第37話 樹上都市に入ってみた


 ミコりん強化計画のいっかんで、俺たちは樹上都市フォリウムにやって来ていた。

 森に溶け込むように存在する、妖精国西端の町だ。

 木に巻きついた螺旋階段から町内に入ると、枝から枝へと縦横無尽に伸びる吊り橋や、上下左右に積み重なったツリーハウスに出迎えられる。

 この町に来た目的はただひとつ――。


 ――ミコりんと精霊王の契約だ。


 精霊王は、この町の近くにある“精霊郷”というダンジョンの最奥にいる。

 精霊郷は、ゲームでは終盤近くの竜王ニーズヘッグ戦の前に訪れ、『主人公アレクが精霊王の試練をクリアして聖剣を抜く』という、ストーリーの転換点ともいえるイベントがあった場所だ。

 まあ、勇者になるつもりはないし、聖剣はどうでもいいのだが。

 勇者になりたがる者はわりかし多いようで、この町には冒険者がたくさん集っていた。


「うっわ、なかなかの人だかりね」


 冒険者ギルドの集会所の人だかりに、ミコりんが顔をしかめる。

 妖精国の中とは思えないほど、いろいろな国の冒険者が集まっているようだ。東大陸のアシラ武王国風の者もいれば、ソリスティア聖王国風の神官の一団もいる。


「いったいどこから、これだけの人間がわいたのでしょう……?」


「これは受付まで行くのが大変そうだわ」


「主様、いくらか消しますか?」


「やめろ。歴史的大事件になる」


「はい」


「まあ、ここは俺に任せるがいい」


「不安しかない」


 俺は集会所に入ると、そのまま少量の殺気を込めて言い放った。



「――道を開けよ。俺のお通りだ」



 びりっ! と集会所中に緊張が走る。


「……ひッ!?」「なんだ!?」「……あ……ぁあ……」


 いきなり現れた元ラスボスに、冒険者たちが思わずといったように道を開けて、その場にひざまずく。

 俺のカリスマがなせる技だ。万の魔物を束ねていた俺にとって、ただの人間に言うことを聞かせるなど造作もない。

 俺のく道を遮ることは、何人にもできはしないのだ。


「くくく……どうだ、ミコりん? 道が開いただろう?」


「さあ、ミコちゃん、行きましょう!」


「…………ぴゅぅぅ~」


 なぜかミコりんが反応しない。

 顔をそむけて、下手くそな口笛を吹いている。


「おかしいな。聞こえてないのか?」


「ミコちゃん、道が開きましたよー」


「……ぴゅう! ぴゅう!」


「ふむ、口笛に夢中だ。どうやら口笛の魅力に取り憑かれたらしい」


「もっと大きな声で呼んでみましょうか」


「そうだな。せーの」



「「――ミッコり~~ん!」」



「うるさああああいッ!」


 ……怒られた。


「なんなの、その無駄な連携!? というか、他人のふりしてることぐらい察しなさいよ!」


「いや、なぜ他人のふりを……?」


「わ、わたしたちのこと嫌いになったのですか……?」


「あんたたちが変に目立つことしてるからでしょ!?」


「だが、今一番目立ってるのはミコりんだと思うが」


「あ……」


 はっと我に返ったように、ミコりんが周囲を見回す。

 集会所中の視線がミコりんに集まっていた。

 とくにエルフたちがあきらかに戸惑ったような視線を向けてくる。


「あの顔、肖像画の……」「“ミッコり~ん”と呼ばれてたぞ……?」「やっぱり“竜王殺し姫”……?」「そういえば現役冒険者だって話だったな」「とすると、本物……?」


 エルフたちの間では、ミコりんはずいぶんと有名人らしい。


「うぅ……これだから、故郷のギルドは嫌なのよ……」


 ミコりんが恥ずかしそうに俺の後ろに隠れる。

 まあ、ともかく道は開いたし、受付に向かおう。


「え、えっと……ミコリス姫とそのご一行ですね?」


「ち、違うわ。あたしはミコール。ミコリス姫なんて人は知らない」


「あ……申し訳ありません。そういうことになってるんですね」


 完全にバレていた。


「それより、とっととダンジョンに入らせろ」


 冒険者カードを提出する。


「え? あれ、Gランク冒険者……?」


「なにか問題が?」


「い、いえ、少し意外で。えっと……精霊郷への入境申請ですね。かしこまりました」


 受付嬢のエルフが、顔をひきつらせながら書類を用意する。

 他国のギルドでの活動となるが、そんなに複雑な手続きはいらない。

 国際基準にのっとった冒険者カードならば、多くの国のギルドで使うことができる。かつて勇者メフィス・ノアが、人類が魔物に対抗するために、"冒険者ギルドの国際的な協力体制"を作ったとかいう理由で。


「……申請完了いたしました」


「大義であった」


「それでは、お気をつけて……本当にお気をつけてくださいね? 責任問題とか勘弁ですからね?」


「え、ええ」


 ミコりんのほうをちらちら見ながら、受付嬢が念を押す。

 それから、俺たちはダンジョンに向かおうとするが。


「む?」


 そこで、ふと。

 壁の一角にかけられた魔布が目に入った。

 魔力に反応して縫い目が変わるエルフの布だ。その布の性質を利用して、文字が書いてある。

 内容を読んでみると、どうやらランキングボードのようなものらしい。


「ふむ、1位はミステリア・ピンクハート……?」


「ん?」


 俺の視線に気づいたのか、ミコりんが、「ああ」と声を出す。


「これは、精霊郷の踏破記録よ。歴代最高はママなの。昔、修行のために精霊郷にひとりで潜って、1週間でエリア5まで到達したのよ」


 ミコりんがむふんと誇らしげに言う。

 まあ、ミステリア女王の目的は、修行というより、ダンジョン最奥にある聖剣だったんだろうな。娘を戦いの宿命から守るために、自分が聖剣を抜いて勇者になろうとしたってところか。

 とはいえ……。


「エリア5が最高って……最深部のエリア9まで潜ったやつはいないのか?」


「エリア9? いや、まだ精霊郷の最深部はわかってないはずよ。歴史上、誰も到達してないし。エリア5でもうBランクの魔物が出たみたいだから、エリア数は多くても7だって言われてるわ」


「……むしろエリア9からが本番なんだがな」


 この精霊郷では、エリア9で聖剣の試練が待ち受けている。

 そこまではあくまで“道中”でしかなく、ザコ敵とエンカウントするだけだ。

 一応、序盤から入れることもあり、浅いエリアはレベルが低くなっているが……人類最強クラスのミステリア女王をもってしてもエリア5が限界なのか。まあ、人類最強クラスとはいってもレベルはたったの35だし、固有スキルなしの凡人ではあるが。

 たしか、このダンジョン全体の適正レベルは50ぐらいだから、この世界の人間には荷が重いだろう。


「くくく……いいことを思いついたぞ」


「……なんで思いつくの? やめて?」


「そう言われても」


 このダンジョンに来たのは、精霊王のゲットが目的だったが。

 ただ精霊王をゲットするだけでは芸がない。

 もっと面白いゲームを思いついた。


「歴代1位のミステリア女王が、7日でエリア5まで到達したんだろう? ならば……」


 俺はそこで言葉を切り、周囲を見わたす。

 もともと目立っていたこともあり、全ての冒険者たちの視線がこちらに集まっていた。


「……7分だ」


 俺は注目の中――ドンッ! と高らかに宣言する。



「――俺は7分で、この精霊郷を踏破してみせる!」



 さあ、タイムアタックの始まりだ――――。


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