第39話 四天精の試練を受けてみた


 精霊郷のタイムアタックを始めた俺たちは、4分でエリア9の天界までたどり着いた。

 どこまでも広がる雲海の上に、巨大な神殿が鎮座している世界だ。

 このエリアでは、探索者が聖剣の持ち主にふさわしいか、四天精と精霊王から試練を出される。

 つまり、この精霊郷はここからが本番というわけだ



「――おー! よくぞ、ここまでたどり着いたな! 人の子らよ!」



 神殿前の雲に着陸すると、燃えさかる筋骨隆々の精霊が声をかけてきた。

 この神殿の門番にして、四天精の1柱だ。


「あ、あなたは誰!?」


「ふっ、俺か? 俺は四天精がひとり――炎精バルカおぅふ!?」


 無言で、門番に腹パンした。

 門番がその場にうずくまるとともに。

 ごごごごご……と、重々しく神殿の門が開かれていく。



「よし、第1の試練クリアだ」



「……へ?」


「第1の試練は“力の試練”――つまりは門番との戦い、だった」


「そうだったんだ」


 開け放たれた門をくぐると、次に現れたのは壮大な庭園だった。

 美しい薔薇の生け垣によって作られた、巨大な迷路園だ。

 どこからか美しい女の声が聞こえてくる。



「ふふふ、ようこそ“心の試練”へ。ここでは迷路を……え、ちょっ、空飛ぶのは反則……」



 ゴール地点でグラシャラボラスから降りると、扉が開いた。

 扉から神殿に入り、次の試練へ。

 次に現れたのは、天空へと螺旋状に伸びている図書館のような広間だ。

 その広間の中央に、司書を思わせる理知的な精霊が浮かんでいた。


「ほぅ……ふたつの試練を突破しましたか。しかし、私の“知の試練”はそう甘くは……」


「お前が今から出すクイズの答えは、『人間』『5枚』『3番目の精霊』だ」



「………………せ、正解」



 ごごごごごご……と、扉が重々しく開いていく。

 次の広間に入ると、生意気な少年精霊が現れた。


「へぇ、人間のくせにここまで来るなんてやるねぇ。だけど、ボクが出す“絆の試練”は……」



「プリモ、扉に向かって【破壊光線】だ」



「らじゃーです!」


「え、ちょっ、待っ……!?」


 プリモが口から水色のビームを発射し、扉が消滅する。【破壊光線】はそのまま扉の奥まで突き抜け、神殿をめちゃくちゃに破壊した。

 床がえぐれ、壁が破裂し、天井が崩落していく……。


「よし、ショートカットができたな」


「いや、なんで扉壊したの!? そんな力あるなら、普通に試練受ければいいだろ!?」


「悪いが、タイムアタック中なんだ。あとにしてくれ」


「どういうことだよ!?」


 というわけで、破壊された通路を通って、最奥の広間に入った。


 ――精霊王の間。


 そこは、いかにも天界らしい空間だった。

 神殿の壁や天井は吹き抜けになっており、立ち並んだ大理石の柱の隙間から、外に広がる雲海をのぞむことができる。

 しかし、なんといっても目を引くのは、奥の台座に突き刺さった光り輝く剣だろう。

 正しい心の持ち主にしか抜けない――伝説の聖剣。

 そして、その聖剣の前で、神々しい白い衣をまとった老人が――。



「…………人の……子、よ……よくぞ、ここまで……ぐふっ」



 ――倒れていた。


 言うまでもなく精霊王だが、なんかぷすぷすと全身焼け焦げて、白目を向いている。

 さっきのプリモの【破壊光線】を浴びたのだろう。

 というわけで。



「これにて、ダンジョンクリアだ!」



「やりましたね、主様! 7分切りましたよ!」


「えぇー……これでいいの……」



   ◇



 精霊郷のタイムアタックを終えたあと。

 精霊王の間で、雲海を見ながらサンドイッチを食べていると。


「――人の子よ。よくぞここまでたどり着いた」


 意識を取り戻した精霊王が話しかけてきた。

 精霊は力の塊のようなものだから、あらゆる物質を存在崩壊させる【破壊光線】を浴びても致命傷にはならなかったらしい。


「んぐ……あなたは……精霊王様、ですよね?」


 ミコりんがサンドイッチをごくんしてから、緊張した面持ちで尋ねる。

 精霊王は雲のような白ひげに包まれた口から、ゆっくりとしわがれた声を出した。


「――いかにも。わしこそが精霊王である」


 ぱぁぁっ、と後光がさす。

 威厳を出すための演出なのだろうが、もうだいぶ手遅れだと思う。

 とはいえ、こんなチープな演出でもミコりんの心には届いたらしい。


「ふわぁあ……」


 ミコりん、大感激。


「そんなありがたいものなのか、あれ?」


「とても壊れやすそうですが……」


「いや……このお方は、精霊王様なのよ!? 妖精国において世界樹や“星の意志ワールドトレント”と並んで信仰されている、あの精霊王様よ!?」


「そ、そうか。すごいな」


「ま、まさか……精霊王様をこの目で拝める日が来るなんて……」


 ミコりんがキラキラとした眼差しを精霊王に向ける。


「客人よ、先ほどは見苦しい姿を見せたな。気を取り直して……そなたらが聖剣の持ち主にふさわしいか、最後の試練を課そう」


 精霊王は、そう前置きしてから続けた。


「まず、問う……なぜ、そなたらは聖剣を求める?」


「くくく……俺がなぜ聖剣を求めるか、だと?」


 台座に刺さった聖剣に、ちらっと目を向ける。

 女神教の救世神話にも出てくる、世界でもっとも有名な剣だ。


 666年前……竜王ニーズヘッグによって人類が滅亡の危機に陥ったとき、運命蝶に導かれた勇者メフィス・ノアに、精霊王がこの剣を授けた。

 その特性は、闇属性特効。

 最大硬化状態のニーズヘッグにもダメージを与えることができる剣である。

 この聖剣を手に入れた勇者たちは、無事に竜王ニーズヘッグの封印に成功。そこが人類の新たな始まりだとして、竜王ニーズヘッグ討伐の翌年から女神暦という暦が世界的に採用されるようになった。

 そして、いつの日か竜王ニーズヘッグが復活したときに、ふたたび聖剣がふさわしい者の手にわたるよう、精霊王がこの剣を守護することになった。

 それが、この聖剣の伝説のあらましである。

 そんな聖剣を求める理由は………。



 ………とくに、ない。



「うん、いらないな」


「いらないですね」


「まあ、べつにいらないわよね……」


「そうか、いらないのか…………えっ、いらんの!?」


 精霊王が声をひっくり返らせる。


「そもそも、最初から欲しいなんて言ってないが……」


「もらっても物置きの肥やしになりそうです」


「もうニーズヘッグも死んだしね……」


「えっ、あの竜王死んだの!? 聖剣使わずに!?」


「あいつ、思ったより弱くて萎えたなー」


「でも、いい肥料にはなりましたよね!」


「……り、竜王が弱い? 肥料? よ、よくわからんが……では、そなたらは、なんのためにここまで来たのだ……?」


「くくく……いいだろう、教えてやる。それはだな……」


 俺は、びしぃっ! と精霊王を指さした。



「――お前の力をいただくためだ!」


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