第56話 突撃



 紅い目玉を“食欲”に光らせながら、グールの大群がにじり寄る。

 町の広場にいる人々は、しばらく呆然としたように固まっていたが。


「魔物が……魔物が出たぞぉぉお――ッ!?」


 その声で、止まっていた時間が一気に動きだした。


「な、なんだよあれ!?」「なんで、町の中から魔物が!?」「ど、どこに逃げればいいんだ!?」


 人々が悲鳴と怒号を上げて、逃げ惑いだす。

 しかし、それはまずい。


「おい、背を向けて逃げるな! 標的にされるぞ!」


 グールのような知性のない魔物は、狩るべき獲物を判別するために、“背を向けて逃げるかどうか”を見る。

 自分から逃げるのは、自分に食われると思った者だけだ。

 だから、魔物たちは逃げる者を見ると――本能的に狩ろうとする。



「誰か助けて……!」「誰か門を開けてくれ!」「うわぁあっ! こっち来るな!」



「……ちっ!」


 だが、俺の言葉は当然届かない。

 こんなことになるとは、見込みが甘かった。

 もはや、隠れて脱出とか言ってられない。


『あッははははッ! ずいぶんと面白いことになったわね』


「えっと、あの……これ、ボクたちも危なかったりしませんよね? と、とにかく、ボクはこの隙に逃げたいかなぁ、って」


『で……どうするのかしら、テオ?』


「決まってるだろ!」


 俺は抜剣とともに風の刃を放った。



「――“風王剣フゥゼ・ハルテ”!」



 市民を襲おうとしてきたグールたちが、まとめて斬り飛ばされる。


「大丈夫か?」


「え……?」


 殺されたグールたちを見て、人々が呆然とする。


「こ、今度はなんだ?」「魔法……?」「人が魔物を倒した……?」「あ、あいつも魔物なのか……?」


 俺に対しても怯えの目線が向けられるが、説明が面倒だ。


「とにかく、俺の後ろに逃げろ! 魔物は俺が倒す!」


「……は、はい!」


 助けた人たちが逃げていくのを見てから、俺は剣をかまえ直した。


『まったく、せっかくこそこそできてたのに……これじゃ、台無しじゃない』


「……に、人間、なんてことを……!」


「ここで隠れてなんていられるかよ」


 手近にいたグールを斬り飛ばす。

 グールのレベルは5だ。

 どれだけ数がいようと、レベル67の俺の敵ではないが……。



「うわぁああっ!」「た、助けてくれ……!」「なんで魔物がいるんだよ……!」



「ああ、くそっ……戦いづらい……!」


 人間と魔物が入り乱れてるせいで、むやみに剣を振ることができない。

 さらに勇者祭の仮装のせいで、人間とグールの見分けもつきにくい。

 少しずつ、グールに噛まれてグール化する人も出てきている。


「なんとか、このグールたちを1か所に惹き寄せられたら……ん?」


 ――惹き寄せる。

 そういえば、その言葉に思い当たるものがあった。


 ――かわいい~! ミミスケちゃんって言うんだ! いっぱい食べてね! それ、なんの仮装なの?

 ――もむもむむむっ! や、やめるのです……もみくちゃにするなです……人間の分際で……。


 この町に来た直後、いきなり大量の人間に囲まれていたミミスケ。


(これは……もしかすると?)


