第7話 家出中のお姫様と冒険してみた

 冒険者生活1日目――ミコりんと一緒に、冒険者の仕事をすることになった。

 といっても、正式にパーティーを組んだわけではなく、あくまで見習い研修という形ではあるが。

 黙々と歩いていくミコりんについて、食人森へと入っていく。


「くくく……どれ、この俺が見習ってやろう。さあ、早くお前の力を見せてみろ」


「なんで、見習いがえらそうなのよ……」


 ミコりんが溜息をついたあと。

 ふいに、きょろきょろと辺りを見回した。


「……さて、この辺りなら人目もないわね」


 そう言うと、突然――。

 俺の喉元に魔導杖を向けてきた。

 そして、宣戦布告でもするかのように、きっと俺を睨みつける。


「で……あんたは何者? なんで、あたしの名前を知ってるの?」


 冷ややかな声だった。答え次第では容赦しないぞ、と言わんばかりの刺々しい態度だ。

 というか……。


「ミコりんの名前を知っているとおかしいのか?」


「おかしいわよ! 今までの流れで気づくでしょ!」


「いや、実は……俺、空気を読むのとか苦手でな」


「知ってる」


「名前を知っている理由か……言わないとダメか?」


「答えられないとでも言うの?」


「そういうわけでもないが」


 夢の中で知ったと言っても、信じてもらえないだろうしな。


「なら、あたしについて知ってることを全部吐きなさい」


「全部か?」


「全部よ」


 わがままなキャラだ。

 だがまあ、それぐらいならいいか。第三者に秘密を漏らすわけでもないし、とくに隠す理由はない。


「まず……名前はミコリス・ピンクハート。ピンクハート妖精国の第1王女だが、今は“竜王ニーズヘッグ”の件で母ともめて家出中。修行のために、顔見知りのいないノア帝国に滞在している」


「……そこまで知ってるってことは、やっぱり国からの差し金だったのね」


「年齢は16歳。レベルは11。属性は光。固有スキルは【コスチュームチェンジ】」


「……やけにくわしいわね」


「身長154cm。体重41kg。スリーサイズは上から77・53・75」


「……ん?」


「誕生日は3月5日。好きなものは、ママとお花。好きな食べ物は、チョコパンと生ハムプリン。趣味はアクセサリー収集と園芸雑誌購読。将来の夢は、世界をお花でいっぱいにすること。他人と群れるのを嫌うのは、固有スキルを見られるのが恥ずかしいから……」


「……待って。タイム」


 止められた。


「……おかしい」


「む? なにか間違っていたか?」


「全部当たってるから、おかしいって言ってるのよ! なんで、そこまで知ってるの!?」


「噂で聞いた」


「なにその、具体的な噂!? あたしの体重とかスリーサイズとか、世間に公表されてるの!?」


「ああ、“公式ガイドブック”という本にも書いてあったな」


「出版物にまで!? というか、あたしだけしか知らないトップシークレットな情報もあったんだけど!?」


「トップシークレットというと、“世界お花畑計画”のこと……」


「わー! わー!」


 口をふさがれた。


「と、とにかく!」


 ミコりんが耳まで真っ赤にしながら、わざとらしく咳払いする。


「あたしはまだ国に帰るつもりはないからね! 引き戻そうとしても無駄だから!」


「べつに引き戻すつもりはないが」


 そもそも、ミコりんをつれてピンクハート妖精国に行く理由がない。“竜王ニーズヘッグ”の襲撃イベントにはぜひとも参加したいが、そのイベントが起きるのもまだまだ先だろうしな。


