第9話 敵をゲームオーバーにしてみた

 どうやら、この世界の人間は……俺の予想よりもはるかにレベルが低いらしい。


 いや、考えてみれば当然か。

 この世界の人間は、ほとんど魔物を狩ることもなく、レベル上げの仕方も知らないのだ。さらにゲームのときみたいに『魔帝メナスが世界中に魔物をばらまいている』ということもなくなり、エンカウントできる魔物の数自体もそれほど多くない。

 これでは、まともにレベルが上がるわけもないだろう。


 思い返してみれば、ゲームの中でも同じだった。

 主人公アレクの初期レベルは5だが、それでも革命軍の中では武闘派扱い。その後に仲間になるキャラも、みんな初期レベルは5~10ほどだ。

 終盤では人間キャラが敵として登場することはほとんどなかったし、人間ボス最強の“武王ハイバ”ですらレベルは44だったか……。


「……そうか」


「ちょっと、マティー!? なに、ぼけっとしてるの!? 早く逃げるわよ!」


 ミコりんがぐいぐいと腕を引っ張ってくる。

 だが、俺はそれを無視して、ティートレントのほうへ歩きだした。


「悪いが……俺のコマンドメニューに『逃げる』はないのでな」


 そもそも、こんなザコに背を向けるのは、俺のプライドが許さない。


「あ、危ない……っ!」


 ティートレントの攻撃圏内まで近づくと、ふたたび巨枝を振りかぶってきた。

 しかし、遅い。


「スキル限定解除――」


 俺はティートレントを視界に収め、かっと目を見開いた。




「――――【止眼しがん】」




 その一言とともに――ぴたり、と。

 俺に迫っていた巨枝が、止まった。

 いや、枝だけではない。ティートレントの動きも完全に停止している。

 その表情も、枝も、葉っぱ1枚1枚すらも……凍りついたように動かない。


「……え? なにが……」


「やつの時間を止めた」


「じ、時間を……?」


 敵単体を60秒間、停止状態にするスキル――【止眼】。

 これはクロックスネークという蛇系の魔物の種族スキルだ。


 俺は【魔物創造】スキルを応用して、この身にあらゆる魔物を合成している。

 いつもは人間の形を保つために、【封印】スキルで魔物の力を抑えているが。限定的に封印を解除することで、魔物のスキルを使うことができるのだ。

 ちなみに、封印を全解除すると第二形態|(とてもかっこいい)になる。


「では、さっさと済ませるとしよう」


 俺はティートレントの根元まで近づいた。


「スキル限定解除――【デスサイス】」


 今度はシニガミの種族スキルを発動し、手の中に影の大鎌を出現させる。

 肉体を透過し、命だけを刈り取る――即死の大鎌。

 命中しにくいスキルではあるが、停止状態では回避することは不可能。

 ゆえに、この一撃は必殺となる。



「――ゲームオーバーだ」



 ティートレントに向かって、大鎌を振るった。

 ただ、それだけだった。

 奇妙なほど手応えはなかった。

 だが、影の大鎌が煙のように消えるとともに、ティートレントの枝がへなへなと一斉にしなだれる。その動きは、ゲーム内でティートレントを倒したときのモーションそのもので……。


「……さすがに、相手にならなかったな」


 絶命したティートレントを見下ろしながら、肩を落とす。

 せっかく冒険者になったからには、もっと血湧き肉躍るバトルをどこかで期待していたのだが……。


「…………ぇ、あれ……?」


 と、少し遅れて、ミコりんのぽかんとしたような声がした。


「な、なんなの、今のスキル……? というか……まさか、これ……倒したの?」


「見ればわかるだろ」


「う、うそ……Cランクをソロ討伐……それも一撃で……? そんなの、ありえない……」


 どうやら、今の状況に理解が追いついていないようだ。

 仮にも強者扱いされてるミコりんで、これか……。

 悪目立ちするのは皇帝時代にこりてるから、避けたいんだがな。

 これはどう説明したものか、と考えていると――。


「……っ!?」


 突然――森全体が激しくざわめきだした。

 周辺にいた魔物たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う音が聞こえてくる。

 それと同時に、膨大な魔力が爆風のように吹きつけてきた。


「……ぇ……?」


 ふっと糸が切れたように、ミコりんがその場に倒れる。圧倒的な魔力の波に、意識が一瞬で吹き消されたらしい。

 いや、すぐに気絶したのは幸いだったか。ミコりんのレベルでは、正気のままこの魔力を浴び続けていたら精神が崩壊していたかもしれない。


「ちっ……これは、まずいな」


 やばいものが近づいてきている。

 おそらくは、俺の魔力を感知したのだろう。

 心臓がどくどくと警鐘を鳴らす。

 まさか、この俺がこれほどの危機感を覚えるとは……。


「よりにもよって、ミコりんがいるときに……!」


 逃げるコマンドがない、とか言ってる場合じゃなかった。

 今すぐにでもミコりんをつれて逃げなければ、最悪の事態が訪れてしまう。

 しかし、時すでに遅く……。

 しゅるるるる! と、地面から伸びてきたつたが集まり、一瞬で人間の形を成した。


「…………ほぅ」


 そうして現れたのは、白い司祭服をまとった青年だった。若葉色の長髪をさらりと垂らし、どこか上品さを感じさせるたたずまいをしている。


 もっとも……体の左半分だけを見れば、だが。


 残りの右半分は、もはや人間のそれではない。

 肌はびっしりと鱗のような樹皮で覆われ、右肩からは樹木の枝でできたような異形の巨腕が生えている。


「……やはり、ここに」


 半身樹木の青年は、俺を見るなり口元に薄笑いを浮かべた。

 全身から冷や汗が、どばっと吹き出す。

 ……まずい、かつてないほど最悪の事態だ。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、青年はゆっくりと俺に近づき――。



「――ようこそいらっしゃいました、我が君」



 異形の右腕を胸に当てながら、俺の足元にひざまずいた。


「担当区域の巡回中に魔力を感知いたしましたので、一言だけでもご挨拶をと、馳せ参じました」


「あ、ああ、そうか」


 そう……こいつは、俺の配下の魔物だ。


 七魔王・第5席――樹王ユフィール。


 ノア帝国の森林地帯の防衛を担当している、植物系の魔物の王。

 種族は、ワールドトレント。

 そのランクは世界最高のSSランク。

 下位種族のティートレントとは比べ物にならないほどの強さを持つ、世界最強キャラの1人だった。


「しかし、我が君は……このような場所で、いったいなにを?」


 ユフィールが倒れているミコりんのほうを、ちらりと見る。


「…………」


 俺は思わず、天を仰いだ。

 ……本当に最悪だ。

 まさか、プライベートで女の子(未成年)と遊んでるときに、部下と出くわすとは……。



 …………気まずすぎる。



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