第8話 世界のレベルの低さに気づいてみた

「うそ……なによ、これ……ありえない」


 ミコりんの視線の先に広がっていたのは、異様な光景だった。

 森の中にある白い花畑が、えぐり潰されていたのだ。

 そして、その中心に、禍々しい屋敷が立っていた。

 というか……さっき俺が作った我が家ミミックマンションだった。


「……こ、こんな気味の悪い屋敷、昨日まではなかったはずなのに」


「へ、へぇー。不思議だなぁー」


 ……まさか、こんなに早く見つかるとは。

 利便性のために町近まちちかに家を建てたのは失敗だったか。

 というか、モーリュ草もただの雑草かと思って、うっかり潰してしまった……。


「うっ」


 ミコりんが吐き気をこらえるように、口元を手で押さえる。


「どうかしたか?」


「どうかしたって……あんたは平気なの? こんな濃い魔力の中で」


「魔力? そんなに濃いか?」


「あきらかにやばい量が、屋敷から放たれてるでしょ……!」


「あ……あー、たしかに。言われてみれば濃いめかもな」


「こんな魔力量、ありえない……かなり強大な魔物がここに住み着いたに違いないわ」


 ……はい、俺が今日から住み着きました。

 魔力はさっきリラックスしたときに、思いっきり放出した覚えがある。人前では抑えている分、タガが外れてしまったというか……。


「これは……“七魔王”がいる可能性も高いわね」


「七魔王?」


 唐突な言葉に、一瞬ぽかんとしてしまう。

 しかし、ミコりんは真剣な表情で続ける。


「……こんな非現実的な現象を起こせるとしたら、七魔王――魔帝メナスの配下にいた7体の魔王たちしか考えられないわ」


「そ、そうか?」


「ええ。信じられないかもしれないけど、七魔王はそれぞれが単騎でも国を滅ぼせるような力を持ってるの。なんでも、その推定ランクはB以上だとも言われていて……」


「む? いや、七魔王はみんなSSランクだが」


「SS? 魔物のランクはAが最高よ」


「Aランクの次がSランクで、その次がSSランクだ」


「Aの次が、なんでSなの? そこからなんでSSになるの?」


 そういうのも、制作会社に問い合わせてくれ。


「ともかく、ここにいるのが七魔王だとしたら町が危険だわ」


「町が……?」


「ほら、魔帝メナスが殺された直後でしょ? きっと、七魔王が主を殺された報復に、この国を襲うつもりなんだわ」


「国を……」


「いや、だとしたら、もうこの国だけで済む問題じゃないわね。もしかしたら……人類全体を揺るがす事態かもしれないわ」


「人類が……」


 だんだん、話のスケールが大きくなっていく。

 ……ただ、スローライフをしてみただけなのに。

 もはや、「ここ俺ん家!」とか言える状況ではない。


「とりあえず、急いでギルドに報告したほうがよさそうね」


 そう言って、ミコりんが身をひるがえそうとし――。


「な……っ」


 ――固まった。


「今度はどうした?」


 俺も振り返ると、すぐ後ろに巨木が立っていた。

 つい先ほどまではなかったものだ。

 こぶだらけの太い幹には、人間の顔を模したような穴があり……。


 ……というか、さっき俺が作った紅茶の材料Aティートレントだった。


「と、トレント!? 生息地からめったに出ないはずなのに、どうしてこんなところに!?」


 ……俺が作りました。紅茶を作るために。


「くっ! きっと目撃者を消すために、七魔王が放っていたんだわ! なんて卑劣な!」


 七魔王の冤罪が加速していく。

 ……ごめん、七魔王。


『げげげ、げ、げげ……』


 ティートレントは俺たちを見下ろしながら、にたにたと下卑た笑みを形作り――。

 突然、ぶぉっと巨枝を振り上げた。


「……っ! 危ない!」


 ミコりんがとっさに、俺のほうへ手を伸ばしてきた。

 どんっ、と俺の胸を突き飛ばそうとし――。


「あれ、動かない!?」


 そんなやり取りの直後――ティートレントの枝が、俺の頭へと振り下ろされた。

 ずぅんっ! と森が震えるような一撃。

 俺の頭に巨枝がクリーンヒットし、その衝撃で周囲の地面が陥没する。


「そ、そんな!? マティー!」


「呼んだか?」


「ぎゃああああ!?」


 返事しただけなのに、すごい悲鳴を上げられた。


「な、なんで生きてるの!?」


「え? だって、生きたいし……」


「そういうことじゃなくて! って――きゃあああ!?」


 今度はミコりんに向けて、ティートレントの枝が躍りかかってきた。周囲の木をめきめきとなぎ倒しながら、迫りくる巨枝――。


「ひ、光魔法Lv2――【ライトニングウォール】!」


 ミコりんがとっさに魔法壁を作るが……ダメだ。

 ぱりんっ、と薄ガラスのようにあっさり破壊されてしまう。枝の勢いを少し弱めることしかできていない。


「ちっ、暴走してるな」


 とっさにミコりんを抱えて枝を避ける。


「え、あれ……? いつの間に抱えられて……」


「怪我はないか?」


「え? う、うん……」


 いったん距離を取ってから、改めてティートレントを観察してみる。

 ティートレントは【作成】したばかりのときの無表情とは打って変わり、獲物をいたぶるような嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 創造主に対してこの態度とは……明らかに理性を失っているな。

 おそらくは、一緒に作った紅茶の材料Bシュガーマッシュの胞子にあてられたのだろう。そういえば、シュガーマッシュの胞子には、精神系の状態異常を引き起こす効果があるんだった。


「……仕方がない。面倒だが、始末しておくか」


「ま、まさか、戦う気!?」


 俺の腕の中にすっぽり収まっていたミコりんが、正気を疑うような顔をしてくる。


「なに考えてるの!? あんた、丸腰でしょ!? ただでなくても、トレントはCランクの化け物なのよ!? 人間がまともに戦って勝てる相手じゃないわ!」


「いや、Cランクなんてザコだろ」


「ザコって……Cランクの魔物の討伐適性レベルは20よ!? レベル20に到達してる人間なんて、世界中探してもほとんどいないでしょ!?」


「……む?」


 一瞬、言葉の意味がわからなかった。

 しかし……すぐに、はっとした。


 ――彼女はCランクの大先輩ですよ! それも、レベル10に達している大ベテランなんですから!

 ――単独でEランクの魔物を倒した実績があるほどの実力者なんですからね!

 ――魔物なんて、数日に1体も狩れたらいいほうなんだからね。


「……なるほど」


 これまで、この世界の人間はレベルが低いだろうな、と予想していた。

 しかし、それは正しくなかったようだ。



 どうやら、この世界の人間は……俺の予想よりもはるかにレベルが低いらしい。



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