第27話 絶対王声


「――俺はテオ。この町の外から来た人間だ」


「外から……?」


『そして、わたしは誇り高き不死鳥フェニックスのフィフィ・リ・バースデイよ』


「ま、魔物!?」


 青年はそこで、初めてフィーコの存在に気づいたらしい。

 ぎょっとした声を出してから、はっと口をつぐんだ。


「まぁ、こいつは俺の付属パーツみたいなものだから気にするな」


『付属パーツ……』


「……あ、えっと……?」


 青年は困惑しつつも、こちらへの関心があるらしい。


「……君は、人間なのに……魔物を倒せるの、か……?」


「ああ」


「……そ、そうか……外の世界には、そういう人間もいるのか……」


『いえ、テオだけよ、そんな人間は』


「……あ、ああ……そうなのか……?」


 彼はなにかを咀嚼するように目を閉じた。

 そして、決意を込めた目で、俺をじっと見すえてくる。


「なんにせよ……死ぬ前に、君に出会えてよかった。1つ、頼みを聞いてくれないか……? 僕の最期の……願い、だ……」


「いや、話の途中で勝手に死のうとするな」


 とりあえず、男の傷口に触れて“治癒リーヴ”の魔法をかける。

 前世ではソロで活動していたため、他人に対する治癒魔法は専門じゃないが……部位欠損とかじゃなければ、それなりに治療はできる。


 しばらくすると、青年の容態は安定したらしい。

 彼は上体を起こしながら目を瞬かせる。


「け、怪我が治った……? ま、まるで、魔法だな」


「いや、魔法だが」


「人間が魔法を……?」


 そういえば、この時代の人間は魔法も使えないんだったな。

 魔法の知識が得られる環境にないうえに、レベル1の魔力量では魔法の訓練もままならないから、それも仕方ないが。

 なんなら、人間が魔法を使えることを知っている者すら少ないのかもしれない。


『ま、テオはテオって種族だと思ったほうがいいわよ、もう。人間だと思うと、わけわからなくなってくるし』


「あ、ああ……」


「いや、普通に人間だろ」


 まあいい。


「で、さっきの頼みの話だが、依頼内容と条件次第では受けてやってもいいぞ」


「ほ、本当かい……?」


 まだ依頼内容を聞いていないが。

 依頼を受けるというのは、なんとも冒険者らしくて懐かしい。


「でも、僕に払えるものなんて……」


「報酬は、“甘きもの”払いでいい」


「……“甘きもの”?」


『スイーツのことよ。プリンでもおごってあげればいいんじゃないかしら?』


「すぐには無理そうなら、出世“甘きもの”払いという手もある」


「……そ、そんなものでいいのかい?」


 青年は戸惑うというより驚いたような顔をする。


「……外の世界の人間って、変わってるんだな」


『改めて言うけど、これを基準に考えたらダメよ?』


「それより、頼みってなんだ?」


「ああ、それは……」


 と、青年が語ろうとしたとき――。



 ――時計塔の鐘が、鳴った。



 かーん、かーん、かーん……と。

 都市を上から圧し潰すような、重苦しい音色。

 どこか断末魔の叫びを思わせる不吉な音に、町中の音が塗りつぶされる。


「……し、しまった……もうこんな時間だったのか……っ!」


 青年の顔が、さぁっと一気に青ざめる。

 その視線は空のほうへと向けられていた。

 俺もその視線の先を追うと――。



 ――1人の女が、都市の上空に



 遠目からでも目につくほどに、鮮やかな色彩の女だった。

 風に長くたなびく羽毛のような緑色の髪に、女王を思わせる艶やかなドレス。

 そして――その背を飾る翼が、彼女が人間ではないことを伝えている。


「…………セイレーンだ」


 青年がぽつりと声を震わせる。


「……ぁ……ぁあ……始まって、しまう……歌鳥の儀が、始まってしまう……!」


 その絶望的な声音で、理解する。

 あの魔物こそが、この都市の支配者であることを。



「――時間だ」



 セイレーンの声が、空から降ってくる。

 不思議と頭に染み入ってくる声音だ。