 俺はあることを思いつくなり、身にまとっている騎士服ミミスケを思いっきりつねった。



「……い、いきなりなにするのですか、人間!」



 びっくりして擬態を解くミミスケ。

 その瞬間――ぴたり、と。

 周囲にいたグールたちが動きを止めて、一斉にミミスケに紅い眼光を向けた。


「……え? え? あ、あのぉ、ボクになにか……?」


「やっぱり予想通りか……」


 ミミックは見た者の欲望を刺激して、惹き寄せる魔物だ。

 ミミスケはとくに、何百年もそうやって人間と魔物を惹き寄せて食っていたのだ。


 ――惹き寄せ体質。


 おそらくグールたちには、ミミスケが極上の獲物にんげんに見えているのだろう。

 俺はミミスケの首根っこをひょいっとつかんで、ぷらーんと頭上に掲げた。



「グールども! こいつを見ろ!」



「……へ?」『……ん?』


 広場中のグールたちが動きを止めて、ミミスケのほうへ視線を寄せる。


「こいつの肉の味は最高だぞ! こいつを食いたいやつは、こっちに来い! 早いもん勝ちだ!」


「え……ちょっ……」


 俺はミミスケをつかんだまま、グールたちに背を向けて駆けだした。



「ゔおぅォッおオ――ッ」「うぁあェッゔァ――ッ!」『あぴゃぁああ――ッ! あれは、わたしの獲物よ――ッ!』



「……わ、わぁあっ!? こ、こっち来ました!?」


 狩猟本能に突き動かされるままにグールたちが、大挙してミミスケに殺到する。

 なんかその中にフィーコも混じっていた気もするが……。

 ともかく、想像以上の食いつきだ。


「ミミスケ、喜べ。お前には囮役タンクの才能があるぞ」


「……い、一番うれしくない才能なのです……」


 それから、広場の端まで来たところで、俺は立ち止まった。

 振り返れば、後ろのグールたち(+フィーコ)がすでに追いついていた。


「な、なにやってるのですか、人間! あっさり包囲されてるのです……!」


「違う。包囲されたんじゃない――させたんだ」


 周囲を見るが、人間はいない。

 どうやらグールをうまく誘導できたようだ。

 これなら、心置きなく――暴れることができる。


「ぁあ……に、にに人間ンンン――ッ!」「人間ッ! 人間ッ! 人間ンンッ!」「……がが渇ぐ、が渇ぐぐぐゥ――ッ!」『……わたし、にんげん、まるかじり――ッ!』


 唾液をまき散らしながら、俺へと飛びかかるグールたち(+フィーコ)。

 そのグールたちの中心で――。



「――化けろ、ミミスケ」



 そう言うとともに、周囲に剣閃がほとばしった。

 ぐるん――ッ! と、

 炎のような剣光の軌跡が螺旋を描き、グールたちの上を駆け抜ける。


 それから遅れて――ぶしゅぅうッ! と。

 グールたちが黒い体液をまき散らしながら崩れ落ちた。



『あうあうあうあーっ!』



「お前はいい加減、正気に戻れ」


『…………はっ』


 目をハートマークにしていたフィーコが我に返る。


『ふっ……やるわね、ミミスケ。このわたしを取り乱させるなんて』


「お前は四六時中、取り乱してるだろ」


「ふぃ、フィフィさまに褒められました……えへへ……」


 ミミスケが魔剣形態のまま、へにょへにょと照れる。


「それじゃあ、グールもいっぱい倒しましたし……そろそろ、おうちに帰る時間ですね」


「いや……簡単には帰らせてくれそうにないぞ」


「……へ?」


 道の先にある、夜闇に黒く染まった大聖堂。

 そこから――。


 ぞろぞろと、ぞろぞろと、ぞろぞろと……。


 地獄の釜があふれたかのように、亡者の大群が押し寄せてきていた。

 おびただしいほどの紅い眼光が、こちらに向けられている。

 大通りにひしめくその大群は、もはや黒い洪水だった。


「……や、やばくないですか、あれ」


「あいつらもミミスケに惹き寄せられたのか?」


『みんな、ミミスケファンってわけね。すごい人気者じゃない』


「……う、うれしくないのです……」


 ミミスケが涙目でがたがたと震える。

 こいつの惹き寄せ体質は、不幸も引き寄せてる気がしてならない。


「それにしても……さっき倒したグールどもは、あくまで一部だったってわけか」


『きりがないわね』


 都市のあちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。

 おそらくは、都市の他の場所にもグールがわいているのだろう。

 グールは力も弱く、足も遅いが、レベル1の人間が密集した閉鎖空間でなら相当の脅威になりうる。


 なにせ、逃げ場も倒す手段もないうえに、倍々ペースで数を増やしていくのだ。

