりで不発の場合は、妹をストーキングして捕捉する作戦で。


 先行きが不透明どころか、濃い霧に覆われてしまった。


 せめて、誰か相談できる相手がいれば、こんなに煮詰まることもないだろうに。


 そういえば。


《ここで目覚めてから、たっくんのこと、一度も頭に浮かべなかったな》


 人間、追い込まれると、どんなに大事な思いも、奥にしまってしまえるのかもしれない。


 でも、一度頭に浮かべてしまうと、もうダメだ。


《たっくん……わたし、やっぱり、一人じゃダメだよ……あなたなら、こういう時、どうしたのよ……》

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