 本能が警鐘を鳴らして、急いで耳をふさぐも――無駄だった。



「――“つどえ、私の愛玩動物にんげんども”」



 そのさえずりのような透き通った声が、俺の鼓膜を震わせる。


「……まずい」


 聞いてしまった。聞いてはいけなかった。

 すぐにそれを理解する。

 セイレーンの声が何度も頭蓋の中で反響して、頭の中が急速に靄がかってくる。


『あーあ、聞いちゃったぁ』


 フィーコがからかうように言ってきた。

 あきらかに、この状況を楽しんでいる。


『いいことを教えてあげるわ。セイレーンの天恵ギフトは――【絶対王声ゼッタイオウセイ】。自分よりレベルが下の相手を命令通りに操る力、と言うとわかりやすいかしら?』


「……知ってるなら早く教えろよ」


『だって、教えちゃったら面白い反応が見られなくなるじゃない』


「……性格悪いな。知ってたが」


 しかし、やっかいな能力だ。完全に初見殺し。

 両頬を叩いて抵抗しようとするが――ダメだ。

 いくら意思を強く持とうとしても、俺の足が自分の意思を無視して動きだそうとする。

 まるで、セイレーンの声に誘い込まれるように……。


 見れば、この都市の住民たちもぞろぞろとセイレーンのいるほうへと歩きだしていた。幽鬼のように意思を感じさせない足取りで、ふらふらと、ゆらゆらと、ただ歩いている――歩かされている。


「……これが、セイレーンの天恵ギフトの力か。さすがに、これほどの規模の町を管理しているだけのことはあるな」


『こんなに人間の管理に適した力も、そうそうないわよね』


「……柵の周りに監視がなかったのも、この力があるからか」


『ま、そうでしょうね。“逃げるな”の一言だけで、この都市にいる人間はセイレーンから逃げられなくなるんだから楽なものよね。うらやましいわ』


「……精神操作系か。よりにもよって面倒な天恵ギフト持ちにあたったな」


 ただ、こういった精神操作系の天恵ギフトの力は、前世で何度も食らったことがある。

 俺は目を閉じて、呼吸を落ち着かせた。

 そして――ぐっと、その場に踏みとどまる。


「……よし、うまくいった」


『あら? もう大丈夫なの?』


「……ああ。今のは命令の条件が緩くて助かった」


『どういうこと?』


「セイレーンの“集え”という命令には、たしかに逆らえない。なら――逆らわなければいいだけだ」


『……? ……?』


 遅かれ早かれ、俺もセイレーンのもとへ向かわなければならないだろう。

 しかし、“いつ向かうか”までは条件指定されていなかった。


 だから、自己暗示をかけて命令を解釈をし直せば、ひとまずこの場は踏みとどまることができるというわけだ。

 あくまで、その場しのぎでしかないが……。


『なーんだ、つまんないの。もうちょっと、からかいたかったのに。テオって、そういう抜け道みたいなの探すの、無駄にうまいわよね』


 まぁ、抜け道とはいっても、特別な訓練をしている俺だからできる芸当ではあると思うが。

 この都市にいる住民たちに理屈を説明したところで、すぐにできるかどうかは別だ。

 と、そこで――。


「き、君……大丈夫なのかい?」


 俺の様子を見ていた青年が、慌てたように声をかけてきた。

 見れば、怪我をしてまともに動けないのに、這ってでもセイレーンのもとへと向かおうとしているらしい。


「……頼む、僕も止めてくれ!」


「ああ、わかった」


 言われた通りに、青年を地面に押さえつける。

 青年はくぐもった声を上げながら、じたばたともがく。怪我人とは思えない力だ。自分が傷つこうと気にせずに、青年は暴れ続ける。

 気味が悪いのは、まるで青年自身の意思を感じさせないことか。


「いったい……これから、なにが始まろうとしてるんだ?」


「……“歌鳥の儀”だ。止められなかった……」


 青年が悔しげに歯を噛みしめる。



「――頼む……妹を助けてくれ」


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