 この短時間にこれだけの数になったあたり、この都市がグールに呑み込まれるのも時間の問題だろう。


「……まさに地獄だな」


 俺はグールの大群に向かって魔剣をかまえるが……。



『――無駄よ、テオ。あなたには、なにも救えないわ』



 フィーコが嘲笑うように告げる。


『これは、物語でいうところの“負けイベント”ね。あなたも、もうわかっているのでしょう? グールをいくら倒したって意味がないことは』


「……ああ。大元を潰さなきゃダメだ、って言いたいんだろ」


『ええ、そうよ。このグールの襲撃を仕組んだのは、確実にセラフィムね。だから……いくらグールを減らしたところで、セラフィムを倒せないなら意味がないわ』


 たしかに、フィーコの言いたいことはわかる。

 むしろここで戦えば、意味がないどころかセラフィムに見つかるだけだ。

 ただの自己満足の自己犠牲にしかならない。


『死天使セラフィムは、こんなところで戦うべき相手じゃないわ。物語なら最終盤に――もっと冒険を重ねて、レベルアップをして、段階を踏んでからようやく対等にわたり合えるような相手よ』


「そ、そうです! 全てフィフィさまの言う通りなのです……! さあ、おうちに帰りましょう!」


『今ならまだ遅くないわ。この混乱に乗じて町から逃げるべきね』


「今、フィフィさまがとてもいいことを言いました! さすがフィフィさま! フィフィさまは神!」


『そもそも、あなたを裏切ったこの町を救う理由なんてないでしょう?』


「はい論破です! はい論破です!」


『ミミスケ、ちょっと黙ってて』


「……あ、はい」


 魔剣がしゅんとしたように、へにょっと垂れ下がる。


『さて……今、あなたに与えられた選択肢は2つよ。尻尾を巻いて逃げるか、ここで無駄に戦って無駄死にするか』


「……ずいぶんと心配してくれるんだな」


『は、はぁ!? べ、べつに、そういうのじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!』


「まあ、たしかにお前の言う通りだ。これは罠かもしれないし、俺を裏切ったやつらを救う理由もない。セラフィムに勝てない俺では、この騒動を止めることはできない。どうせ勝てないのならば、戦ってもただの無駄死にだ」


 本当に戦うべき理由はほとんどないのに、戦うべきじゃない理由はいくらでも出てくるな。

 それでも――。



「俺の答えは――“選択肢なんて知るかボケ”、だ」



 俺は魔剣を握る手に力を込めながら、グールの群れへと駆けだした。

 黒波となって、次々と襲いかかってくるグール。

 それに向かって、俺は魔剣を思いっきり振り払った。


「俺は……ここで逃げるような生き方はしていない!」


 グールの波に真正面から、全力の斬撃を叩き込む。

 どばばばばば……ッ! と。

 一振りごとに大量のグールたちが、飛沫を上げるようになぎ払われていく。

 そうしてグールの波を押し返しながら、俺は大聖堂へ向かって駆けだした。


『まったく……結局、こうなるのね』


 フィーコがあきらめたように溜息をつく。


『テオのことだから察しはついてたけど……どうせ、わたしがなにを言っても、あなたは止まらないんでしょう?』


「当たり前だ」


『あいかわらず長生きするのが下手そうな生き物ね、あなたは』


「初めて会ったときに言っただろ? 俺は長生きするために生きてるわけじゃない。自分の生き方に殺されるのなら本望だ」


 グールを斬り飛ばしながら――前へ。

 剣を振るたびに、青白いレベル刻印の光が、俺の右手へと吸い込まれていく。


「どうせ、俺たちは前に進むしかないんだ。倒せる相手とだけ戦って、ゆっくりと強くなって……そんなことで、世界最強の“王”を殺せるわけもないだろうが」


『ふふふ……あなたはどこまでも、わたしの思い通りになってくれないのね』


 フィーコがにやりと笑う。


『――そうこなくっちゃ!』


 どうやら、俺の答えは彼女のお気に召したらしい。


『まったく……あなたと冒険を初めてから退屈してる暇がないわ。どうしてくれるのよ。これじゃあ、元の生活に戻れなくなるじゃない』


「知るか」


 俺たちはにやりと不敵に笑い合う。


「あ、あのぉ……」


 と、沈黙していた魔剣モードのミミスケが、もにょもにょと声を出す。


「……この流れで帰りたいとか言ったら、怒ります?」



「殺す」『殺す』



「……あ、はい」


 グールを斬りながら、前へ進み続ける。

 目指すは大聖堂。死天使セラフィムのいる場所へ――。

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