第20話 コボルド殲滅戦



「――よし、レベルアップしたな」


 人狼を始末したあと。

 人狼の額にあるレベル刻印から光が浮き上がり、俺の手の甲へと吸い込まれた。

 俺のレベル刻印が58から59へと、かちりと変化する。

 レベルアップの証だ。


『えー、たった1だけしか上がらないの?』


「人狼とはレベル差もあったし、こんなもんだろ」


 レベルは高くなればなるほど上がりにくくなるし、1だけでも上がったなら御の字だ。

 そもそも、この人狼の城に来たメインの目的は、レベルアップじゃなくて物資調達だしな。


『とはいえ、魔物ならもうすぐ侯爵級になれるレベルだわ。まさか、人間がそんなレベルになるとはね』


「まあ、まだまだこれからだけどな。俺が目指しているのは、“そこそこ強くなること”じゃなくて、最速で最強へと至り――“王”を倒すことだ」


『ふふ……そうこなくっちゃ』


「できれば、レベル70まではすぐに上げたいな」


 レベル70になれば世界が変わる。

 魔力量的に、超級魔法を実戦レベルで使えるようになるからだ。

 今のレベルでは上級魔法を連発できても、超級魔法は発動すら厳しいからな。

 いずれフィーコレベルの追っ手と衝突したとき、上級魔法のみでは対処が難しいだろう。


『うーん、それにしても……』


 ふと、フィーコが小首をかしげた。


『さっきの質問って、なんの意味があったの?』


「質問?」


『ほら、人間をどれだけ食べてたか聞いてたでしょう?』


「ああ」


 そこまで言われて思い至る。

 さっき、人狼の首をはねる前のやり取りのことか。


『もしかして……同族を食べられて怒ったのかしら? ねぇ、悔しかった? 同族を食べられて悔しかった?』


 フィーコが意地悪くにまにまと笑う。

 こいつがそういう笑い方をするのは、俺を小馬鹿にするときだ。

 とはいえ……見当違いだな。


「そういうわけじゃない」


 この程度の悲劇なんて、どこにでも転がっている。

 仲良くなった者ですら何人も食われてきたのだ。今さら見ず知らずの相手が食われて悲しめるほど、俺は優しい人間ではない。


「俺がその質問をしたのは、長期戦になったときの対策のためだ」


『ふぇ?』


「再生能力持ちには、胃袋が立派な急所になるからな。とくに腹を満たしている場合は……剣を刺すと胃袋が破裂して、体内にその中身をまき散らすことができる。それが内臓にかかれば地獄のような痛みを味わい、まともに身動きできなくなり――そのうちショック死する。たとえ体を再生させたところで、体内にぶちまけられた胃の中身はどうにもならない。腹を切り開いて、中を丸洗いでもしないかぎりはな。だからこそ……」


『あ、うん……もういいわ。ストップ』


 フィーコに話を遮られた。

 なぜか顔を青くしながら、お腹を押さえている。


『……いつかまた、あなたと戦うときは……お腹をすかせておくことにするわ』


「好きにしろ」


 俺はそう言ってから。


「……それはそうと、だ」


 ひゅん――っ! と、背後から飛来してきた矢をキャッチする。

 ふり返ると、部屋の入り口にコボルトたちが陣取っていた。


 俺が人狼と戦っている間に、ここまで追いついてきたらしい。

 リーダーの人狼を倒されたことで混乱もあるようだが、戦意は失っていないようだ。


 縄張り意識が強いのか、数がいれば勝てるとでも思ったのか。

 それとも……しょせん人間だと甘く見ているのか

 なんにせよ、俺がやることに変わりはない。


「どこぞの不死鳥といい……わざわざ喰われに来てくれるなんて、近ごろの魔物くいものはいいサービスしてるんだな」


 どうせ、あとで狩り尽くすつもりだったが、こちらから出向く手間が省けた。

 人狼戦の直後とはいえ、魔力も体力も充分に残してある。

 俺は剣をかまえて舌なめずりをした。


「それじゃあ、お待ちかねの……レベル上げの時間だ」




   ◇




 俺は城内を駆けめぐって、コボルトの集団をばっさばっさと斬り捨てていた。

 とはいえ、それほど爽快感のある絵面でもなく……。


「…………ちょこまかと、逃げるな……ッ!」


 コボルト殲滅戦はわりと泥仕合みたいになっていた

 なにせ、敵の数が多すぎるのだ。

 最初は数十匹ぐらいかとたかをくくっていたが、その予想の10倍はいた。


 しかも、コボルトは賢いというかずる賢いというか……弓を使ってひたすら遠距離からヒット&アウェイ戦法を取ってきたり、城のあちこちに罠を仕掛けてきたりと、やたらと面倒臭い戦い方をしてくる。


 そのうえ、体が小さいせいで的も小さく、攻撃も当てづらい。

 温存していたはずの体力や魔力も、戦いが長引くにつれて消耗が激しくなってきた。


 前世でもコボルトの群れと戦ったことは何度もあるが……。

 だいたい巣穴に煙を流し込んで、いぶり出した相手をまとめて叩くだけだったからな。

 まともに巣穴の中に突っ込むとこれだけ面倒な相手なのかと、今さらながらに思い知らされた。

 なんなら人狼よりも、よっぽどやっかいな相手だ。


「くそっ……粘着ディーバ!」


 やけくそ気味に魔力を惜しみなく使って、水属性の付与魔法を発動する。

 城全体の床や壁に粘着力が付与され、逃げようとしていたコボルトたちの足がぴたりと止まった。まさにコボルトほいほいと言ったところか。

 床から足を剥がそうともがいているコボルトたちを斬り捨て、俺はその場で膝に手をつく。


「……これで、終わり……か?」


 “魔力色覚ライラ”を使って残党の気配を探ってみるが。

 とりあえず、反応は――なし。


 どこかに討ち漏らしがいるかもしれないけど、少なくとも近くにコボルトはいないだろう。

 俺はようやく安堵の息を吐いて、自身にかけていた強化魔法を解除した。


「…………疲れた」


 ぐったりと壁にもたれかかる。

 そんな俺とは対照的に、フィーコはつやつやとした顔をして笑っていた。


『まったく……人間は軟弱ね。たかがコボルト相手にこんなに疲れるなんて。いったい、なんでそんなに疲れてるのかしら?』


「くそっ、こいつ……人が必死に戦ってるのに、全力で邪魔しにきやがって……」


 フィーコは途中から退屈しだしたのか、なんか裏切ってコボルト側に回っていた。

 というか、いつの間にかコボルトたちのリーダーポジションになってたな、こいつ……。


 コボルトたちに俺の居場所を教えたり、俺が仕掛けた罠の位置を教えたり、目の前をふよふよ漂って視界をふさいできたりと、霊体でもできる範囲であらゆる妨害をし……。

 なんかもう、途中から“俺vsフィーコ”みたいな構図になっていた。


『だって、あなたの苦痛に歪む顔が見たかったんだもの。どうせ、あなたならちょっと邪魔しても勝てるし、それなら楽しまないと損でしょう?』


「こいつ……絶対に、あとで泣かす」


『やれるものならやってみなさい』


 フィーコが、べーっと舌を出す。

 まぁ、とはいえ……こいつの邪魔がなかったところで、ここまでコボルトの数が多いと消耗戦にはなっただろうけどな。


 ただ、それだけ苦労したかいもあり、コボルトを狩り尽くすころにはレベルが1上がってくれていたが。

 これでレベルは60だ。



 そんなこんなで、とくに見どころのないコボルト戦が終わったあと。

 俺は物資調達のために、城壁内にある倉庫へと向かった。


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