第19話 決着


 ……人狼のガルドの生涯は、これまで順調の一言だった。

 レベル46という高レベルの魔物として生まれ、生まれながらにして爵位が与えられることが決まっていた。

 戦闘力も、知力も、人間狩りのうまさも、周りの魔物より頭ひとつ抜けていた。


 出世間違いなしだと言われ、若くして城の管理を任された。

 ガルドの将来は輝かしいものになるはずだった。

 そのはずだった、のに――。


「…………な、なに……が……?」


 わけが、わからなかった。

 気づけば、視界がごろんと転がっていた。

 首を失った自分の胴体を見て、ようやく首をはねられたのだと気づいた。


(なんだ、これは……? なんだ、この状況は……?)


 ありえない。

 人間ごときが、この人狼の首をはねたとでも言うのか……?


『あー、ずるいんだぁ』


 と、混乱しているガルドの耳に、下級霊の女の声が聞こえてきた。

 なにやら、人間と話しているらしい。


「はっ……こいつも言ってただろ? この世は狩ったもん勝ちだってな」


『まったく、美しくないわね。みんな、戦いの美学というものはないのかしら』


「ない」


『まぁ、でも……面白いぐらい綺麗に引っかかったわね』


「獣系の魔物は素早く動くものを目で追う習性があるし、上を向いたときに鼻っ面が邪魔で前方が死角になるからな。もっとも……油断してなければ、こんな手には引っかからなかっただろうが」


『つまり、このもふもふがザコだったってことね』


 もはや下級霊と人間は、ガルドなどいないかのように会話をしていた。


(……気に、食わねェ……ちょっと不意打ちで攻撃を当てたからって、いい気になりやがって……)


 まだ戦いは終わってないのだ。

 人狼の生命力と再生能力をもってすれば、首をはねられたぐらいで死ぬことはない。たとえ、首だけになっても相手に食らいつくのが人狼だ。

 まだ、ガルドは戦える。


「……てめェら……なに、勝った気になってんだァ……」


 ガルドが人間を睨みつけると、「ほぅ……」と感心したような目で見られた。


「まだしゃべれるのか。人狼の執念深さには恐れ入る」


「……はッ、なめてんじゃねェよ」


 ガルドは鼻で笑う。


「なァ……知ってるかァ? 人狼の天恵ギフトは、月光を魔力に変える力だァ。だけどよォ……それは昼間なら楽に倒せるって意味じゃあねェ。月はなァ……昼でも光ってんだよ……ッ!」


 ――再生能力。

 それこそが、人狼の最大の特徴だ。


 同じレベルの魔物と比べて、けっして力が強いわけじゃない。

 しかし人狼は、魔力があるかぎり肉体を再生することができる。それも月の光を浴びていれば――ほとんど不死身と言ってもいいほどの再生能力を誇る。


 無限に回復する肉体。尽きないスタミナ。

 首だけになっても敵に食らいついて離さない執念深さ。

 たとえレベルが少し上の相手と戦おうが、いつも最後に立っているのはガルドだった。


「月光の下にいるかぎり、俺は……無敵だ――ッ!」


 ガルドは下顎で地面を蹴って、人間に向かって飛びかかった。

 まさか、首だけで攻撃してくるとは思わないはず。反応すらできないはず。

 ガルドはがばっと大口を開けて、人間の首へと食らいつこうとし――。


 ――ごすっ。


 と、ガルドの目に剣が突き立てられた。


「…………ぁ……?」


 眼球と骨を突き破られ、頭蓋の内部にまで冷ややかな異物感が侵入してくる。

 剣を手にしているのは――人間だ。

 当然のようにガルドの攻撃は対処された。


「なぁ、知ってるか?」


 人間が冷たい声音で言う。


「人狼は――殺せば、死ぬんだ」


 その声色からは、戦闘の興奮などは微塵も感じられない。

 手順通りに淡々と処理されているような感覚さえ抱く。

 その人間の目は、まさに魔物が人間を屠殺するときと同じで……。


 …………怖い。


 生まれて初めて、敵に恐怖を覚えた。

 自分が食う側ではなく、食われる側だったのだと、このとき初めて認識した。

 今から、この人間に――喰われる。

 そのイメージが鮮明に脳裏に浮かび上がり――。


「――な、なめるなァッ!!」


 ガルドが咆哮する。

 脳裏のイメージを弱気もろとも吹き飛ばすように叫び続ける。


「……たかが人間がァッ! 食い物のくせに、調子に乗んじゃねェッ! オレはなァ、強いんだッ! 爵位持ちなんだッ! 本当は、もっとッ……人間なんて、足元にも及ばないぐらい……強い、んだよッ!」


 自分がこんなところでやられていいはずがない。

 これから輝かしい出世の未来が待っているというのに……。

 爵位持ちである自分が、家畜にんげんなんかに負けていいはずがない。


「俺はレベル46の人狼だッ! レベル1の人間なんかに負けるわけがねェだろうがァッ!」


「ああ、そういえば言ってなかったが……」


 と、人間が思い出したように呟いた。


「俺のほうがレベルは上だぞ?」


「…………あァ?」


 ふと、人間の手の甲が見えた。

 青白く輝いているレベル刻印。

 それが示しているレベルは――“58”。


「…………え…………な、なん……で……?」


 混乱する。言葉が出てこない。

 意味がわからない。理解ができない。


「さて、遺言はもう終わりだな?」


 人間がガルドに刺している剣の鉄鍔に親指をかけた。


「……ッ」


 嫌な予感がした。獣の本能が警鐘を鳴らした。

 このままでは――死ぬ。


「ま、待……ッ!」


 しかし、ガルドの言葉を待たずして。

 人間の手の中で、青白い雷光が弾けた。



「――雷手ヴォルテ


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