第5話 オーガ殲滅


 城にいるオーガたちを殲滅したあと。

 火事騒ぎで城の周りに集まってきたオーガを、俺は1体ずつ確実に仕留めていった。


「に、人間…………ぇ……?」


 まさか、“人間がオーガを殺して回っている”とは思ってもいなかったのだろう。

 オーガたちは誰も武装もしていなかったし、注意も完全に城の火事のほうへと向いていた。

 その無防備な首をはねるのは容易かった。


(……こんなザコどもに18年も支配されていたとはな)


 こいつらは、まともに戦い方を知らない。

 おそらく実戦経験もないし、戦うために訓練することもなかったはずだ。

 ただ、自分よりもレベルの低い家畜にんげんに鞭を振るっていれば、それでよかったのだから。

 しかし、今――盤上はひっくり返った。


(……さて、あとは門の前にいる2体だけか)


 殺したオーガの数を計算する。

 この18年間、俺はただ家畜として生きてきたわけではない。

 この町のオーガの数や配置ぐらいは把握している。


(……じゃあ、仕上げといこうか)


 俺は最後に、町の市門へと向かった。

 門を警備していた2人組のオーガが、すぐにこちらに気づく。


 まだ他のオーガたちが殺されたことは知らないのだろう。

 オーガたちは顔を見合わせると、獲物を見るような目で、にやにやと俺に斧槍を突きつけてきた。



「おい、人間……止まれ」



「…………」


 俺はちらりとオーガの腕を見る。

 こいつらも、まだ人間相手に油断があるのか、それとも武器を威嚇用でしか扱ったことがないのか……斧槍を突きつけるために、無防備に腕を伸ばしきっていた。

 その状態からでは、いかに馬鹿力のオーガといえども、すぐに攻撃に移ることはできない。

 俺はかまわず歩みを進める。


「あァ……? おい、誰が動くことを許可した! 止まれ! 食われたいのか!」


 オーガがさらに、なにかを言いかけたところで。

 たんっ、と俺は地面を蹴った。


「…………へ?」


 一瞬で間合いをつめ、オーガの腕の下にもぐり込む。

 そして、背中からナイフを抜き放つ――。


「…………ぇ……は……?」


 すぱんっ! と、オーガの腕がちぎれ飛んだ。

 手にしていた斧槍が、腕と一緒にくるくると宙を舞う。


 さらに俺は接近した勢いのままに跳躍し、空中で斧槍を手に取った。

 その斧槍を、唖然としているオーガに向けて振り下ろす。


「……ァ……ぇ……?」


 オーガが間の抜けた声を出した。

 わずか数秒の出来事に、まだ理解が追いついていないのだろう。


 そして、理解が追いつく間もなく――オーガの体にぷつりと赤い縦線が走った。

 それから、ずるり……とオーガの体が上下にずれて、肉が石畳を叩く音が2回響く。


「…………なっ」


 残ったオーガはしばらく凍りついていたが……。

 俺が顔を向けると、慌てたように斧槍を振りかぶった。


「に、人間が、なめるなァ……ッ!」


 こちらへ迫る斧槍を、俺は手に持っていた斧槍で弾き返した。

 ぎィン――ッ! と火花が散ると同時に、オーガの持っていた斧槍が吹き飛ぶ。

 その衝撃で、オーガが体勢を崩して尻もちをついた。


「…………は?」


 状況についていけないというように、オーガはそのまま動かなくなる。


「な、なんで……なにが……?」


 それから俺を見て、顔を強張らせる。



「……な、なんなんだ、お前はァッ!?」



「見てわからないか? ただの人間だ」


「に、人間!? う、嘘をつくなァ……ッ! 最弱種族レベル1の人間ごときが、そんな力を持ってるわけがないだろォッ! オレたちオーガは、レベル10なんだぞ!」


「そうか、俺より低いな」


「……へ?」


「俺のレベルは14だ」


 手の甲のレベル刻印を見せてやると、オーガがぽかんとしたように固まった。


「な……なっ……」


 信じられないのか目を白黒させるオーガ。

 その気持ちが落ち着くのを待ってやる義理はない。

 俺はとどめを刺すため、オーガに近づいていく。


「く……来るなァッ! こんなことして、ただで済むと思っているのかァ!? お前がちょっとレベルが高くても……オレ以外にも、オーガはたくさん……!」



「――心配するな、お前が最後の1匹だ」



 俺は淡々と告げる。


「お前の仲間は、もうみんな俺が殺した」


「……な、に……?」


「残念だが……この世は食うか食われるかだ。強いやつが食い、弱いやつが食われる。だから恨むなら……弱いオーガなんかに生まれてきた自分を恨んでくれ」


「…………ひっ」


 オーガはそこでようやく、自分が狩られる側だとはっきり認識したらしい。

 小さな悲鳴のような声を漏らして、尻もちをついたまま後ずさった。


「ま、待ってくれェッ! 見逃してくれェッ! なんでもする! ここを通りたきゃ通してやる! そ、そうだ! 人間じゃァ、この扉を開けられないだろォ? オレを殺したら、きっと困ることに……」


「なぁ」


 オーガの言葉を遮る。


「お前は……命乞いをする獲物を見逃したことがあるか?」


「そ、それは……」


「まぁ、ないよな」


 それだけ言うと、俺は斧槍でオーガの首をはねた。



「――――俺もない」



 断末魔の叫びを上げる間もなく。

 ぼとり……と、最後のオーガの首が地面に落ちる。


「…………」


 そのあとは、沈黙が降りた。

 遠くの火事の音だけが、ぱちぱちと辺りにむなしく響いている。

 俺は顔についた返り血をぬぐいながら、手にしていた斧槍を投げ捨てた。


「これで……オーガは全て、討伐完了か」


 手の甲の刻印を確認すると――レベル15。

 この町から出る前に、それなりに上げることができたか。そこらの野良の魔物なら、充分に倒せるレベルだ。


「……あとは、この町から出るだけだな」


 俺は町の外へとつながる門に歩み寄った。

 その門をふさいでいるのは巨大な鉄扉だ。


 ……長年、この町の人間を閉じ込めてきた支配の象徴。


 この扉は、あまりにも堅牢で、重厚で……たとえ鍵がかかってなくても、レベル1の人間では束になってようやく数ミリ動かすのがやっとだろう。

 だからこそ、誰も扉を開けなかった。開けようすら考えなかった。


 そんな扉に、俺は手をかけ――。



「…………テオ、なのか?」



 そこで、背後から声をかけられた。

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