第63話 神話を目撃してみた(聖女視点)


「――おしまいだ……とでも、思っているのだろう?」


 黄金の流星群――神弓兵器アガナ・ベレアが降り注ぐ中。

 偽物の勇者マティーが、ラフリーゼに声をかけてきた。


「残念だが、あんな玩具で終わってくれるほど、この世界はイージーモードではないぞ」


 そんなに長い間一緒にいたわけではないけれど。

 見なくても、彼がいつものように不敵な笑顔を浮かべているのがわかった。


「……まだ、戦うんですか?」


「当たり前だ。まだ勝っていないからな」


「あんなのに勝てるわけが……」


「言っただろう? 俺は、俺が負けないことを知っていると」


「なぜ、そう言えるのですか……? 予知では、これから破滅すると……」



「――俺の未来を勝手に決めるな」



「……え?」


「いいか、この先の未来を決めていいのは俺だけだ。そもそも……お前の【未来予知】は、後悔した未来の景色を、過去へと送るものにすぎない。つまり、お前は、あらゆる未来の可能性の中から、『やり直したい』と強く思うほど後悔した“最悪の未来”だけを見せられているということだ」


「……っ!」


「そのせいで、お前は未来を恐れて、未来から“逃げる”ことばかり考えるようになったのだろう。だが、未来など恐れずに立ち向かいさえすれば簡単に変えられる。だから……」


 頭にぽんっと手を置かれた。



「とっとと涙を拭え。前を向け。さもなくば見逃すぞ――未来が変わる瞬間をな」



 そう言って、彼はラフリーゼの前に立つ。

 その背中がなぜだか今は、とても大きくて、力強くて……。

 ……頼もしく見えた。



「封印限定解除――不完全第二形態」



 彼の半身がめきめきと変形しだす。

 腕が巨大化し、歪んだ翼が生え、どす黒いオーラに包まれる。

 まるで神話に出てくる化け物だった。

 しかし、なぜだろうか……。


「…………綺麗」


 思わず、呟く。

 偽物の勇者はその異形の手で、台座つきの聖剣を握りしめる。

 そして――。



「槍術Lv10――【牙龍天星】!」



 ――聖剣を投擲した。


 ばしゅ――ッ! と、大気の層がつん裂かれる。

 聖剣が光の龍と化し、牙をむき出し、爪を踊らせ、天空へと舞い上がる。

 一瞬遅れて、爆風のような衝撃波が辺りに吹き荒れた。


「……っ!?」


 予知ではなかった光景だ。

 天へと牙を突き立てる、不完全な聖剣。

 それを迎え撃つように、黄金の流星群が、かッと光り輝いた。


 爆発の前兆――そして、爆発。


 地上を破滅させる黄金の爆炎が、天から滝のようになだれ落ちてくる。

 空が燃える。視界全てが炎で覆われる。

 まるで――神の裁き。

 世界を焼き払おうとしているかのような炎だ。

 そんな強大な炎に、聖剣が衝突した。

 炎に対して、聖剣はあまりにもちっぽけだった。

 当然、聖剣はあっさりと炎に呑み込まれ、そして――。


「……なっ!」



 ――――炎を、貫いた。



 ぱん――ッ! と。

 聖剣の衝撃波が、上空の爆炎を全て蹴散らしていく。

 しかし、聖剣はまだ止まらない。

 聖剣はさらに空へと飛翔していき、そのまま雲をも突き破り――。


 ――そして、空にぽっかりと丸い穴がうがたれた。


 雲と爆煙の切れ間から、青空がのぞく。

 ぱぁぁ……と、光の柱が舞い降りてくる。

 それは天からの祝福のようで……。



「……………………」



 なにも、言えなくなる。

 誰もが口を開いたまま、言葉を発しない。

 ぼんやりしたように、空を見上げるばかりだ。

 この数秒で起こったのは……あまりにも現実離れした光景だった。


 まるで、神の奇跡。


 神話として語り継がれるような数秒間だった。

 なにが起こったか理解はできない。

 ひとつだけわかることは、予知された未来が変わったということ……。


「助かったのか……?」「あれ、俺たちなんで戦ってたんだったか」「聖王陛下の、ため……?」


 すでに、敵軍も戦闘を再開しようという空気ではなくなっていた。

 やがて、役目を果たした聖剣が、空からくるくると戻ってきた。

 偽物の勇者はそれを、ぱしっと受け止める。



「――どうだ?」



 彼はなんでもないかのように振り返ってきた。


「未来のぶっ壊し方は……わかったか?」


 挑発するように笑いかけてくる。

 その笑顔を見ていたら、なぜだか力が抜けてしまって。

 今まで未来を怖がっていたことが、バカらしく思えてきて。


「…………もちろんです」


 ラフリーゼまで、つられて笑ってしまうのだった。


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