「俺はただ冒険者をやりたいだけだ。退職後の趣味としてな」


「趣味って」


 ミコりんが調子が狂ったというように頭をかく。


「まあいいわ。あんたが何者か知らないけど、今はさっさと見習い研修を済ませましょ。引き受けた以上は、しっかり面倒見てあげるから」


「くくく……いい心がけだ。だが、はたして俺に見習わせることができるかな?」


「やっぱり、帰っていい?」


 疲れたように眉間をもむミコリン。

 それから、品定めするように、俺の頭から足先までじろじろと眺めてきた。


「そもそも……あんた、なんで魔境に手ぶらで来てるの? あんたの武器っていう、あの子犬はどうしたの?」


「お昼寝の時間だから置いてきた」


「愛犬家か」


 まあ、実際には、俺の影の中にいるけどな。

 MP不足で【変身】スキルが解けそうだったから、とりあえずシャドウハンドの【影隠し】スキルで収納しておいたのだ。


「つまり……本当に手ぶらってこと?」


「くくく、そう見えるか?」


 俺は、すっと懐に手を差し入れた。


「……! まさか、暗器系の武器を――」


「ほら、ちゃんとトランプもおやつも持ってきたぞ」


「遠足か!」


 ミコりんが頭をはたいてくる。

 が、回避した。


「ぐぬぬ……」


「それより、魔物との戦闘はまだか?」


「戦闘はしないわ。今回は薬草の採取依頼だし」


「薬草か」


 さすがの俺も、薬草を無から作ることはできないな。

 配下の七魔王になら、できそうなやつはいるが……。


「それに討伐依頼だとしても、魔物との戦闘は避けるのが基本よ」


「む? 片っ端から魔物に突っ込まないのか?」


 主人公アレクなんかは、いつもそうしていたが。


「はぁ? そんなの、バカのすることでしょ。そんなことしてたら、狙った魔物を狩る前に、時間も物資も体力も尽きるわ」


「…………」


 アレク……お前、バカだったのか。


「魔物っていうのは、数日に1体も狩れたらいいほうなんだからね。それだけでも充分にお金は稼げるし。なんの話に影響されたか知らないけど、むやみに魔物と戦おうとするなんて絶対にNGよ」


「では、レベル上げはどうしてるんだ?」


「レベル上げ……? なにそれ?」


「…………は?」


 予想外の返答に、思わず反応が遅れてしまった。


「いや、普通に……魔物と戦ってレベルを上げるってことだが」


「レベルはその人の技量を示すものよ。訓練をすることで自然と上がっていくものなの。そんなことも知らないの?」


「……む?」


「そもそも、魔物を倒すことでレベルが上がるなら、支援職の人はどうなるのよ」


「戦闘に参加すれば、経験値が分配されるだろ」


「なにそれ、どういう原理?」


「俺に聞かれても困る」


 そういうのは制作会社に問い合わせてくれ。

 しかし……思ったより、常識が噛み合わないものだな。

 たしかに、訓練などでもレベルは上がるが、経験値効率はかなり悪い。レベルが10にもなれば、訓練でレベルを上げるのは無理が出てくるだろう。この世界もゲームと同じで、魔物を倒したほうが明らかにレベルが上がりやすいはずだ。

 実際に、俺がそうやってレベルを100まで上げたわけだし……まあ、俺の場合は、自分で魔物を作って倒すだけの簡単な作業だったが。


「とにかく、魔物との戦闘はできるだけ避けること! いい?」


「ほぅ? この俺に指図するか、面白い……相応の覚悟はできているのだろうな」


「……なんで、いちいちえらそうなのよ。ま、どうせ、あんたじゃまだ、魔物の気配を察知するのは難しいと思うけど……」


「できるぞ?」


 とりあえず、【魔力感知】スキルを使い、周囲1kmほどの魔力反応をさくっと調べてみる。


「ふむ、めぼしい魔物は……50m先にBランクの魔物が1体、Cランクの魔物が1体といったところか。それ以外の魔物はDランク以下だからスルーでいいだろう」


「はいはい。そういうの、もういいから」


「む、ミコりんもすでに調べていたか」


 さすがベテランということだな。


「それじゃあ、なにか気になるものとかあったら報告してね」


「了解した」


 気になるものか……。

 森を歩きながら、きょろきょろと辺りを見回してみる。


「む……ッ!?」


「な、なに!? どうしたの!?」


「カブトムシ見つけた」


「わんぱくか!」


 ミコリンがすねに蹴りを入れてきた。

 が、回避した。


「ぐぬぬ……この20歳児、無駄に回避がうまい……」


 なんか、勝手に悔しがっていた。


「……ま、まあいいわ。それより、そろそろ薬草の群生地に着くわよ」


「そういえば、どんな薬草を採るんだ?」


「“モーリュ草”っていう、秋に白い花を咲かせる薬草よ。その根っこの部分が、状態異常の予防薬を作るのに使われるんだけど……モーリュ草は魔境の森の、それも日当たりのいい開けた場所にしか生えないの」


「ふむ……って、ん? 白い花?」


 ――魔境の森の開けた場所に生える、白い花。

 そんなものを、最近どこかで見たような……。


「ま、聞くより見たほうが早いわね。食人森だと、ちょうどこの茂みの先に群生地が――っ!?」


 ミコりんが茂みの先を見るなり、ぎょっとしたように立ち止まった。


「おい、どうし……」


「……しっ」


 いきなり、ミコりんに口をふさがれる。その手が少し震えていることに気づいた。


「うそ……なによ、これ……ありえない」


 ミコりんが顔を青くしながら、前方を見つめる。

 その視線の先を追い――俺も思わず、目を見張った。


「こ、これは……!」


 茂みの先に広がっていたのは、あまりにも異様な光景だった。

 森の中にある白い花畑が、えぐり潰されていたのだ。

 そして、その花畑の中心には……禍々しい屋敷が立っていた。まるで迷い込んできた人間を食らおうとしているような、妖しい雰囲気を漂わせている屋敷――。



 というか……さっき俺が作った我が家ミミックマンションだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る