第9話 いいわ、認めてあげる。あなたは……強い


 

「――お前を殺すたびに、俺はレベルアップする」



 その人間の言葉に、フィフィは首を傾げた。


「……殺すたびに、レベルが上がる?」


 にわかには信じられない。

 それは、『生まれ持ってのレベルで命の価値が決められる』という、この世界のルールを真っ向から無視するものだ。

 そんな力が存在するとは思えない。


 しかし、実際に――。

 人間のレベル刻印が、いつの間にか変化していた。

 その紋章が示しているレベルは、“44”。

 最初のレベルはよく見ていなかったが、それでもここまで高くなかったはずだ。


「でも……だから、なに? たしかに、あなたはレベルが上がったかもしれない。それでも、【輪廻炎生】があるかぎり、絶対にわたしには勝つことができないわ」


「いや、そんなことはない」


「……え?」



「不死鳥の倒し方なら――知っている」



 その瞬間――。

 人間の体を取り巻くように、複数の魔法陣がきらめいた。

 同時に、彼が地面を蹴る。


(……! 会話で魔法発動のための時間を稼いでいたのね……人間のくせに小癪な)


 人間が一気に距離をつめてくる。

 レベルが上がったからか、最初の頃よりも格段に速い。

 しかし……結局は、ただのまっすぐな突進だ。


(……芸がないわね)


 これが、“不死鳥の倒し方”だとでもいうのか。

 なにを見れるのかと、少し期待もしたが……がっかりだ。

 フィフィはとりあえず、炎を放って迎え撃ち――。



「――風王結界フゥゼ・ルベーレ



 ひゅお――ッ! と人間の周りで、魔法の風が渦を巻いた。

 フィフィが放った炎が、その風の膜とぶつかり――受け流される。


「……なっ」


 かなり高度な魔法だ。

 なぜ、人間がそんな魔法を使えるのかわからない。

 魔法の知識が得られる環境ではなかったはずだ。それも魔力を大量消費する上級以上の魔法なんて、低レベルでは訓練しようもなかったはずだ。

 それなのに……。


(……なぜ?)


 わからない。ただ、1つだけわかることは――。

 人間が減速すらせずに、炎の中を一直線に突き抜けてきたということ。

 攻撃が受け流された今、フィフィの攻撃はただの“隙”でしかなくなった。


「……こ、このッ!」


 とっさに拳で迎撃しようとするも、読まれていたかのように回避される。

 人間は流風のごとく、するりとフィフィの懐にもぐり込み――。



「――風王剣フゥゼ・ハルテ



 ひゅん――ッ! と。

 鋭利な魔風をまとったナイフが、フィフィの胴体を心臓ごと両断した。


「……ぐ、ぅ……ッ」


 致命傷――またしても意識が飛ぶ。

 また死んでしまった。

 おそらくは、またレベルアップもされてしまっただろう。


(……! そういうことね)


 そこで、フィフィは察する。

 この人間は、不死鳥の無限の命を喰らい続け――。

 やがては、フィフィよりも高みのレベルへと上りつめるつもりなのだ。


「……人間の……くせに……ッ」


 フィフィがふたたび灰から蘇生する。

 これまでの戦闘から、蘇生直後に人間が攻撃してくることは読めていた。

 だから、相討ち狙いで拳を前に突き出し……。


「……え?」


 目の前に人間がいない。

 今までとは違い、なぜか間合いが開いている。

 と、同時に。

 ひゅん――ッ! と飛来した真空波が、フィフィの首をはねた。


「……っ!?」


 そこで、ようやく気づく。

 この人間は、『フィフィが人間の攻撃を読んで反撃する』ということまで読んで間合いを取ったのだ。

 そして、蘇生直後の一瞬に当たるタイミングで遠距離攻撃を放った……。



(……な、なに!? なんなの、この人間は!?)



 たしかに、フィフィは人化したまま戦うのは初めてだった。

 もちろん、人間の体の動かし方に慣れているわけではない。


 それに、人化している状態では力も弱まる。少しでも本気を出そうとすれば、その前にこの肉体が消し飛んでしまうからだ。

 肉体の限界まで力を出したところで、レベルで言うと60ほどの力しか出ないだろう。


 それでも、この人間の相手をするのには充分すぎるはずだった。

 そのはずなのに……。


(どうして、当たらないの……!?)


