第8話 お前を殺すたびに、俺はレベルアップする



 フィフィの心臓にナイフが突き立っていた。

 そのナイフを握りしめているのは――人間だ。


「……言っただろ? 選択の余地なんてない、と」


 人間は不敵な薄笑いを浮かべる。



「――――俺の答えは、“選択肢なんて知るかボケ”だ」



 その言葉とともに、フィフィの意識がふっと遠のいた。

 その体がさらさらと灰になって地面に崩れ落ち、そこからふたたび再生する。


(……殺された? なぜ……?)


 わけがわからない。

 この期に及んで、フィフィを殺す意味があるとは思えない。

 べつに、不死身のフィフィは何度殺されても問題はないのだ。

 ただ……殺されて不快でないわけでもない。


「どうやら……しつけが必要なようね!」


 フィフィは体が再生しきると同時に――。

 炎の鳥かごに向け、怒りに任せて手から爆炎を放った。

 ごォォォ――ッ! と、炎光が地面を爆ぜ散らし……。


(……? ……いない?)


 炎が晴れたとき、鳥かごの中には、ただえぐれた地面だけが残っていた。

 手加減はしたつもりなのに、一欠片の炭すらも残っていない。

 もしかして、火力を出しすぎただろうか。

 それとも――避けられたか。


(……そんなまさか、ね)


 そう思いつつも、フィフィは念のため辺りを見回す。

 しかし……やはり、いない。

 右にも、左にも、背後にも、どこにもいな……。



「――上だ、鳥頭」



 ――がッ! と。

 フィフィの口から刃が突き出す。


「……ぁ、がッ!?」


 背後から喉を突き破ってくる鉄の感触。力任せに首の骨が断ち切られ――また殺されたと自覚するころには、フィフィの意識は飛んでいた。

 ふたたび灰となり、ふたたび再生する。


「……こんなことを、しても……無、駄……」


 蘇生してから、そう人間を睨みつけようとしたところで。

 フィフィは違和感に気づいた。

 視界が安定しない。なぜか……ぐるぐると回転している。


 一瞬の混乱のあと。

 フィフィは視界の端に、首を失った自分の胴体をとらえた。

 その横に立っているのは、ナイフを振り抜いた人間の姿……。


(……斬られた!? いつの間に……!?)


 いや、そうか……と、すぐに思い至る。

 考えてみれば単純なことだ。

 人間はフィフィの蘇生と同時に、その首をはねたのだ。


 たしかに、フィフィは灰から再生したあと、すぐに動けるわけではない。

 再生が終わったことを自覚して、自分の置かれている環境を五感で認識して、そこからようやく動きだすのだ。

 だから、そのとき1秒にも満たない一瞬だけ、フィフィに隙が生まれる。

 しかし……。


(……ありえない)


 この人間は、フィフィの蘇生能力をたった2回見ただけで完璧に把握し――それから1発でフィフィの首をはねるのを成功させたとでも言うのか?

 いったいどこで、それほどの技術をさせた?

 思わず、ぞくっとする……が。



「…………だから、なに?」



 ぶわ――ッ! とフィフィの胴体から炎が噴き上がった。


「……っ!」


 フィフィの胴体の前に陣取っていた人間が、とっさに後ろへ跳んで回避する。

 炎を器用に回避したものの、そこから人間は動かない。

 それもそのはずだ。距離さえ開いてしまえば、もう人間に攻め手はないのだから。


 フィフィが今まで攻撃を食らっていたのは、あくまで不意打ちをされていたからにすぎない。

 純粋な戦闘力ならば、フィフィのほうが圧倒的に上だ。

 灰から蘇生したフィフィは、人間を睨みつける。


「こんなことをしても無駄よ。わたしの天恵ギフトは、【輪廻炎生】。死んでも死んでも炎の中から蘇ることができる力。もしかしたら、“何回も殺せば、蘇生できなくなる”とでも思っているのかもしれないけど、それは大きな間違いだわ」


 人間がどれだけ技術があろうが、どれだけフィフィを殺そうが。

 ……全ては、まったくの無意味。

 フィフィはどれだけ死んでも蘇ることができる不死鳥なのだから。

 命が尽きない彼女を、殺し尽くすことは不可能だ。


 だからこそ、フィフィは真面目に人間の相手をしていなかったが。

 しかし……やはり、殺されるのは不快だった。


「何度殺したところで、わたしには絶対に勝てないわ。わたしとは違って、あなたの体力や魔力は有限だもの。長生きしたいなら無駄な抵抗はやめなさい。いい加減にしないと…………食べるわよ?」


「……はっ」


 黙ってこちらの隙をうかがっていた人間が、ようやく口を開く。


「どうせ俺を飼ったところで、いたぶり尽くしたあげくに、すぐに飽きて食うだけだろ?」


「…………さて、どうかしらね?」


 フィフィは答えをはぐらかす。それが答えのようなものだった。

 人間はふたたび鼻を鳴らす。


「それに、お前に勝てる確率はかなり少ないが……ゼロじゃない」


「ふーん? 不思議なことを言うのね。レベルがこれだけ離れている不死身の相手に、どうやって勝つと言うの?」


「悪いが……不死身の魔物なんて、俺は何回も倒してる。レベル上げに使えるからな」


「……? なにを言ってるの?」


 絶望で頭がおかしくなったのかと思った。

 しかし、彼の瞳には確かな理性の光がある。

 むしろ、冷静に――冷徹にこちらを観察しているような目だ。


「それに、レベルについては、お前のおかげでなんとかなりそうだ」


「……え?」


「お前の天恵ギフトは、死んでも蘇ることができる力……言い換えれば、お前は何度でも殺されることができる。そして――」


 人間はナイフの切っ先を、フィフィへと突きつけた。



「――お前を殺すたびに、俺はレベルアップする」



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