第59話 役者をそろえてみた
決戦の朝。
日の出前の中途半端な時間に起きてしまった俺は、眠気を吹き飛ばすためにバルコニーに出ると、ラフリーゼとばったり遭遇した。
「このままでは、私もあなたも……そして、この世界も……破滅の未来へと向かうでしょう」
「なあ……この話、長くなりそうか? いったん、髪を乾かしてから仕切り直したほうがよくないか?」
なんか重要そうなイベントが、また始まったが……。
……どうしよう。興味がない。
俺って、テキスト読み飛ばして、とっととバトルしたがる派だしな……。
「マティーさん」
と、ラフリーゼが憂いを帯びた瞳で、こちらを見つめてくる。
「それでも……あなたは戦いにいくのですよね? この先にあるのが破滅だけだとしても」
おそらくラフリーゼは、聖王軍との戦いを前に怖気づいたのだろう。
聖王軍は数が多く、士気が下がらない。
ただその2点のために、あらゆる戦術を無に帰すほどの強さを持つ。
そのうえ、人類最強クラスの剣聖ハイデリクが陣頭指揮を取り、
この世界の人間にとっては、たしかに絶望的な相手なのかもしれない。
とはいえ……。
「俺は、俺が負けないことを知っている。俺の心配なんてしてる暇あるなら、これから俺に倒される敵の心配でもしてやることだ」
「……あなたは、すごいですね。いつだって、不確かな未来に突き進んでいくことができて。私は……未来が怖くてたまりません」
ラフリーゼが伏し目になる。
「……やり直したい。それが私の幼い頃からの口癖でした。落ちこぼれで、勇気も力もなくて、いつも間違ってばかりだった私は……今までのことが全部夢で、朝起きたら過去に戻っていますように……なんてことばかり、神様に祈って生きてきました」
……クライマックス前特有の、キャラの自分語りが始まった。
「そんな私の願いが届いたのか、ある日、【未来予知】という固有スキルに目覚めました。『やり直したい』と思ったときに、過去へと今見ている情報を送ることができるスキルです」
「……ふむ」
たしかに、固有スキルは、その人間の願いが反映されやすい。
人間を含め、生物の起源はプロトスライムだからな。この世界の生物には、多かれ少なかれ、意思に応じて姿を変えられる――“
だからこそ……。
幼い頃、人間を嫌いながらも仲間を求めた俺には、魔物を創造する力が。
強い自分になりたいと願ったミコりんには、魔法少女に変身する力が。
そして、後悔ばかりしていたラフリーゼには、未来をやり直せる力が芽生えたのだろう。
しかし、未来の後悔を、過去へと送るスキルか。
なるほど……いろいろ合点がいった。
「……未来が見られるようになって、うれしかった。未来の景色をヒントに正しい選択肢を取り続ければ、きっとみんなが幸せになれるような“正しい未来”にたどり着けると思いました。それなのに……私の力のせいで、未来はどんどん悪くなっていく。私さえいなければ、こんな未来にはならなかったのでしょうか……?」
ラフリーゼの手すりを握りしめる手が、わずかに震える。
なにやら悩んでいるらしいが……。
「いや、なんというか……夕飯が毛ガニなやつに、しんみりされてもな」
「なにか悪いんですか、毛ガニで!?」
「悪いというわけではないが……今、お前がなにを言っても、『でも、こいつって夕飯が毛ガニなんだよな……』という感想しか出てこない」
「毛ガニへの熱い風評被害やめてください! というか、あなたの夕飯も毛ガニですからね!? 同じ釜の毛ガニを食べた仲ですからね!?」
「はいはい。毛ガニ毛ガニ」
「なんで、私が聞き分けのない毛ガニ愛好家みたいな扱いになってるんですか!? 夕飯前まで毛ガニ毛ガニ言ってたの、あなたのほうですからね!?」
ラフリーゼは、ふー! ふー! と威嚇するような息を出しながら、髪をかきむしった。
「あー、もう! 真面目な話してたのに! なんで、いつの間にか毛ガニの話に!」
「それが毛ガニの魔力さ」
「うぅー! やっぱり、私、あなたが嫌いです! 今わかりました! 私があなたの姿をたくさん予知していたのは、あなたを勇者として選んだことを後悔していたからです!」
「そうか。俺もお前のことが嫌いだ」
「知ってますよ!」
「だから……お前はそのままでいいんだ」
「……え?」
「なにも悩む必要はない。お前は、俺の嫌いなお前のままでいろ」
「……な、なんですか、いきなり? また、よくわからないこと言って、バカにしてるんですか……?」
「そうだ」
「や、やっぱり!」
ラフリーゼがぽかぽかと腕を叩いてくる。
なんだかんだで元気は出たらしい。顔を真っ赤にしながら説教を垂れてくる。
まったく……弱くてへたれなくせに、クソ真面目で、正義やら理想やらばかり語って……。
俺とは、まったく正反対の生き物だ。
だが、こいつは……こうでなくてはつまらない。
世界にこいつみたいなのが誰もいないのは、それはそれで退屈だからな。
と、そこで。
「む……」
上空に気配を感じて、俺は空を見上げた。
夜空にふよふよと浮かんでいる虹色の飛行体。
一瞬UFOかと思ったが、よく見るとメルモだった。
「マスタ~!」
メルモがこちらに手を振っている。
その後ろには、巨大な蝶に運ばれているミコりんとプリモの姿が。
「めるめるめ~♪ あなたの笑顔の配達人、メルモ推参♪」
メルモがバルコニーの手すりに、たんっと軽やかに着地した。
「ご命令通り、みなさんを空輸しましたよぅ」
「空輸されました」
「うぷ……もう空輸はこりごりよ……」
プリモとミコりんもバルコニーに降ろされる。
「よし、プリモたちもつれてきてくれたか。よくやった。仕事が早くて丁寧とは、やはりメルモがお客様満足度ナンバー1だ」
「……流れるような褒めハラやめてください」
「あ、あれ、道化師のメルモさん……? というか……この蝶は……」
いきなりやってきたメルモに、ラフリーゼは状況についていけていないようだった。
が、スルーする。
いちいち説明してやる義理もない。
「……というか、ちょっと目を離した隙に、なに歴史的大事件やらかしてるのよ」
ミコりんが呆れたように口をとがらせる。
「聖都中、あんたの“噂”でもちきりだったわよ。偽勇者だとか、反逆者だとか……」
「主様のポスターがいっぱい飾られてましたよ!」
「うん、指名手配書ね」
「ほぅ、聖王はさっそく俺の情報を広めてくれたらしいな」
それはもう、【噂操作】で全力で情報をばらまいてくれたのだろう。
見事に、俺の思惑通りに動いてくれたものだ。
「で……今度はなに企んでるの?」
「いや、聖王国観光のシメとして聖王をぶっ潰そうと思ってな」
「ふーん? ま、どうせあんたのことだから……また悪役笑いしながら、世界とか救っちゃうんでしょうね」
ミコりんが肩をすくめる。
なにはともあれ。
「……これで役者はそろったな」
ちょうどそこで、朝日の白光が、分厚い東雲を貫いた。幕が切って落とされたように、空気がみるみる白く輝いていき、遠くのセイントブリッジもきらめきだす。
新しい1日が始まった。
新しい神話が始まる1日だ。
「さて」
舞台は整った。
あとは、理想の
「――――さあ、ゲームスタートだ」
楽しい、楽しい、ゲームを始めよう――――。
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