第58話 クソイベントをキャンセルしてみた

 明日の聖王軍との決戦に備えて、早めに眠りにつくと。

 気づけば、鏡のような湖上に立っていた。


「――ここは、鏡面世界。聖剣の記憶に宿りし、精霊郷10番目の世界」


 いつの間にか、目の前にひとりの青年が立ってた。

 黒い髪に、黒い瞳……どこか、昔の俺に似た雰囲気のある男だ。

 手にしているのは、抜き身の聖剣か。

 台座に刺さっている剣身とは違い、目もくらみそうなほどの輝きを放っている。


「僕は、先代勇者メフィス・ノアだ。君に、最後の試練――“勇者の試練”を課しにきた」


 ……なんか、重要そうなイベントが始まった。


「君はこれから大いなる戦いに挑もうとしている……」


「挑まないぞ?」


「君はこれまで、たくさんの冒険をしてきただろう」


「してないぞ?」


「君はこれまで、たくさんの仲間に出会ってきたことだろう」


「出会ってないぞ?」



「――その全ての価値が……これから試されようとしているんだ!」



「試されないと思うぞ?」


 なんか、本来の運命ストーリーから脱線しすぎたせいか……。

 ……先代勇者が、ちょっとバグってる気がする。

 というか、このイベントって、まさか……。


「……僕はただの鏡像だ。残念だが、もうすぐ消えるだろう。だから、その前に……ここに示してくれ。君の、勇者としての“正義”を……!」


「あっ、これクソイベントじゃん。スキップだ」


「え、ちょっ――」



   ◇



 目をこじ開けて意識を覚醒させると、真夜中だった。

 ベッドの近くに間接照明として置いていた聖剣の輝きが、少しだけ弱まる。

 先代勇者の残留思念が消えたのだろう。


 ちなみに、さっきのイベントは、ひたすら自分のトラウマを投影されるというものだった。

 しかも、超難易度だった第1席戦の直前イベントだったからな……第1席に負けてゲームオーバーになるたびに、何度も長ったるい鬱テキストを読まされるハメになる。そのうえ、そこまでしても聖剣の力が解放されるみたいなパワーアップ要素があるわけでもない。

 つまりは、クソイベントというわけだ。


「……はぁ」


 部屋に備えつけの置き時計(スケルトン仕様)を見ると、早朝一歩手前の時間だった。

 クソイベントのせいで中途半端な時間に起きてしまった。

 今から二度寝すると、そのまま寝過ごしてしまいそうだ。

 眠気を飛ばすため、夜風にでも当たろうとバルコニーに出ると。


「……む?」


 そこに、ラフリーゼの姿があった。

 月明かりの下で、静かに目を閉じ、祈りを捧げている。

 聖女としての早朝の日課なのだろう。

 水浴びをしたのか、その白金色の髪はしっとりと濡れ、星空を溶かしたように光の粒が千々に散りばめられていた。

 こうしていると、まるで聖女のようだ。


「おい、髪乾かさないと風邪引くぞ」


 話しかけてみるが、しばらく反応がなかった。

 だが、やがて。



「……また、未来を見ました」



 そよ風のように、かすかに言う。


「……空から黄金の流星群が降ってきて、未来は破滅していました……未来は、変わっていませんでした。私たちは今、予知で見たままの運命をなぞっています」


「いや、その話、髪乾かしてからではダメなのか?」


「このままでは、私もあなたも……そして、この世界も……破滅の未来へと向かうでしょう」


「なあ……この話、長くなりそうか? いったん、髪を乾かしてから仕切り直したほうがよくないか?」



 なんか重要そうなイベントが、また始まったぞ……。

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