 フィフィの反撃は、全て空を切る。

 一方で、人間の攻撃は確実にこちらに傷を負わせてくる。

 人間の動きが速いわけではない。速さではフィフィのほうが上なのだ。


 それなのに――遅れを取る。


 それもそのはずだ。

 魔物の戦い方は、力によるゴリ押しがほとんどなのだから。

 ゆえに、フィフィは"技"を知らない。

 打撃を、斬撃を、刺突を、カウンターを、防御を、回避を、足さばきを、目付けを、牽制を、つなぎを、フェイントを、間合いを、ありとあらゆる駆け引きを――知らない。


 “技”とは傷つかずに傷つけるための術。

 “技”とは弱者が強者を喰らうための術。

 そんなものは、不死鳥のフィフィにとっては必要のないもの――だった。

 だから、理解できない。対処できない。


「……こ、のッ……いい加減に……ッ!」


 フィフィが炎を放つが、またしても空を切る。

 戦い方が単調なせいで、動きを予測されたのだろう。

 人間はフィフィが動きだすよりも先に、ぐっと低く身を沈めていた。



「――風王剣フゥゼ・ハルテ



 縦一直線の斬撃が飛来し、フィフィの体を両断する。


「……う、ぐ……っ」


 絶命する直前、なんとかフィフィは反撃を試みるも――当たらない。


(……一発……一発でいいのに)


 一発でもまともに攻撃を当てられたら、人間なんて無力化できるのに。


 ――当たらない。


 レベルの差は歴然なのに、一方的に押されているのはフィフィのほうだった。

 さらに人間はレベルアップを重ねて、どんどん動きが速くなっていく。


 力の差が急速に縮まっていく。

 このままでは、追いつかれ――追い抜かれる。



(……これが、人間の力……!)



 と、そのとき――。

 ざり……っ、と足元から今までと違う感触が返ってきた。


 フィフィはそこで、はっと気づく。

 いつの間にか、自分が崖の縁まで追い込まれていたことに……。


(このわたしが……退いたの……?)


 いくら人化しているとはいえ……人間ごときに対して、魔界七公爵である自分が?


(……ありえない)


 彼女のプライドがその現実を拒絶する。

 しかし、認めるしかない。


 こうなった理由は、いくらでも挙げられるだろう。

 ただ、おそらく一番の理由は――。



 ――この人間を、侮っていた。




「ふ、ふふ…………あ……ッははははははは――ッ!」


 ……不思議だ。不思議だ。不思議だ。不思議でたまらない。

 本気じゃないとはいえ、圧倒的なレベルの差がある不死身の魔物に対して、この最弱にんげんは恐れることなく挑みかかり……。


 そして――圧倒したのだ。


 こんなこと、今までにあっただろうか?

 こんな人間、今までにいただろうか?


「とても……とっても面白いわ、あなた」


 相手が人間だからとなめていたが、フィフィはようやく認識を改める。


 ――この人間は、危険だ。


 けっして、小さな鳥かごの中に収められる器ではない。

 これは、“食われる側”ではなく――“食う側”の生き物だ。



「……いいわ、認めてあげる。あなたは……強い」



 ふいに、フィフィの体から一段と激しい炎が上がった。

 炎が渦巻きながら、卵殻のように彼女の体を包み込み、そして――。


「だから、特別に……本当のわたしで、あなたを殺してあげるわ」


 人化を――解く。

 少女の体がびきびきと変形し始める。

 まるで鳥がさらに羽化でもするように、背を飾っていた炎の翼が膨らんでいき、肌からは紅い羽毛が生えてくる。


 “太陽の化身”と崇められるレベル77の不死鳥――。

 その真の姿へと、少女は変貌していく。


 今まで誰かに本気を見せたことなど、彼女の永い生涯をもってしても数えるほどにしかなかった。

 それも人間相手になんて、そんなことは高レベルの魔物としてのプライドが許さなかった。


 だが、この人間には100%の力をもって相手をしよう。

 自分の矜持と、この人間への敬意のために。


 フィフィが真の姿に戻った瞬間――この戦いは終わる。

 人間など、灰の1粒も残らず消え失せるだろう。


 だから、彼女は優しく微笑んだ。

 この戦いの終幕に、そっと花を添えるように。


「さぁ、美しく灼かれなさい。今からあなたが見ることになるのは、わたしの究極の核融合魔……」





「――――隙ありィイィッ!!」





「え、ちょっ……」


 変身中に、普通に斬りかかられた。


 全身の腱に神経に筋肉――。

 体の動きに制限がかかる部位に、次々と的確にナイフがねじ込まれていく。

 対処しようにも、変身途中の半端な体ではうまく動くこともできない。



「うおおおォオォ――ッ!! これが、人間の力だァァ――ッ!!」



「い、痛っ……ちょっ、待っ……! やめ……! いったんストップ……!」


 人間の攻撃は止まらない。それどころか――加速していく。

 まったく躊躇いがない。容赦がない。



「ず……ずるいっ!」



「知るか! この世は勝ったもん勝ちだ!」


 人間が仕上げとばかりに、どんっ! とナイフを突き刺しながら体当たりしてきた。


「ぐ、ふ……ッ!?」


 半端に変身した体では踏ん張りがきかず、がくっと足を崖から踏み外し――そして、浮遊感。


 スローモーションで体が傾いていく。

 体から剥がれ落ちた紅い羽根が、はらはらと花吹雪のように舞うのが妙にはっきりと見てとれる。

 そんなゆっくりと移り変わる世界の中で――。


「なぁ、不死鳥」


 人間が悪魔のように笑った。



「――お前、炎がなくても蘇れるか?」



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