第4話 さぁ――反逆開始だ


 オーガを殺した時点で、もう後戻りはできない。

 急いでこの町から脱出する必要がある。

 だが、その前に――。



 ――この町にいるオーガを、全てこの手で討伐しよう。

 


 その理由は、もちろん――レベルを上げるためだ。

 レベル5で外に出ても、すぐに野良の魔物に食われてしまう。

 どうせ、この町から脱出するには、最低でもあと何匹かオーガと戦わなければいけないのだ。

 それなら相手が油断している隙に、こちらから仕掛けさせてもらう。


(……まずは、食堂にいるオーガたちだな)


 今、この町のオーガのほとんどは食堂に集まっている。

 もちろん、生贄おれを食うために。

 だからこそ、俺は町から脱出するのにこの“投票”の日を選んだ。

 1か所に固まってくれているなら、油断している隙に一網打尽にすることができる。


 とはいえ……レベル5では、食堂に集まっているオーガたちをまとめて相手するのは難しい。

 いくら前世の知識や技術があるとはいえ、さすがにまだレベルが低すぎる。

 超級魔法を使えたところで、魔力不足で発動できないのなら意味がない。


 それに、【筋肉操作】というオーガの天恵ギフトは、攻撃だけでなく防御にも応用が効く。

 もしもオーガに首の筋肉を増大させられたら、ナイフの刃では致命傷を負わせるのが難しくなってしまう。


 できれば、1体1体、不意打ちで倒したいところだが……。


(……そのための策は立ててきた)


 俺は調理場にあるナイフを何本かもらいつつ、調理油を床や壁にぶちまけた。

 そして……。




「さぁ――――反逆開始だ」




 床に手をついて、“手火フェオ”の魔法を唱える。

 その瞬間――。


 ごォォオォ――ッ!! と、調理場が爆炎に包まれた。


 一瞬にして視界が炎と煙で覆われる。

 鍋や皿がけたたましい音を立てて跳ね飛び、城全体ががらがらと激しく揺れ、どこかから怒号や悲鳴が上がり……。


 そんな騒ぎの中、俺はそっと物陰に身をひそませる。


「……風操フゥゼ


 風属性の初級魔法を発動。

 そよ風を発生させて、炎と煙を食堂のほうへと流し込む。

 すぐに、オーガたちの慌てふためいた足音がやって来た。


「……な、なんだァ!?」「調理場から火がッ!」「火事だァッ!」「おィィ! 誰か水か砂を持ってこいィ!」「酒ならたくさんあるぞォ!」「宝物庫を守れッ!」「窓を開けろッ! 煙を出せッ!」「人間どもを働かせろッ!」


 混乱するオーガたちは、ばらばらと分かれて行動を始める。

 立ち込める煙で、お互いの姿はよく見えていないらしい。


 そして――隠れ潜んでいる俺のことも、見えていない。

 炎と煙と爆音が、こちらの気配を完全に消してくれていた。


「……風操フゥゼ


 俺は指をくいっと動かしながら、最後尾にいたオーガの顔の辺りへと煙を流す。

 この“風操フゥゼ”は初級魔法とはいっても、俺のもっとも得意な風属性魔法だ。

 オーガの鼻や口の中へと、強引に煙を流し込むぐらいは簡単にできる。


「……げほォッ! ごほォッ! くそッ、なんだってんだ!?」


 オーガが背中を丸めてひどく咳き込んだ。

 煙を吸いすぎて軽く中毒反応も出ているらしく、ふらふらとよろめく。


(……隙だらけだな)


 狩られる経験がないがゆえの――ここがすでに戦場だと気づいていないがゆえの無防備さだろう。

 もちろん、その隙を見逃してやるわけがない。


「……肉体強化バ・ベルク……物質強化ミ・ベルク


 強化魔法を発動しながら、俺はその丸まった背中へと飛び乗った。

 そして、ナイフを振りかぶる――。


「…………あァ?」


 オーガが俺に気づいたのか、ばっとこちらを振り向き――その勢いのまま首がぐるんと一回転して、ぼとりと床に落ちた。



(……これで2匹)



 さっきよりも力が上がったことで、簡単にオーガを狩ることができた。

 レベル1では首の骨を切断することはできなかったはずだ。

 魔力にもまだ少し余裕がある。


(……やっぱり、レベルアップの恩恵は大きいな)


 それから先ほどのように、オーガのレベル刻印から青白い光が浮かび上がり、俺の手の甲へと吸い込まれていく。

 手の甲の紋章が示すレベルが、5から7へとさらに上がる。

 まだ正面からオーガと対峙するには心もとないレベルだが、不意をついて倒すなら充分なレベルだろう。


(さて、この町から出る前に、どれだけレベルを上げられるかな)


 にぃぃ……と、口元がとつり上がるのを抑えることはできない。

 この日をどれだけ待ち望んでいたか。


 この18年間、オーガたちに大人しく支配されてきたのは……全てこの日のため。

 オーガを狩り尽くし、最高の形で町から脱出するためだ。

 この町は、もはや――いい狩り場でしかない。



「……なッ!?」



 ふたたび物陰にひそんでいると、やがて酒樽を持ったオーガが戻ってきた。


「お、おい……ッ!? し、死んでる……!?」


 身をかがめたオーガが、仲間の死体を見つけてうろたえる。


「な、なんだァ……? なにが起こってる? なんで殺されてる……? いったい、なにが…………ここに、いる?」


 すっかり怯えきった様子だ。

 やはり、オーガたちは今まで“狩られる側”に立ったことがないのだろう。


 しかし……この世は食うか食われるかだ。

 弱いままでは、いつまでも食う側ではいられない。

 正義だとか、優しさだとか、美しさだとか……そんなものは関係ない。


 強いやつが食い、弱いやつが食われる。

 食わなきゃ、食われる。

 それならば――。



(…………俺が、“食う側”になってやる)



 俺は舌なめずりをしながら、オーガの背後に忍び寄った。

 オーガはまだ、こちらに気づかない。

 俺は、そっとナイフを振りかぶる……。




 ――――さぁ、レベル上げの時間だ。



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