第57話 首無し騎士



「……はぁ……はぁ……ようやく到着か」


 魔剣で最後のグールを斬り伏せ、俺は額の汗をぬぐった。

 それから顔を上げると、すぐ目の前に大聖堂があった。


 月に牙を突き立てるように、黒々とそびえ立つ尖塔の群れ。

 その威容は、昼に見たときとは違って禍々しい印象を受ける。


『……ここが、あのセラフィムのハウスね』


「……あいたたた……お、お腹が痛いのです……これは3日ぐらい休まないと治らないやつなのです」


『残念だけど、ここまで暴れたからには、もう引き返せないわよ』


「向こうも俺たちに気づいてるだろうしな。ここまで来たからには、もう前に突き進むしかない」


「そ、そんなぁ……」


 大聖堂の入り口へまっすぐ続いている道を歩く。

 夜闇が音を吸い込んでいるかのように、辺りは無音だった。


 かつ、かつ、かつ……と。

 俺の靴音がやたら大きく響く。

 もはや自分で自分の居場所を知らせているようなものだ。

 当然、大聖堂の扉前で待ち受けていた者が、俺に気づかないわけがない。



「…………生きてたんですね、テオさん」



 前方の影の中から声をかけられる。

 大聖堂の影に同化するように立っているのは――1つの黒い人影だった。


「その声は……ルーク、か?」


「ええ」


 人影がもぞりと動いて答える。


「……すごいですね、テオさんは。人間の身でどうやって生き残ったのか、僕には想像もつきません。でも、よかった。僕が言うのもおかしいかもしれませんが……本当にテオさんには生きていてほしいと思っていたんですよ」


 会話ができるだけの理性がある。人間性が残っている。

 ルークは少なくともグールになっていない。

 それがわかって、少しほっとする。


「よかった、お前は魔物になってな……」


 しかし――言葉はそこで止まった。

 影の中から歩み出てきた人影――。

 月光に照らし出されたその姿は、間違いなくルークだった。


 若いながら気品と威厳に満ちた立ち姿。

 仕立てのいい騎士服。その手にさげているのは純白の壮麗な剣。

 一瞬、なにも変わっていないと錯覚した。


 しかし――違う。


 灰のように白く染まった髪。

 黒い紋様がびっしりと浮かび上がった顔。紫色の炎を噴き上げる首。

 そして――体から発せられている禍々しい魔力。

 その全てが、物語っていた。


 ……ルークは、もう人間ではない。



「お前……」


 言葉が出なかった。

 そんな俺にかまわず、ルークは子供のように無邪気に微笑む。

 初めて地図を見たときのように、俺の冒険を聞いたときのように。


「見てくださいよ、テオさん」


 そして、頭を手でつかみ――ごろん、と引っ張った。


「レベルが上がったんです」


「な……」


 首が90度曲がり、ぱかりと蓋のように外れた。

 そうして露わになったのは、紫炎を噴き上げる首の切断面。

 そこには、レベル44の刻印が輝いていた。


『――首無し騎士デュラハンね。イメチェンしすぎて、種族が完全に変わってるじゃない』


 フィーコが呟く。

 首を狩って主君へと届ける死神騎士。

 首を斬った相手を、配下のアンデッドとすることができる魔物。

 ルークはもう――立派な魔物に、成り上がっていた。


「ルーク、お前……なにが、あった?」


「なにって、これは“救済”ですよ」


「……なにを、言ってるんだ?」


 理解ができない。理解したくない。

 ルークは兜をかぶり直すように、首を元に戻す。


「セラフィム様に“救済”してもらったんです。彼女は家畜である人間を憐れんで、僕たちを魔物に成り上がらせてくれたんですよ」


「魔物に、成り上がらせる?」


 嫌なほど思い当たる光景があった。

 それも、つい先ほどまで見てきた光景だ。


「もしかして、町にグールが放たれたのは……」


「はい、それも――“救済”のためです」


「救済……こんなものが救済だと……?」


「ええ。僕たちは今日をもって、家畜にんげんを卒業するんです。これで僕たちは自由になれる。もう家畜じゃなくてもいい。もう魔物の食べ物じゃなくてもいい。結界おりの中に囚われなくてもいいんだ」


『魔物になれば自由? はっ、それは大間違いよ。よくて家畜から奴隷になるだけだわ』


「……目を覚ませ、ルーク。レベル5のグールなんて、外の世界ではまともに生きられない。野良の魔物に食われて終わりだ」


「でも、家畜にんげんよりはマシでしょう?」


「…………それは」


 なにも言い返せない。なにも言ってやれない。


「テオさん、あなたも僕の力で“救済”してあげますよ。僕の天恵――【首狩騎士ヘッドハント】の力があれば、あなたを不死の魔物にすることができます。そうすれば、魔物であることの素晴らしさがわかるはずです」


「……俺のことも魔物にするつもりか」


「ええ。だって……いつまでも人間でいるなんて、かわいそうじゃないですか」


「…………そうか。よくわかった」


 俺はルークに魔剣を突きつける。



「――お前は、俺の敵だ」



「…………え?」


「俺はこのふざけた“救済”を止める。だから、そこをどけ。できれば、お前を斬りたくはない」


「“救済”を止める? まさか、セラフィム様と戦うつもりですか?」


 ルークが顔を強張らせる。


「この道の先に待っているのは、死だけですよ。人間のあなたがセラフィム様に勝つことなど不可能です」


「それでも勝つと決めた」


「……どうしても、止まらないというのですね」


 ルークは俺の瞳をじっと見て、俺の決意を悟ったらしい。


「……残念です。あなたになら、わかってもらえると思ったのに」


 ルークは泣き笑いのように顔を歪めると、手にしていた白剣を胸の前に掲げた。



「白夜、来たれ――”白刃結界”」



 かッ! と閃光を放つように、刃状の白い結界を剣身にまとう。

 結界を生み出す剣――。

 月光を浴びて神々しく輝くその剣は、おそらくこの都市に結界を張っていた“聖剣”なのだろう。


「あなたが拒もうが、僕は人間みんなを“救済”します。僕はあなたを“救済”します。この“救済”の邪魔は、誰にもさせません――!」


 その言葉が、戦闘開始の合図となった――。

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