第38話 ダンジョンのタイムアタックをしてみた


 樹上都市フォリウムを出たあと。

 俺たちはさっそく、森の古祠にある転移門から精霊郷に入っていた。

 ダンジョンは一般的に“人工魔境”のことを指すが、精霊郷は少し特殊で、精霊たちが作り上げた魔境になっている。また、その内部も地下迷宮型や塔型とは違う。

 開放型のダンジョンだ。



「ここが、精霊郷……」



 ミコりんがごくりと唾を呑み込む。

 精霊郷内部に広がっていたのは、まさに別世界だった。

 空があり、地面がある。

 太陽が、月が、雲が、森が、川が、花が、草が、紅葉が、雪がある。

 ひとつの空間の中に、春夏秋冬が水彩絵の具のようにぐにゃあと混じり合っていた。

 ここが精霊郷のエリア1――四季世界だ。


「……う、噂に聞いてはいたけど、やばいところね……」


 ミコりんが怯えたようにプリモに抱きつく。自然とともに生きるエルフにとっては、この偽物のような景色に違和感を強く覚えるのかもしれない。


「やばいですか? 綺麗じゃないですか」


「観光にもいい場所だな。ゆっくり見て回りたいぐらいだ」


「うん、綺麗には綺麗だけど……ダンジョンの中だからね? 一応、死と隣り合わせの場所だからね?」


「まあ、たいしたことはない。見た目に惑わされるな」


 このエリア1には、季節をつかさどる精霊や妖精がたくさん住んでいるだけだ。飽きっぽい彼らが自分好みの季節を住処の周りに作り出すために、このような混沌とした光景ができている。戦闘に特化したような力の強い精霊がいるわけでもない。


「えっと、次のエリアに行くには、転移門を探さないといけないのよね」


「ちょっと大変そうですね。普通のダンジョンなら全てを破壊するだけでゴールできるのですが……」


「……そういえば、何年か前に、各地のダンジョンが消滅する歴史的大事件があったけど、もしかして……」


「とりあえず、転移門の位置なら全て把握している。さっそく向かうぞ」


 そう言って、足元の影から翼の生えた白犬を召喚する。

 みんな大好き、乗用魔物のグラシャラボラスだ。

 ただ、さすがにグラシャラボラスの背中に3人も乗るスペースはない。無理やり乗ったとしても、グラシャラボラスは骨格的に上からの重みに弱いのですぐに倒れてしまう。

 だから、以前にプリモに作ってもらった水色の馬車をあらかじめつなげておいた。


「ダンジョンを馬車で攻略するって……本当に、観光ツアーみたいね」


「馬車で行く、ダンジョンの旅ですね!」


「というか、前から思ってたんだけど……この謎犬、あたしのこと餌として見てない?」


「見てるぞ」


「見てますよ?」


「断言された!?」


「というわけで、さっそく乗ってくれ」


「この流れで乗れと!?」


「安心してください。食べられちゃっても、すぐなら蘇生できますよ!」


「食べられること前提!?」


 というわけで、グラ車(※グラシャラボラスの馬車)に乗って空へ。



「――さあ、ゲームスタートだ!」



「うええええっ!?」


 空を飛び慣れていないのか、ミコりんが潰れた声を出す。


「怖い怖い怖い! 落ちる!」


「いや、落ちたところで、今のミコりんのレベルなら無傷だと思うが」


「むしろ地面のほうが砕け散ると思いますよ?」


「え、なに!? あたしってそんな人外になってたの!?」


 というわけで。

 道中のザコ敵やトラップを全て無視して、空から一直線に全速前進。

 花畑の中心にぽつんと立っている転移門に飛び込む。


 これでエリア1は攻略完了だ。



「え、もう終わり?」


「開放型ダンジョンを空から攻略すれば、こんなものだろ」


 まあ、ゲームではなかった攻略法だしな。ちょっとしたチートみたいなものだ。


 転移門を抜けると、がらりと周囲の景色が変わった。

 文字通り、別世界に入ったのだ。

 この精霊郷は、9つの世界が1か所に重ね合わされてできている。


 そして、エリア2は――逆さま世界。


 宙に浮かぶ大地から、木々や、山や、草原が、全て逆さまに生えている。

 下を見れば、ひゅおぉぉぉ……と風が吹きすさぶ空。

 もしも一歩足を踏み外せば、空へと真っ逆さまに落下していくことだろう。


「な、なんなの、これ……こんなのどうやって攻略すれば……」


「もう攻略終わったたぞ」


「え?」


 転移門から次のエリアへ。

 ゲームでは、探索スキルである【登坂】や【跳躍】のレベルが高くないと攻略できないエリアだったが……空を飛べるなら、10秒で終わるエリアだった。

 視界が切り替わり、エリア3へ。


 エリア3は――銀世界だ。

 雪と氷だけでできた世界。

 地面の雪に音が吸われているのか、不思議なほど静寂に満ちている。氷で作られた木々は美しく完成されているが、死んだように身じろぎひとつしない。動物や虫の気配もなく、風もなく、土の匂いもなく、枝がこすれ合うこともない。まさに美しく滅びた世界……。


「よし、ちゃんと見たか? それでは次行くぞ」


「らじゃーです」


「……もはや、純度100%の観光ツアーになってる」


 転移門からエリア4へ。

 エリア4は、灼熱世界。

 煮えたぎるマグマの湖を、船で進むエリアだ。


「暑い」


 というわけで、5秒で次のエリアへ。

 エリア5は、海底世界。

 あらかじめ、グラシャラボラスに【水中呼吸】を付与し、馬車の窓も閉めていたため、問題なく通り過ぎる。


「とりあえず、これでミコりんママの記録も更新か」


「うぅ~」


 ミコりんが恨みがましく睨んでくる。


「……なんかズルしてるみたいで納得いかない」


「ズル? チートやバグ技を使ってるわけでもないが……」


「あんたの存在がズルみたいなものでしょ」


「くくく……それは褒め言葉だ」」


 とか言いながら、エリア6へ。

 エリア6は、地底世界。とりあえず暗い。


「……ほぅ? このエルフせんべい、なかなかいけるではないか」


「このエルフの入浴剤も美味しいですよ!」


「ついにお土産に手をつけ始めた」


 そんなこんなで、エリア7の小人世界とエリア8の巨人世界もクリアし……。

 エリア9にたどり着いたのだった。



「ふっ……ついに、ここまで来たな」



「長く激しい戦いでした……」


「ここまで4分しかかかってないけどね」


「む……残り3分しかないのか」


 予定よりも時間がかかってる。これはゆっくり見物しすぎたか。


「くくく……精霊王め。綺麗な景色で俺の歩みを遅らせるとは、なかなかの策士ではないか」


「こ、これは気合いを入れないといけませんね……!」


「ああ!」


「……精霊王様もびっくりな気合いの入れ方ね」



 さて、エリア9は――天界だ。


 どこまでも広がる雲海の上に、巨大な神殿が鎮座している世界。

 このエリアでは、探索者が聖剣の持ち主にふさわしいか、四天精と精霊王から試練を出される。

 つまり、この精霊郷はここからが本番というわけだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る