第26話 ハーピィ戦
「――――
殺したハーピィのレベル刻印から光が浮き上がり、俺の手の甲へと吸い込まれていく。
その様子を、残りのハーピィたちが呆然と眺めていた。
狩ろうとしていた人間に、仲間が狩られた――。
そのことを、すぐには頭が受け入れられないのかもしれない。
だが、俺がハーピィたちに歩み寄ると、我に返ったようにびくりとした。
「こ、この……ッ!」「……人間がァッ!」
悪戯好きの女の子のような顔から一変……。
笑顔の仮面がぐにゃりと体熱で溶け落ちたかのように、その顔が苛烈なまでの憤怒に歪んだ。
おそらく、こちらが本性なのだろう。
「死ねッ! 死ねッ! 死ねェッ!」
ハーピィのうちの1匹が、その場に竜巻を作り出す。
レベル13の魔物の魔法にしては、竜巻の規模が大きい。
おそらくは、
「竜巻を操る
『そうね。たしか、【
「まぁ、それなら――問題ないな」
風を操ることにかけては、俺のほうが上だ。
「――
俺とハーピィのレベル差では、初級魔法で充分だろう。
指をくいっと曲げると、俺に迫ってきていた竜巻があっさりとかき消える。
「……ッ!? な、なんで……ッ!?」
戸惑うハーピィへ向けて、さらに風を動かした。
竜巻を打ち消した風を、勢いそのままにハーピィの体中の穴に流し込む。
「…………ッ!?」
ハーピィの体がみるみる膨らんでいき――ぱんッ、と破裂する。
「さて……あと1匹」
俺が残りのハーピィに目を向けると、彼女はようやく力の差を悟ったらしい。
「……ひっ!?」
その場から羽ばたいて逃げようとするが。
「――
指をくいっと下に向けると、ハーピィが地面に墜落した。
「……ぁ……ぐッ!?」
そのまま見えない巨人の足に踏み潰されているかのように、めきめきと音を立てて地面にめり込んでいく。
「く、くそっ……人間がッ! こんなことして、ただで済むと……!?」
ハーピィが苦しげに叫ぶ。
「このことをセイレーン様が知ったら、人間なんて……ッ!」
「セイレーン様?」『セイレーン?』
俺は風を操る手を少し弱めた。
興味なさそうにしていたフィーコも、その名前に反応する。
おそらくは、この町を管理している魔物の名前か。
『セイレーンか……なるほどね』
「知ってるのか?」
『ま、同じ鳥系の魔物だもの。どんな魔物かぐらいは知ってるわよ』
「そうか」
俺もセイレーンという魔物の話だけは聞いたことがある。
俺自身は戦ったことがないが、海辺の町の人々に恐れられていたのは覚えている。
「たしか……魅惑的な歌声によって船を岩礁に誘い込んで沈めさせる、海鳥の魔物だったか」
『いや、なんで知ってるのよ』
「オーガたちが話してるのを聞いた」
なにはともあれ。
これは思わぬところで、魔物の情報が手に入りそうだな。
「なぁ、ハーピィ……そのセイレーンとやらについて教えてくれるよな? セイレーンは今どこにいる?」
「だ、誰が、人間なんかに……ッ!」
「言っておくが……俺は、“お願い”をしてるんじゃないぞ?」
指をさらに下へと向けて、風圧を高める。
「――“拷問”を、しているんだ」
ハーピィが地面にめり込み、潰れたような悲鳴を上げた。
「……ま、待って……セイレーン様のことは、話せない」
「“話せない”ということは、“話すこともできる”ということだな?」
「違うッ! 本当に話せないッ! そう、命令されてるの!」
「その命令は、命よりも大事なのか?」
「……な、なにを言ってるの、人間ッ!? セイレーン様の命令に逆らえるわけないでしょう!? だって、セイレーン様の
ハーピィはなにかを言いかけた途端、はっとしたように表情を一変させた。
突然、ハーピィが自分の首を握りしめたのだ。
自殺するつもりか……と思ったが、様子がおかしい。
「や、やめッ! 違うのッ! 違う違う違うッ、話してないッ! わたしはなにも話してませんッ! お赦しをッ! お赦しを、セイレーン様――ッ!」
ぎょろぎょろと誰もいない虚空を見つめながら、ハーピィが叫びだす。
わけもわからず見ていると、ハーピィはそのまま自分の首を握りつぶして絶命した。
そして、静寂……。
「…………な、なんだ?」
さすがに戸惑う。
辺りを見回すが、セイレーンらしき魔物の姿はない。
なにやら、命令に逆らえないとか言っていたが……。
(これが、セイレーンの
いや、それよりも、今は考えるべきことが他にある。
俺は地面に倒れていた青年に目を向けた。先ほどまでハーピィに食べられていたやつだ。
ずいぶんと血まみれではあるが……。
『生きてはいるようね』
「ハーピィがあえて急所を狙わずに食べてたんだろうな」
ハーピィは獲物をいたぶるのが好きだという。
思えば、人間を空から落とすというのも典型的なハーピィのいたぶり方だ。
「あんた、大丈夫か?」
俺はその場にしゃがんで、ぱしぱしと青年の頬を叩いた。
一応、まだ意識もあったらしい。
「……は、ハーピィは……?」
「もう殺したぞ」
「こ、殺した……? バカな……」
青年がうっすらと目蓋を持ち上げて、怯えたようにこちらを見てくる。
「……き、君は…………人間、なの……か……?」
「ああ」
青年にも見えるように、俺は大きく頷いてみせた。
「――俺はテオ。この町の外から来た人間だ」
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